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頭の女
しおりを挟むどこまでも続く水平線と、太陽に照らされてキラキラと輝く水面。そして目の前に垂れる銀色に光る糸。
ぼんやりとその光景を眺めながら、私はご機嫌に鼻歌を歌う。
ぴしゃんと足元では軽快な水音がして、そちらに視線を移せば、先ほど釣り上げた生きのいい魚が尾っぽをばたつかせている。
海賊の頭にはべるために海に連れ出された私は、船上の人となってから3日。新たな才能を見出して居た。
「なんだ、もう釣り上げたのか?」
不意に声をかけられて振り返れば、果実水を手にしたライルがいて・・・彼は桶の中を泳いでいる私の獲物に視線を向けていた
「入れてすぐかかったの!そのあとも2匹かかったけど、小さかったからリリースしたのよ?」
誇らしげに胸を張って伝えると、彼は参ったと言うように両手を上げた。
「食料調達のために連れてきたわけではないんだけどなぁ」
「あら、だってやる事が無いのだもの。私の仕事はお頭の側に侍ることしか無いのだもの。」
肩を竦めて彼に皮肉な笑みを向ける。
船上で起きている間のライルは、航路を確認したり、部下達と剣術の手合わせをしたり、何やらよく分からない話合いをしていたりと、何かと忙しそうにしている。
手持ち無沙汰になった私が、釣竿を握るのにそう時間はかからなかった。
今では自分で餌をつけて、自分で釣った魚を針から外す事くらいは、造作なくできるようになってしまった。
「普通、頭の女だったらベッドで戻って来るのを待ってるものだと思うんだがなぁ」
不満そうにボソリと呟くライルに私は、呆れた視線を向ける。
「だから、小説の読みすぎよ?どこの悪党海賊のつもり?」
「俺としては、トルフト航海記のゼルマン船長くらいが理想だな」
「やだ、彼最後は大ダコに飲み込まれたのじゃなかった?そんなのがいいの?」
トルフト航海記・・・数年前に貴族の子ども達の間で話題になった冒険小説で、私や彼の世代が1番夢中になったものだ。
ゼルマン船長は、主人公に敵対する大海賊の親玉で、女を侍らせ、酒を浴びるように飲み、残忍な闘い方を好む典型的な悪党だ。
そんなものがいいのか?と不審な眼を向けると、彼はニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。
「クーデターの少し前に続巻が出たのは知っているか?そこで華麗に復活して、主人公と共闘していたんだ」
「そうなの!?」
クーデターの頃と言えば、私も彼もその物語に夢中になる年齢からは少し外れている。続編の出版まで追いかけていたなんて、相当好きだった事が窺える。
王子様が海賊に憧れるなんて・・・しかし、王子時代の彼は王宮から離れることはできなかっただろうし、冒険もののお話に憧れを抱くのは仕方ないのかもしれない。
だからこそ、今彼はこれほど生き生きしているのかもしれない。
何よりここ数日、船上での彼の姿を見ていると楽しくて仕方がないというのが伝わってくる。
なんだかんだと言いながら、私がベッドで彼を待っていたとしても、きっと彼が船室で過ごす時間は少ないように思える。
まぁ、私も折角の航海の時間をあんな狭い部屋で過ごすのは御免だ。
こうして海を眺めながら釣り糸を垂らして、あわよくば船員達の食事の足しになるものを調達できたらいいのだ。
「ライル様!」
その時、不意に背後から彼を呼ぶ声かかり、私たちは反射的にそちらを振り返る。
「ディーンどうした?」
こちらに小走りに向かってくる彼の臣下の表情は少々厳しくて、自然と応対する彼の声も硬いものになっていた。
「物見からの報告で、2時の方角からこちらに向かってくる、不審な船が有るとの事です。商業船でも軍の船でもないとの事で・・・おそらくは、海賊船かと」
その言葉に、驚いてライルを見上げれば、彼は先程のふざけた表情を消し去って、厳しい表情でディーンが指す方角を見つめている。
私達のいる場所から、その不審船はまだ視認できる状況ではない。
「リリーすぐに竿を上げろ。魚は俺が厨房に届けておく。お前は危ないから船室に・・・いや、もっと奥の・・・使っていない貯蔵室に隠れろ。とにかくいいと言うまで、上には上がってくるな」
海に視線を向けたままの彼は低い声で、しかし淡々と私に言い聞かせる。
その言葉は静かなのに有無を言わせない、覇気があって・・・。
私は慌てて海に垂らしていた竿を上げる。
そんな私の動きに、彼は私が了承したものだと理解したらしい。
「いい子だ。大人しくしとけよ」
ポンと私の頭に一度手を置くと、脇にあった魚の入った籠を持ち上げて、ディーンを伴って走って行った。
残された私は、その背中を見送って、慌てて片付けを始める。
海賊と衝突するという事が、いったいどんな事態になるのか、正直私には想像がつかないけれど・・・今の私が、役に立てる事はないのだから、私が彼らの足手纏いになることだけは避けなければならない。
とにかく、大人しく隠れるしかない。
どこかザワザワとする胸騒ぎを、押さえつけて、船室に向かって走り出す。
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