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彼の見てきたものと、私が見ずにきたもの

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「すごくきれいねぇ」

小さなボートを出して、二人で沖に出れば、透き通った美しい水面のキラキラとした美しい輝きに私は夢中になった。


「あんまりのぞくなよ?お前の顔で魚が逃げるぞ」

昼食のサンドウィッチをほおばりながら、揶揄うように言う彼に視線を戻して

「どういうことよっ!」と睨みつけると、彼は楽しそうにククッと笑った。

「ほら、怖い顔してっと余計逃げていく!今日の夕食は豪勢に行きたいからな、頼んだぞ!」

誰のせいだ!と毒づきたいのをグッと堪えて、私は残りの食事を口に放り込んで、プイっとそっぽを向く。



そんな私の様子を楽し気に見た彼も食事を終えて、持ってきた竿から糸を外すと、その先についている針に餌を付けていく。

彼の用意した餌は、ミミズともなんとも言えない姿の気持ちの悪い生き物で、最初にそれを見て怯んだ私に、彼は「最初は気持ち悪くて無理!てなるよな。俺も最初はそうだった」と笑って、私の分の竿にも取り付けてくれた。

私もいずれ彼のように、この気持ち悪い生き物を触ることができるのだろうか・・・いや無理!!じりじりと暑い日差しに当たっているのに、鳥肌がゾワゾワと立つのを感じながら、私は彼に言われた通りに、その虫を水面に投げ入れる。

私が海に投げ込むのを確認して、彼は手際よく自分の釣り針にも餌を付けていく。

「とても元王子とは思えないないわね」

彼の慣れた手つきを眺めながら、ぼんやりと呟けば、彼は「そうだな」と楽しそうに笑った。

「王宮生活より性に合ってるとは思うな。あれは今思うと堅苦しくて窮屈だった」

そう言って自身の仕掛けを海に投げ入れると、相変わらず少年のような爛々とした瞳で海を眺めている。
その姿はとてもクーデターで敗北して、身を隠しているという彼の境遇とは似つかわしくなくて。
まるで彼自身がそうしたくてしているように思える。

「ねぇ王座を取り戻そうとは思わないの?」
ここ数日、彼の様子を見ていて気になっていた事を問うてみる。
彼自身がどこかを負傷しているわけでも、使える手ごまがないわけでもない。

王太子時代の彼に対する国民の期待値だって悪くなかったのだ。
その気になって、協力者を見つければ、王位に返り咲くことだって、不可能ではないはずなのに、彼からは一切のその気概を感じない。

御父上を裏切る形で叔父に殺されて、そして自身の身まで追われて。悔しくはないのだろうか?

私の問いに彼は、自嘲するように笑った。

「確かに、そりゃ考えなかったわけじゃない。でも、俺らは負けて新たな王のもと、国は問題なく動いている。そこをまた混乱させるほど、俺自身に資質があるとは思えない」

そう言って彼は、ゆっくりと竿を上下させて遠くを見つめた。その横顔は、先ほどまでのいたずらを楽しんでいるような少年のような顔とは違って、どちらかと言えば、私の記憶にある王太子殿下時代の真剣な顔つきと結びつく。

「父上・・・先王は息子の俺から見ていても、王としては頼りなかった・・・何というのか・・・優しすぎたんだろうな。非情になるべきところで非情になれず。叔父も臣下もイライラしていたのは俺自身も幼いながらに気付いていた。だから俺が王になったら・・・そう思っていた事も事実だが、結局臣下が・・・国民がそれを待ってはくれなかった。自分の代でなんて考えずに、もっと早く父上を諫めることができて居たら違ったかもしれないのに、後手に回ったそれが、俺の敗因だ。」

そう言って彼は、私の顔を見て。また自嘲気味に笑った。

「結局、王位を手にした叔父も内政を上手くまとめることはできていないみたいだがな。きっとあの人は自分が否定していた兄とは違う王を目指すあまり、それ以外が見えていないんだ。それは俺が王位を継いでも同じだったかもしれない。もしかしたら、父上のようにはしない、といちいち比べるだけの薄っぺらい王になったのかもしれない。だから自分が王にとって代わろうと思うほど、自分に才能があるとは思っていない、それに・・・」



実は俺はこの生活が王宮での生活より気に入ってるんだ。

そう言って、一度竿を引き上げると「あぁやっぱり食われてたか」と餌がいなくなっている釣り針を確認して苦笑した。


その横顔に「そんな事はない、あなたに期待をする声だって大きかったのだ」と言いたい言葉をグッと飲み込む。
そんな安易な事を言えるほど、私は政治や王族の力関係に詳しくはない・・・いや、ここでこうして彼と出会うまで興味すらなかったのだ。
現にクーデターが起こって彼が城を追われた事も、私は「雲の上の方々が揉めて、結果王様が変わったのね」くらいにしか思っていなかったのだし、それで自分の生活が良くなったり、悪くなったりするなどという認識もなかった。
自分の国の事なのに、この年になるまで、それすらも思い至らなかったというのが途端に恥ずかしい事のように思えた。
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