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4章

86 回想 約束の日①

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学院の2期生が終わろうとしていた春の頃だった。

確かその日、私は課題を片付けるために学院の書架で探し物をしてから自分の荷物を取りに教室へ戻った。
この時、いつもそばに控えているマルガーナは、イレギュラーな帰宅時間になってしまったため、帰宅のための馬車の手配でそばを離れていた。

「あら? どうしたの? こんなところで?」

その時間は大半の生徒が帰宅した後で、残っているのはクラブに入っている一部の生徒のみだ、当然教室の中には誰も残っていないと思っていたのだが、たまたま1人だけ人がいた。
しかし、それはクラスメイトではなく、隣のクラスの男子で…私にとっては未来の義弟という微妙な関係の相手だった。

関係が関係なだけに無視するわけにも行かず、なぜ自分のクラスではなくここに居るのかと問えば、彼は手にしていた本から視線を上げて、いつも見せる愛想のいい笑みを向けて来た。

「アレクと約束をしていたんだけど、クラブのミーティングが終わらなくてさ。貸してもらうはずだった本が教室の荷物の中にあるから読んで待ってるように言われたんだ! それでつい読み始めたら夢中になってしまって」

そう言ってちらりと掲げて見せた本は、とても分厚い交易に関する本だった。
彼の言うアレクは私のクラスメイトの伯爵家の子息で、確か家は代々交易関係に従事しているはずだ。確かにリドックとは仲も良く、度々彼に用があってリドックが隣の教室から訪ねてくる様子を見たことがある。
なるほど、そうした事で話が合ってたのだと納得する。

「すごい立派な本ね……交易関係に興味があるの?」

荷物を片付けながら世間話のように話を振ると、彼はパタンと本を閉じて座ったまま身体の向きを変えて私に向きなおる。

「まぁね! 交易……というかビジネス全般にってところだね。知っての通り、俺は次男だからさ!」
自嘲気味に言われて、私はわずかな居心地の悪さを覚える。
つい数か月前、私と彼の兄、グランドリーの婚約が正式に決まった。長男のグランドリーは当然跡取りの位置づけにいて、次男で、妾が産んだと言われるリドックは彼らの家では複雑な立場にいる。
将来父親の跡を継いで政治家となる事を約束されているグランドリーとは違い、外に出て自分の足で立っていかねばならない彼が、そうした事を熱心に学ぶのはとても自然な事だ。

気まずげに笑みを浮かべた私に、彼は「気にしないで」と笑う。

「仮に跡取りだったとしても、俺に政治家は向かないから! それよりは色々な国の文化を見て、それを国内に取り入れて新しい文化を生み出すような仕事がしたいんだ。特にこれからの時代は、そういうものが注目されるだろうしね。正直、我が家の政治家主体の一族の有り方には疑問を感じているんだ。あれは信頼によるものが大きいから、何かトラブルに巻き込まれて信用が下がったらすぐに死活問題になる。」

そう言って彼はいたずらめいたような笑みを浮かべて。
「特に兄さんは、お継母様の影響か、感情の起伏が激しいから危ういと思うよ」
と冗談めかして言うので、私は更に苦笑する。

「何度も父様には進言しているんだけどね。あの人も頭が固いから未知のものには手を出す勇気はないみたいだ」

「色々……考えているのね」

感心して相打ちを打つと、彼がこちらを見てくすっと笑う。
「君だって、本当は考えているだろう? 来年の卒業研究のクラス、経済学のラオリー先生のコースを希望していたじゃないか。女子であそこを希望するのは実家か婚約者の家がそちらに従事しているくらいなものだから。君はどちらでもないし、興味があるのかなぁって思ったんだ」

的確に言い当てられたその言葉に、目を丸くすると彼は肩を竦めた。

「友達で、ラオリー先生のコースを希望していた奴がいてさ、基本的に成績順に割り振られるだろう?自分より上の成績の人間が何人希望を出したか調べていた奴がいたんだ、そいつが成績トップの君がまず希望を出しているって嘆いていたんだ」

「そんな事までして、入りたかったその人は?」

問いかけると彼は肩を竦める。

「ダメだったみたい! でも一人二人の差じゃなくて、5人ほど前にいたみたいだから、君一人がいなくてもどうこうなっていた話じゃないみたいだよ」

「そう、なの……」

複雑な気分で相槌を打つ。正直知らない間に、自分がどこのクラスを希望していたかが知られていたというのは気分のいい話ではないけれど、成績上位者はどうしても第一希望に配されるのだから結果として同じことだろう。

少しの間、彼がじっと私を見て、意を決したように口を開く。

「もしかして、我が家に嫁いでから何かやってみようとか、考えている?」
懸念するような声音だった。

「いえ……そこまでは……面白そうだなって思って」
慌てて首を振って否定する。
確かに数日前まではそんな事を考えていた。しかしそれはあっけなくへし折られたばかりだった。

そんな私の様子でリドックはどうやら察しがついたらしい。呆れたように大きなため息を吐いた。

「兄さん? それとも継母様? さしずめ3期生の所属クラスか何かの話で釘を刺された?」

「っ……」

リドックの問いに、私は息を飲むしかなかった。
彼の予想通り、ほんの数日前グランドリーと義母になる予定のスペンス侯爵夫人とお茶をした際に、その話になったのだ。

「なぜ、政治系のクラスにしなかったんだ?」
「経済なんて学んでも我が家の運営には全く意味がないのよ? まさか事業でも立ち上げるおつもり? やめて頂戴。あなたはグランドリーを妻として支えなければいけないのよ? そんな事にうつつを抜かしている内に夫が足元をすくわれたらどうするの?」
「俺の婚約者になったのなら、自分の優秀さよりも家のために働くことを考えろよ」
「いくら学院の成績が良くても、夫を成功させられる妻にならなければ意味がないのよ?あなた頭がいいのだからそれくらい理解できるでしょう?」

高飛車ではあるが普段は息子の婚約者として友好的に振舞ってくれる夫人と婚約者から矢継ぎ早に辛辣な言葉を投げかけられて、戸惑ったのは、この時が初めてだった。

結局その日、お茶の時間中二人から次々とスペンス家の嫁になるからには…と言われ続け、私の淡い期待はポキリと折られてしまった。

好きなことの勉強は、学院を卒業するまで……それ以降はグランドリーの妻になるべく女性同士の社交や政治や法律を学ぶことに重点を置こうと、諦めがついた所だったのだ。

「あの二人は本当に自分勝手だからね…婚約者になった以上、君は自分達の所有物で意のままに動くべきものだと本気で思っているから」

なんとも悲し気に微笑むリドックを見て、彼は幼い頃からずっとそんな中で生きて来たのかと痛々しく感じた。
きっとそんな私の想が表情に出ていたのか、はたまた彼がそこから何かをくみ取ったのか……
彼は小さく首を振って、何かを吹き飛ばすようにパタリと本を机の上に置いた。

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