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悪役海賊?

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「やっぱりうまいよなぁ。窯・・・作らせるか」

翌日、なんだかんだ、朝までぐっすりと眠ってしまった私達は随分と早い時間に目を覚ましてしまったため、のんびり顔を突き合わせて朝食を取っていた。

昨日おばあの家でもらってきた野菜と、ライルが仕入れてきた干し肉を私が焼いたパンに挟んで作った簡単なものなのだが、パンを少し炙ったため、香ばしい香りが部屋中に広がっている。

一口食べたライルが、おもむろに呟いたのを聞いて、私はパッと顔を上げる。

「いいの!?」

この家にはもともとパンを焼く窯がないのだ。ライルやライルの侍従達に作れる者もいないため、今まではおばあとその娘達が焼いたものを買い取るか、商業船から仕入れるかのどちらかでやり過ごしていたらしい。

そのためここへ来て数日、私はおばあの家に通って彼と彼の侍従達の分のパンを焼いていた。

家に窯があれば、もっと色々好きな時に焼けるのに・・・そう思っていたので、彼の提案は嬉しいものだ。


昨晩の事で、朝から彼に少しだけ冷ややかな視線を向けていたので、突然の私の機嫌直しに、彼はニヤリと口角を上げた。

しかし私としては、窯を作ってくれるのなら、多少彼の思い通りになってしまったとしてもいい。

窯!私専用のパン窯!!夢のようだ。

あまりにも、嬉しくて「本当に作ってくれるの?」と念を押すように問えば。

「俺はどうやら、嫁のおねだりには弱いみたいだな」
と彼は自嘲する。

「パンのためでしょう?」

何を調子のいい事を・・・と冷めた口調で言えば、彼は誤魔化すような曖昧な笑みを浮かべた。


昨晩、強引に肌を寄せ合って眠ることになったものの、正直言って私には彼の真意がよく分からない。

私を嫁だと周囲に堂々と吹聴しながら、どこか面白がっている様子もあって、ただのフリかと思えば、突然昨晩のように女として意識しているような事をしてくる。
ただしそれもどこか、からかっているような雰囲気もあって・・・。

私はどのような顔をして対応するべきなのか分からないのだ。

「まぁ、帰ってきたらになるから、もう少し後になるけどな」

悶々としながら食事を進める私を尻目に、彼は食事を終えて自身の使った食器を片付けていく。
一国の王太子殿下が自身の食べた皿を重ねて、洗い場に持っていく姿は、何度見ても不思議な姿である。


「帰ってきたら?」

彼の言葉の意味を察かねて、首を傾ける。
ここに来て2週間ほどが経っていたけれど、彼がどこかに日を跨いで出かけて居た事は無かった。

どこかに出かけるのだろうか?おばあやその娘達の話では、彼も時々少し長めに航海に出る事があると聞かされて居たので、いよいよその時期がやってきたのだろうか?

キッチンから戻ってきた彼はカップを2つ手にしている。きちんとわたしの分の紅茶まで入れて来てくれたらしい。一体誰にそんな気の利いた事まで指導されたのだ。

「まぁ、簡単に言えば、縄張りの様子見だ。定期的に傘下の島を見て回って変わりがないか確認している」

わたしの前に、紅茶が入ったカップを置いた彼は、ゆったりと脚を組んで、その先に見える海を指差す。

今日も天気は良さそうで、早朝だと言うのにすでに日差しはかなり強い。ここは祖国からどれくらい離れているのかは分からないけれど、気候としては少しばかり暑いように感じる。
こんな環境の中で生活していたら、そりゃあいくら元王子様でも、日焼けであさ黒くなるはずだ。

チラリと彼のたくし上げた袖から見える太い腕は、うろ覚えの私の記憶の王太子時代の彼からは想像がつかないほどに色がつき逞しい。

どちらかと言うとあの頃は細身のイメージが強くて、それでも剣の使い手としてはそれなりに定評があるのが不思議だと思っていたから、記憶にも残って居たのだ。

今の身体つきはどちらかと言えば、ロブや生家に勤めて居た騎士達に近い気もする。

まぁ海賊纏めちゃうくらいなんだものね。

自身の中で自己完結して息を吐くと、入れてもらったばかりの紅茶を一口飲む。

「気をつけて、いてらっしゃい」

その間の私の生活は、変わりないのだろう。ひらりと手を振って、残りのパンを口に含むと、目の前でカップに口を付けた彼の眉間に皺が寄せられる。

「は?お前も一緒に行くんだよ」

「ふぇ!?らんれ!?」

なんで私も一緒なのだ!意味がわからなくて慌てて口の中のものを咀嚼する。

しかし彼は私の抗議を受ける前にと思ったのか、カップから口を離すと、少々不機嫌そうに。

「頭の妻なんだから当然だろう!」
と宣ったのだ。

「他の船員の奥さん達は残ってるでしょう?おばあからそう聞いてる!?」

ようやくパンを紅茶で流し込んで、声を上げるけれど。

「ばーか!昔から海賊のかしらは海の上でも女を侍らせてるもんだ!」

私が仕入れている都合のいい情報なんて、関係ないと言う様子で彼は胸を張って言い張るのだ。

何か合理的な理由があると思っていた私は、その楽観的な理由に唖然としてしまう。

「ねぇ、それ、きっと小説の読みすぎよ?」

しかも、女を侍らせてる海賊の頭ってどう考えても悪役でしかないような気がするのだが。

「まぁいいだろ!慣れも大事だ!美しい海をみせてやりたいんだよ!」

そう言った彼の顔が昨日の釣りに誘ってきた時の、少年の顔に見えて・・・結局私は渋々首を縦に振ることになったのだった。
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