38 / 72
冷静になると冷静じゃない
しおりを挟む砂の上で転がり回ったせいか、身体のあちらこちらがザラザラとするのに苦笑しながら、私達は手をつないで、ようやく二人そろって二人の住む家に帰宅した。
どういう根回しがあったのか分からないけれど、遠巻きに私を監視していたライルの臣下達の姿はいつの間にかなくなっていて、すっかり日の暮れた夜の小道は遠くに聞こえる波の音と私達が踏みしめるジャリの音だけで、それがやけに耳に心地よかった。
玄関口で砂を払って汚れのひどいライルからシャワーへ行かせて、そこでようやく部屋に一人になった私は突然力が抜けたようにダイニングの椅子にへたり込んだ。
きちんと伝えなければいけないという思いで臨んだせいか、冷静になって思い出してみれば随分と恥ずかしい事を堂々と言い放った気がして…。今頃になって顔が熱くなってくる。
そして…ライルもそれに答えてくれたのだ。
きつく抱きしめられた体と、何度も交わした熱い口づけは彼も同じ気持ちなのだという事を私に教えてくれた。
不意に思い出して唇に指を当てると、まだ彼の熱が残っているような気がして…。
「やだ…どうしよう」
恐らく今夜も二人で同じベッドで眠ることになるのに、意識しすぎて眠れる気がしない。
昨日までは一人で眠るベッドがやけに広く感じて寂しく思っていたと言うのに…。
きっとライルのことだ、密着して眠りたがるに決まっている。そうなれば自然と私の鼓動の音も彼には伝わってしまう訳で。
恥ずかしすぎて、今度は自分が家出をしたい気分になってくる。
でも…今出て行ったら、きっとまた誤解が生まれるだろうし…。かと言ってどうしたらいいの!?
ダイニングテーブルに突っ伏して、もんもんと考えているとガチャリと音がして、ライルが戻ってきてしまった。
咄嗟に背筋を伸ばして冷静を装うけれど、椅子の足を蹴ってしまいガタンと盛大な音を立ててしまった。
「ん?なんだ、寝てたのか?」
そんな私の挙動不審な行動にライルは不思議そうに声をかけてくるので、恐る恐る振り返る。
「そ…そうみたい!!ちょっと、うとうとしちゃって!!」
慌てて取り繕って立ち上がるけれど、またガタンと大きな音を立てて今度は自分の座っている椅子の足を蹴ってしまう。
あぁ、もう…落ち着きなさいよっ!!
心の中で自身を叱咤すると、くるりと向きを変えて
「っ…私もシャワー浴びてくるわね」
足早にライルの後方の扉に向かって歩き出す。
兎に角シャワーを浴びて、頭を冷やして一旦落ち着こう!そう自分に言い聞かせていると。
ライルの横を通り過ぎた際に、腕をつかまれ後方に身体を引かれる。
咄嗟の事ではあったけれど、もちろん倒れ込むことはなくて…ライルの身体に抱き留められた。
「ベッドで待ってるな」
チュッと一つこめかみに口付けた彼が、耳元で甘く囁いた。
その瞬間、私は自分の考えの浅さに愕然とさせられた。
自分の鼓動の速さなんて気にしている場合ではなかったのだ。
0
お気に入りに追加
465
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
お嬢様なんて柄じゃない
スズキアカネ
恋愛
運悪く遭遇した通り魔の凶刃から、人質の女の子を咄嗟に守った私はこの世に未練を残したまま、短すぎる17年の人生を……終えたはずなのに、次に目覚めた私はあの女の子になっていた。意味がわからないよ。
婚約破棄だとか学校でボッチだったとか…完全アウェイ状態で学校に通うことになった私。
そもそも私、お嬢様って柄じゃないんだよね! とりあえず大好きなバレーをしようかな!
彼女に身体を返すその時まで、私は私らしく生きる!
命や夢や希望を奪われた少女は、他人の身体でどう生きるか。彼女はどんな選択をするか。
※
個人サイト・小説家になろう・カクヨムでも投稿しております。
著作権は放棄しておりません。無断転載は禁止です。Do not repost.
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる