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新生活のスタート

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よく分からないまま始まってしまった島での私の生活は、思いがけず、楽しいものだった。

ライルの言葉通り、おばあは、不愛想で口調は強いものの面倒見がよくて、私は色々な話を聞きながら、彼女にこの島での生活方法を学んだ。

どうやらこの島は、最初に私が推測した通り、祖国の海域に無数に点在する島の一つ。その中でも人が住んでいた歴史は比較的長く、古くから漁をして生計を立てていたらしい。
歴史の移り変わりと共に、海賊と呼ばれる組織がこの海域に存在して様々な騒動がそれなりにあったけれども、基本彼らは海賊と共生しながら生きてきたのだという。

驚くことに、他の島や、大陸から物資を買い付けたり、時に商業船が来たり、ある程度の物流も形成しているというのだ。

「欲しいものがあれば調達できるけれど、まぁ自給自足でもなんとかなるよ。贅沢さえしなけりゃね!」

そう言ったおばあの家には大きな畑があって、彼女の娘や孫たちが毎日世話をしに来ている。
それを手伝っている内に、なんとなくこの島の女性達がどんな気性なのかは理解できた。

今迄私が知ってる貴族のご婦人たちとは比べ物にならないほど、彼女達は豪胆でそれでいて気性が強い。しかし彼らの言葉には、嫌味や含みなんてものはなくて、好きなものは好き!嫌いなものは嫌い!と分かり易い。それが私には新鮮で、とても好感が持てた。

最初は、「そんな細腕で大丈夫なのか?」「日に当たり過ぎて倒れるのではないか?」と私の見た目のひ弱さを心配していた彼女達だが、思ったより私が土いじりや畑作業に積極的なのを見て、親切に色々と教えてくれるようになった。

おばあの家には、大きなパン窯があって、私はそこで畑仕事の合間に、ライルと彼の抱えている部下たちのためにパンを焼いた。どうやらライルの部下の数もそれなりの数になるようで、私がそれを担うようになったことによって、おばあは随分と楽になったらしい。


この日も朝から大量にパン焼き、昼食の頃に家へ戻ると、ライルが長い棒を出してきて、家の壁にかけていた。

私の記憶にある王子時代の彼はまだ少年だったという事もあるせいか、今よりも色も白くて、体の線も細かったように思える。見る女性達にため息をこぼさせるほどに整った顔は健在ではあるけれど、この島での生活で日焼けをして、体が引き締まったせいか、きれいな王子様と言うよりは、ワイルドさが増している。

嫁、と吹聴されてしまった手前、私は彼の家で生活をすることになってしまったのだが、「本当に元王子なの?」と問いたくなるほどに、彼は自身の身の回りの事を自分できちんとこなしていた。

最初の頃、驚いてディーンにそれを伝えると、彼は「ここまで来るまでに、大変骨が折れました」と遠い目をしていたから、きっと彼やほかの侍従たちの教育の賜物なのだろうと理解した。

朝出る前に私が洗ったものとは別の衣服が、家の前に張った物干しのロープにかけられている。風にあおられて、パタパタとはためくシャツをぼんやりと見ていると、私の帰宅に気付いた彼が「おぅ!戻ったか!」と声をかけてきた。

日差しが彼の束ねた金の髪に降り注いでキラキラと輝いていた。

最初こそ、貞操の危機!と身構えていたけれど、どうやら彼は少しばかり紳士の振る舞いと言うものを思い出したらしく、あれから執拗に迫って来たり身体を触るような事はしてこなかった。
故に一つ屋根の下で生活することになっているものの、比較的落ち着いて生活することができている。


「海行くぞ!!パン焼いてきたんだろう?」

「え?」

唐突に弾むような声で言われて、私は首を傾ける。

海に行くって・・・この家の立つ丘を降りて行けば、もう海だ。

怪訝な表情で見ると、彼は外壁に立てかけていた長い棒を手に取ると。

「釣りだ!パン焼いてきたんだろう?肉と野菜は用意してあるから、それ挟んで釣りしながら食おうぜ!」

まるで少年のようにわくわくした顔でそう言われ、彼の脇に置かれた籠を差し出される。

「古着だけど、これに着替えろ!船に日陰なんてないから、その恰好じゃあ日焼けして熱が出る」

なんと着替えまで用意されている周到さに、私は唖然としてしまう。
どうやら彼の中では、釣りは決定事項のようだ。

釣りなんて、生まれたこの方やったことなんてない。

でも、

キラキラとした彼の表情を見ていると、なんだかとても楽しそうで。

「分かったわ!準備するから少し待ってて」

私もなんだかワクワクしてきてしまうのだった。
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