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そしてライル

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キュッキュと踏みしめるたびに締まる砂を踏んで、私は目的の背中に近づく。

時間はすでに夕。

ロブとの話が終わり、ディーンにライルの居場所を聞いたところ、彼は今日も釣りに出ているという。
夕刻に戻ったら、居場所を教えてくれるよう約束を取り付けたところ、もうずいぶん辺りが暗くなり始めた頃に、ライルの臣下が案内にやって来た。

彼等には少し離れたところに待機してもらい、浜辺に向かえば、そこには海を眺めながらぼんやりと酒瓶を片手に座っている男の姿があって…。

「まるで飲んだくれね?」

問うように声をかければ、ピクリと動いた背中がはっとこちらを振り返った。

「リリー!なんでこんな所に!?護衛は!?」

自分の付けていた臣下達が、見張っている以上、私の行動は完全に把握していると思ていたのだろう。
ここに私がいる事なんてありえないというような顔で彼は私を見上げた。


「ディーンに聞いたの!あなたときちんと話をしたいと言ったら、快く案内してくれたわ」

肩を竦めて、有無をいわせず彼の隣に座る。ライルの持っている酒瓶には、まだ十分酒が残っているようだった。

「っ…だからあいつ、少し海でも見て酒飲んでこいなんてらしくない事勧めて来たのだな!」

どうやらここに来たのもディーンのお膳立てがあったからのようで…やはり彼は優秀な臣下だったのだなあと感心せざるを得ない。

苦虫を嚙み潰したような顔をして酒を一口飲んだライルは、「それで…こんな暗くなってから出てきて何の用だ?」となおも面白くなさそうな声音で問うてくる。

二人並んで座っているのにその間に一枚壁を隔てられたような、そんな距離感を感じる。

「ライル様は拗ねておられるだけですから、きちんとリリー様のお気持ちをお伝えしたらいいと思いますよ」とロブの小屋を出た後に、ディーンから言葉をかけられていたけれど、なるほど…そう言われると、なんだか本当に拗ねて意固地になっている子供のように見えてきてしまって、つい吹き出しそうになって、慌てて堪える。

「お願いがあるのだけど?」

そう言って、彼の顔を窺うように見れば、気まずそうにふいっと顔を背けられてしまう。

「ロブをこの島から出す許可を欲しいの。彼を新大陸に向かう船に乗せるよう手配してくれない」

「は?…あいつだけ逃がすのか?」

思い切って、頼みごとを伝えてみれば意味が分からないという顔で、彼が私を見返してくる。

お前はどうするんだ?と不審そうに眉を寄せるライルに、私は軽く微笑んで首を振る。


「私は、ここを離れる気はないわ!ロブは一人で旅をして新大陸を見て来るそうよ!」

昼間にロブと話して決めた事をありのままに伝えれば、未だ信じられないというライルのアイスブルーの瞳が揺れていた。

「お前は…それでいいのか?」

恐る恐る聞かれた言葉は、先ほどまでの突っぱねるような口調ではなく、混乱の色が見て取れる。
私はそんな彼をしっかりと見返して、なるべく柔らかく微笑んだ。

「いいも何も、私は彼の事は家臣としてしか見ていないもの。もう雇用関係もないのだから、長年仕えてくれた家臣を解放してあげたいと思うのは、心ある主人なら当然の考えじゃない?」

「それとも、もう私はいないほうがいい?ロブと一緒に島から出て行った方がいい?」そう言って、首を傾けて問えば、すぐにライルの大きな手が伸びてきて、私の腕をつかんだ。

「出て…行かなくていい…だが…本当にそれでいいのか?」

絞り出すように彼から出て来た言葉は、まるで親を引き留める子どものような寂しさを孕んでいた。
あまりにも頼りないそんな様子に、「あぁこの数日寂しくて不安だったのは私一人だけではなかったのだ」と真に理解した気がして、私は少し強気な視線を彼に向ける。

「あのね、勘違いしないで?私の意思じゃなくて、私はあなたの意思を聞いているのよ?」

「っ…それは…どういう…」

意味が分からないと言うように見返してくる彼に、私は一つ息をついて。

「だから!私はあなたのそばにいていいの?それとも目障りだから消えた方がいい?」

しっかり彼の瞳を見据えて問う。


「っ!俺はそんな事!リリーを他へやりたいなんて思った事はない!」

今迄散々混乱したり、寂しそうにしていたとは思えないほどの強い視線と、口調が戻って来た。
彼自身が、私の言わんとしている事に気付いたらしい。

だからこそ、私はきちんと彼に伝えねばならない言葉を、しっかりと口にしなければならない。
昼間、ディーンにもそうすべきだと背中を押された。

「じゃあここに居るわ。最初から私は、貴方とここにいるつもりだったわ…恋した男の側にいたい」

思い切ってひと呼吸で言った言葉は、思いがけず強い口調になった気もしたけれど…きちんとライルには届いたようで、私を見つめていた彼の瞳が、驚いたように見開かれる。

あぁ、言っちゃった。

勢いで何とか言えたものの、いざ言ってしまうと気恥ずかしくて、まともにライルの顔が見れなくなって視線を逸らせる。

「っ…自覚したのは本当に最近だけど…それに…私この生活気に入ってるからっ!っわぁっ!」
気まずくてつい早口に言葉をつなげていると、突然つかまれていた腕を引かれて、姿勢を崩した私は倒れ込むようにライルに引き寄せられた。


私の動きに合わせて、僅かに砂が立つ。でもそんな事はどうでもよくて・・・頬に触れた彼の胸の暖かさとトクントクンといつもより随分早い鼓動の振動が私の頭の中を支配した。 

ギュウッと身体をきつく抱きしめられて、耳元に彼の息遣いを感じた。

「なら、もう逃がさねぇ」
耳元で、囁かれた言葉はいつもの自信に満ちた、彼の声だった。
その声があまりにも私の耳を熱くさせるから、胸がドキリと高鳴った。

「っ逃げないわよ!だって私知っちゃったし」

慌てて抗議するように声を上げると、今度は耳元で彼がくすりと笑う。

「俺の正体を・・・な?」
自嘲気味に発された言葉に、私はコクリと息を飲む。

そう、結局こういう事で私たちはすれ違ってしまったのだ。だこらこそ、この場ではっきりさせなければいけないと思うのだ。

もぞりと動いて、顔を上げるとしっかりライルを見つめて、私は唇を尖らせる。

「違うわよ!側にいたいと・・・離れたくないと思える人がいることを知っちゃったからっ!」


最後の言葉尻をいうや否や、それ以上の言葉は必要ないとでもいうようにライルの唇によって封じらた。
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