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暗殺【ライル視点】
しおりを挟む傷はそれなりに深くて数も多かった。
結局俺は2週間ほど床を動く事ができず、リリーは看病のために船と自宅を行ったり来たりしながら生活をしていた。
それを申し訳なく思って詫びると、彼女は心外そうな顔で「奥さんなんだから当然でしょ!」といつもの勝気な顔で言うのだ。
そんな時、早く彼女を思い切り胸に閉じ込めて抱きしめたいと、思うように動かない身体を煩わしく感じながらも、一日中リリーに世話を焼かれているのも、幸せな時間ではあった。
この時間を、一生手放したくない。
リリーのいない世界などすでに自分にはありえない。
だからこそ、このままただただ伏せているわけにはいかなかった。
「巡視組から定期連絡がきました」
ダンテの診察を終えて一息ついていると、ノックと共にディーンが船室に入ってくる。
「報告してくれ」
俺の簡潔な指示にディーンはいつもの真面目な顔で頷く。
「依然として国軍の巡視船の数は多くはありますが、あの一件で随分と我々を警戒したのか、こちらの領海には近づこうとはしないようです。」
ディーンの言葉に息を吐く。身動きが取れない今、あちら側に何か動きがあるのは困る。
「そうか・・・ならば無駄ではなかったか」
「まぁやり方は他にもありましたけどね」
どこか棘のあるディーンの返答に苦笑する。最側近の彼としては、ここで俺を戒めて置きたいのだろう。
「もう一つ、国内からの情報ですが、どうやらアドレナード卿は陸地に戻ったようです。数日前の夜会で姿を確認されています」
「それは、どこからの情報だ?」
「レインですよ」
「そうか」
一つ相槌を打って、瞳を閉じる。
レインは、ディーンが国に置いてきた彼の元婚約者の弟で子爵家の令息だ。
クーデターの少し前に、婚約者の家に迷惑がかからないようにとディーンは幼馴染の婚約者との婚約を解消した。
その時に、レインは俺達に帯同する事を強く望んでくれたらしい。
しかし、彼は大切な子爵家の唯一の跡取り息子であり、まだ年若かった。故にディーンはそれを断り、国内の情報を仕入れる際の窓口としての協力を彼に要請したのだ。
しかしクーデター以降、ディーンがレインと接触することも、情報を仕入れる事も無かった。元婚約者の家の当主となる彼を最初から巻き込む気など毛頭無かったのだ。
こちらも当てにする気はなく、欲しい情報はあえて情報屋から買っていた。
それを使った、という事がどういう事か・・・。
「すまんな」
「いえ、今回だけですから。以降は連絡を取る気はありません。」
すっぱりと言い切ったディーンの表情は、いつものように淡々としていて読み取れない。
「どうにか・・・あの男だけでも消したいな」
「それには手駒が足りなさすぎますね。仮にも国王最側近の侯爵ですからね」
「ここへきて祖国を完全に捨てた事が裏目に出るとはな」
参ったなぁとため息を吐けば、ディーンも同調するように小さく息をついた。
もう祖国と関わる事がないと決めていたからこそ、下手な足がつかないように全てのものを切って国を捨てできたのだ。
故に国内に残してきたものは少なく、巻き込みたく無い人々がいる。
視線を交わしていると、不意にパタパタとこちらに向かってくる軽やかな足音が聴こえてくる。
「報告は以上か?」
「はい」
短く言葉を交わして話を終えると同時に船室の扉が開いて。
「っ!ライル座って大丈夫なの!?」
入ってくるなり、リリーが、驚きの声をあげる。
「ダンテのおっさんが、傷も随分塞がったし、いいってよ!」
そう告げれば、リリーはホッと肩の力を抜いて微笑んだ。
1週間後には、自宅にも戻れるという。
リリーとの日常の日々は、絶対に守りたい。
何か方法は無いだろうか。
その日から俺の頭の中では、アドレナード卿を何とか暗殺できないだろうか、そんな考えが巡り始めた。
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