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4章

57 いるはずのない人

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「久しぶりだね。元気そうで良かったよ」

軽い足取りで、近づいてくるリドックに、私は混乱する。

「っ、こちらに、戻って来ていたの?」

おおよそこの場にいるはずのない人間が突然目の前に現れたのだ。
彼は何年も前に国外に出ていて、こちら戻る場所が無いことも、戻るつもりが彼自身にもない事も私はよく知っていた。

そんな人間が飄々と、いるはずのない場所に姿を表している事にただならぬ気味悪さを感じた。

おそらくその一端に、彼があのグランドリーの弟である事も手伝っているのだろうけれども。


随分と引き攣った顔をしていたのだろう。軽い調子で近づいて来た彼も流石に私の混乱を察したのか、少し困ったように眉を下げて、肩を竦めた。


「少し前にね、呼び戻されたんだよ。愚兄のせいでね!」

そう言った彼は、私の後方から慌てて近づいて来た護衛役の使用人達に、危害を与えるつもりはないと言うように両手を軽く上げて見せる。
「大丈夫よ……下がっていて」
私も振り返り彼らに告げる。

護衛達が一歩下がるのを確認して、彼にもう一度向き直ると。

「大切にされているんだね。良かったよ……愚兄がしでかした事を聞いて、君には本当に申し訳ないと思っていたから、幸せそうで安心した」

皮肉めいたと言うか、どこか読めない独特な笑い方は昔と変わっていないが、この言葉はどうやら彼の本心であることはなんとなくわかった。

あの件で社交界から不名誉な目を向けられているスペンス侯爵家の子息であるものの、彼がきっとこの件に関して私を逆恨みする事はない。

「なんてお答えしたらいいか分からないけど……充実した生活をさせていただいているわ」

お陰様で、と言うのは皮肉すぎるし、かと言って謙遜するのはこれほど大切にしてくれている夫に失礼だ。


そんな微妙な私の機微を理解しているという顔で彼が頷き、少し身体をこちらに近づけてくる。
ピクリと後ろに控えている護衛達が警戒したのがわかる。


「実はまだ公表されていないんだけどね。愚兄は跡取りから外されて、国外に出されたんだ。随分と王家の不興を買ってしまったし、我が家は代々政治家の家系だから、信用がなによりも大切だ。何かと煩くて息子に甘い侯爵夫人の我が儘も流石に通らなかったみたいだ」

皮肉気に口の端を釣り上げた彼は少し潜めた声でそこまで説明すると、私の後ろで睨みを効かせている護衛に配慮したのか、一歩後ろに下がる。


「そう言うわけで、スペンス家の跡取りとして、愚兄がが申し訳ない事をした。許されることでは無いけれどね」

真っ直ぐに私を見て、謝罪してくるのだ。

これには私も戸惑う。

「っ、あなたが謝る事ないわ」

頭を下げようとする彼を慌てて止める。こんな公衆の場で深々と頭を下げる若い男性とそれを受ける若い女性の組み合わせなんて悪目立ちすぎる。

私の静止に彼も「あぁそうだね」と笑って頭を戻してくれた。

「でも、跡取りだから一応ね。どうせ父もあの馬鹿も君に直接真摯な謝罪はしていないだろう? 本当にプライドばかりで困った連中だよ……これで容赦してとは言わないけれど、気持ちだけは受け取ってもらえるとありがたいな」

「容赦も何もあたなには非はないわ!でも……夫と父とスペンス家の間で、この件がどう決着がついているのか、私には分からないのごめんなさい」

簡単に許すと言ってしまっていいのか、私には判断しかねるのが正直なところなのだ。


「当然だよ、俺が満足したいだけさ! 君とは同級生だしさ、こんな事で気まずくはなりたく無かっただけだよ」

他意はない、と彼は肩を竦めて笑う。丁度そこに、艶やかなブロンドの髪を華やかに飾った女性が近づいてきて、するりと自然な動作で彼の腕に手をかけた。


目鼻立ちのクッキリとした美女で、しっかりと化粧を施した扇のようなまつ毛を瞬かせながら、こちらを品定めるように無言で見つめてくる。

「連れが戻ってきたみたいだ。引き止めてすまなかったね。またそのうち」

一度チラリと彼女を一瞥した彼が、慌てたように話を切り上げて、女性の手を取りクルリと向きを変えた。
同時に女性が不満そうな顔つきで彼を見上げる。

私に自分が彼の何であるかを紹介しないのか? といった所だろうか。
正式に紹介をしないところを見ると、婚約者とかではなく、彼にとっては遊びの相手なのだろうか。社交会で見たことのある顔でもない。

グランドリー同様、やはり整った顔つきで、女子生徒には随分と人気があったものの、学生時代から、彼のそうした軽薄な所は少々苦手に思ってはいた。

苦手な理由はそれだけではなかったが……
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