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海賊のわけ

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「クーデターの後、しばらく新大陸に逃げたんだ。しばらく身を寄せたそこが結構な田舎の漁村でさ、それなのに海賊に時々荒らされて苦労していたんだ。それで用心棒の代わりをしている内に、海賊業をやる事になったんだ」

餌を付けなおして、また水面にそれを放った彼は、暗い話を打ち消すように話し出した。


「国外に?それなのにどうして戻ってきて、勢力を拡大してるの?」

逃げた国の海域に戻って来るなんて危険な事、普通ならば考えないだろう。私のような顔を知っている人間に見つかったらそれこそ危険なはずだ。

私の問いに、彼は「まぁ普通はそうだよなぁ」と息を吐く。

「新大陸のためだ。住んでみて、人に触れて分かったけどさ。あそこは植民地なんかじやねえんだ。生きてる人がいて彼らなりの文明が生きている。だが、このまま放って置いたら、いつか戦争になるのは必至だ。うちの国は昔から貪欲だから、今は未開の地を発見して物流が増えた事で満足しているが、その内あの広大な土地が欲しくなるに決まっている。特に叔父は、その性格上あそこに手を出さないなんて事はないだろう。でもその間の海に海賊の勢力が待ち構えていたら、簡単には侵略する事はできないだろう?俺達の目的はそれさ」

「だから・・・このあたり一帯の海賊をまとめ上げてるの?」

「まぁそういう事だな。もともとこの島の界隈は質の悪い海賊の破落戸ごろつきの根城で、島民が困っていたから奪還して住み着いたんだ。だから感謝もされているし、協力もしてくれている。」

「ありがてぇ話さ」そう言った彼は、なんだかとても楽しそうに、随分遠くなった岸辺を見やる。

生まれた時から据え置かれていた王子という役目より、自分で見つけた島民や新大陸の人々守るという役目の方が、彼にとっては誇らしいものなのだろう。

「本当に楽しそうね」

そう呟いて彼を見れば、こちらを振り向いた彼が「あぁ!」と水面と同じ透き通るようなアイスブルーの瞳を細めて屈託なく笑った。

そんな彼を見て居たら、私自身も不思議となんだかやる気に満ちてくる。

「私も、ここでやり直せるかしら。伯爵家の令嬢ではなくて、リリーとして」


「できるさ!だいたいお前驚くほど早く島に馴染んでいるじゃないか。ディーンが本当に貴族の娘だったのか?って驚いていたぞ?」

ライルの言葉に私は首を傾ける。

「そう?特別な事はしてないのだけど・・・これでも2年準備期間があったから、ある程度生活力をつけられたのは大きいかもね」

元はと言えば王宮勤めをしていた、いいとこのご子息だった彼の部下達だって、ここでの生活は最初は戸惑うことが多かっただろう。そんな彼らにそう言ってもらえるのなら、ある程度できているという事なのだろう。

「流石俺の嫁に見込んだだけはあるな!」
どこか得意げに笑うライルに、私は半眼になる。

「ねぇそれ、どこまで続けるつもり?」

確かにこの島に住み着いて生活を定着させるには、簡単で分かり安い手段ではあるものの、いつまでもこんな嘘をつき続けるわけにもいかない。
いずれは私も、彼の住む家を出て自立して生活をしなければならないのだし。
そう思っていたのに。

「は?死ぬまでだろ?お前は俺の嫁になったわけだし」

何を寝ぼけた事を言っているのだ?というような顔で見返されて。

「え?ただの一時的なふりじゃないの?」

ぽかんと彼を見上げてしまう。


「は?お前、一生抱かせないつもりか?冗談よせよ!」

途端に彼が眉間にしわを寄せるので、私も負けじと彼を睨みつける。

「抱く!?なんでそんな話になるのよ!」


「夫婦なんだから当たり前だろ!」

「だーかーらー。それがフリなんじゃないのかって聞いてるのよっ!私はいずれ自立するつもりで」

「は?んな事させるか!島中に言って回ったんだ!お前を手放すつもりはないぞ」

「っ、そんなの知らないわよ!だいたいね、王族や貴族はまだしも、結婚なんて平民は好きな人とするのよ!せっかく平民になったのだから、私は好きな人としたいわ!」

そう、それだってパン屋の他に抱いていた私の夢なのだ。思いがけず、彼の口車に乗って今はこうして嫁(仮)をしているものの、いずれは・・・と思い描いていたのだ。


「っ!分かった!じゃあ俺がお前の好きな男になればいいんだな!」

「はぁ!?」

それなのに・・・彼は理解したと言うように大きく頷いた。

いやいやいや、そうじゃなくて!!と言うよりその自信はどこから来るのだ。初対面から、割と最低な事しかしていないのによく言えたものだと、私は開いた口がふさがらない。
そりゃあ、さっきの新大陸や島を守りたいと話した彼は少しばかりカッコいいとは思ったけれどそんなの一瞬で、次には「抱かせろ」とか言ったその口だ。

どこから突っ込むべきかと口をパクパクさせていると、不意に手にしていた竿がクンっと下に引かれた。

「おぉ!かかった!」

「へ!これ!?釣れたの!?」

慌てて竿を引きずり込まれないように両手で掴んで耐えると。自身の竿を船に固定した彼の手が、私の手に重ねられる。

「慌てるな!ゆっくり上げるぞ!!」

そう言って彼の力が加わると、いとも簡単に水面に魚の陰が見えてくる。

バチバチと威勢のいい音を立てて、魚が船底を滑りながら、のたうつのを、私はまじまじと見つめる。


「つ・・・つれた・・・」

信じられない。私今、魚を釣ったわ。

まさか人生で魚を釣るなんて思いもしなかった。しかし、陸に打ち上げられた魚は、すぐに死んでしまう訳ではどうやら無いようで。

「きゃぁあああ!どうしたらいいのこれ!!」

竿を持ったまま、目の前をさらに激しくのたうち回る魚に私はプチパニックになる。

あまりにも魚の動きに余裕がなさ過ぎて、怖くなってきた。

そんな私の様子を、彼は面白そうにニヤニヤと眺めていたけれど、本格的に涙目になった頃合いを見計らって、魚を素手でつかんでその動きを封じてくれた。

そうして魚の口から器用に針を外した彼は、持ってきていた籠に、魚を放り投げて、私の前にずいっと差し出す。

「触ってみるか?」

「っでも!」


「大丈夫だから、噛みはしない」

噛むか噛まないかではなく、あばれ回られるのが怖いのだが・・・魚も先ほどよりも元気がなくなってきたようにも思える。

恐る恐る手をの伸ばして、指先だけ触れると、ぬるりとした感触にぞわりと鳥肌が立った。

「俺も最初は無理だったが、まぁそのうち慣れる。慣れたらおばあに捌くのも教えてもらえ。ここじゃあ魚捌けねぇと生きていけないからな」

そう軽い調子で言って籠を下げた彼は、自身の竿をひょいっと上げると。

「あぁ、また食われた!クソっ」

と毒づいた。
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