上 下
55 / 72

消えた妻【ライル視点】

しおりを挟む

目を覚ませば、そこは見慣れた自宅のベッドで、あぁ朝か・・・なんて悠長に考えたけれど・・・あれ?俺って航海の最中じゃなかっただろうか?

思い直して、慌ててベッドから起き上がる。

たしか俺は国軍の巡視船に、あの男・・・アドレナード侯爵の姿を見つけて、リリーに近づける前に奴を始末しなければと思ったのだ。


そして・・・怪我を負って、その後の記憶が、ない。

「っ!リリー!!リリーどこだ!」

寝室の扉を開いてリビングを見渡して、次いで玄関先に出ると、彼女が大切に育てている畑を見渡す。


「っリリー!どこだ!」

今度は裏口のパン窯を覗くが、そこにも妻の姿はなかった。
それどころか、彼女のために作ったパン窯すらその場にはなくて


「っ!リリー!!」

浴室や、裏庭、食料庫、全てを彼女の姿を求めて探して行くのに、あの華奢な背中も、こちらを見上げる勝気な眼差しも、どこにも見当たらなかった。


「ライル様どうされたんですか?」

リビングで呆然としていると、不意に玄関の扉が開いて、ディーンが不審げにこちらを見ていた。

「ディーン!リリーを知らないか!?」

「リリー?」

噛み付かんばかりの勢いで俺に問われたディーンは、少し怯んで一歩下がりながらも、怪訝な顔で首を捻る。

「リリーは無事か?アドレナードの奴は退却したんだよな!?」

「リリー?アドレナード?ライル様・・・何か変な夢でも見られたのですか?」

真剣に問う俺に対して、ディーンは意味がわからないと言った顔で首を捻り、呆れたように息を吐いた。

「リリーシャだ!俺の妻の!」

「妻?いつの間に娶られる事になさったのです?あれだけ夜這いするような女はお嫌と言っておられたのに・・・お眼鏡に叶う娘がおられたのですか?」

俺の言葉に全く的を得ていない返答をするディーンに、俺は苛立ちを隠し切れず舌打ちをする。

こんな無意味な言葉遊びをコイツとする事なんて滅多にない、どんな悪い冗談だ。

いや・・・ディーンとは幼い頃からの付き合いではあるが、彼がこんな空気の読めない冗談を言うことが未だかつてあっただろうか?

なんなら彼が、こうして自分を苛立たせることなど、ありえない。


もう一度しっかり彼の顔を見てみれば、彼は至極真面目な顔をしていて、こちらを心配しているような表情である。

「お前、リリーを知らないのか?」

「リリー?ライル様のお口からは初めてお聞きする名前だと思いますが」


「っ!そんなわけ!!」

ないだろうと言いかけて・・・ある事に気がついて背筋に冷たいものが走る。

「ライル様!?」

ディーンの呼び止める声を無視して、踵を返して、リビングから寝室へと向かう。

向かった先はベッドルームの奥にある棚だ。

その上の段から順に開けて行くが

「っ、うそ・・・だろ?」

その中にあるはずのリリーシャの服がない。

代わりにあるのは自身のもので、その光景はリリーシャと住む前に、自身が使っていたそのままの状態で

がくりと膝から崩れ落ちる。

「リリーは、どこに行ったんだ?」

問うようにつぶやいた言葉には誰からの返答もなかった。

ただ後ろで、ディーンが困惑したようにこちらの様子を見守っている気配だけを感じた。

リリーがいなくなった、否

リリーの存在自体が消えたのだ。


そんな事はありえない


あの、強気な可愛らしい声も、やわらかい肌も、甘い香りも温もりも。

全て現実の物だったはずだ。

それなのに


「うそ、だろ?」




ーーー・・ーーー・・ーーー

「っーー!」

急激な痛みで、意識がぐんと引き寄せられて、俺はたまらず目を開けた。

肩から胸にかけて激しい激痛が身体を貫いて、痛みで息が詰まる。

「バカか!こんな大怪我で目覚めて早々に身体を動かすやつがあるか!」


すぐに頭上から、野太い男のだみ声が降ってきて、俺は息をつめたままそちらに視線を向ける。

「ダンテの・・・おっさん?」

浅黒く日焼けをして、短く切り揃えた白髪の中年のその男には馴染みがあった。

島に戻って手当てを受けたらしい。

この人がいると言う事が、今がどんな状況なのか理解はできた。

そして、自分自身が相当な深傷を負って、なんとか生きているという事も。


「しばらくは身体を動かせんぞ?どうしても無理なら縛り付けるがな!」

「っ、それは、遠慮する」


なんとか呼吸ができるようになって苦笑しながら返答をする。

少し動かしただけであれだけ痛いのだ。もう頼まれても動かす気になどならない。

そう言いかけて、ぐるりと周囲を見渡す。

狭い船室の寝台に横になっている俺からは、ダンテのおっさんと、その手伝いについている臣下のギルの姿しか見えない。

一気に先程の夢の内容がブワッと頭の中を支配した。


「っ、リリーは?」

そう、あれは夢だったのだ。

傷と熱が見せた悪い夢、そして悪い冗談。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ
恋愛
運悪く遭遇した通り魔の凶刃から、人質の女の子を咄嗟に守った私はこの世に未練を残したまま、短すぎる17年の人生を……終えたはずなのに、次に目覚めた私はあの女の子になっていた。意味がわからないよ。 婚約破棄だとか学校でボッチだったとか…完全アウェイ状態で学校に通うことになった私。 そもそも私、お嬢様って柄じゃないんだよね! とりあえず大好きなバレーをしようかな!  彼女に身体を返すその時まで、私は私らしく生きる! 命や夢や希望を奪われた少女は、他人の身体でどう生きるか。彼女はどんな選択をするか。   ※ 個人サイト・小説家になろう・カクヨムでも投稿しております。 著作権は放棄しておりません。無断転載は禁止です。Do not repost.

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...