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1章

6 王宮の庭園で2

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「あの……一人で戻れますから、ここまでで大丈夫です」


角を曲がって四阿が見えなくなったことを確認すると、前を歩くロブダート卿に声をかける。

こんなことで、王太子殿下の側近の手を煩わせるのは忍びない。

私の言葉に、彼はぴたりと足を止めて、ゆっくりとこちらを振り返った。

「殿下直々の命を無視することなんてできませんよ。それに……これから殿下方はしばらく王妃陛下のお部屋から出てこないでしょう。俺も仕事はしばらくありませんから」

そう言って有無を言わせず、「こちらです」と先を示す、今度は肩を並べて歩調を合わせてくれた。


「あの男との婚約は、家のためですか?」

歩き出すと、彼が静かにしかしどこか硬い調子で問うてくる。
あの男の指すものはグランドリーであることはすぐに分かったけれど、またあの舞踏会の夜のことを蒸し返されるのは正直嬉しくない。

「えぇ、おっしゃる通り、家が決めた婚約者です。ですから余計な波風を立てたくないの」
暗に触れてくれるなと言ったつもりで、視線を彼の立つ反対方向へ向ける。

「それは、面倒ですね」

相槌を打つように言われて、肩をすくめる。


「あなたは優秀と聞いている。それなのに悔しくはないのですか?」
心底不思議そうに問われて、私は言葉を失う。

悔しく、無いですって? そんなの悔しいに決まっているじゃないか!


「っ悔しくても仕方ないでしょう。男性と違って私たち女は置かれた環境で上手くやるしかないのですから!」

つい吐き捨てるような口調になってしまって、スカートのすそを握る拳に力が入ってしまう。

「失礼……配慮のない言い方をしてしまった」

いつの間にかどちらからともなく足が止まっていて、気が付けばロブダート卿が目の前に立っている。

私を見下ろす彼は、心底申し訳なさそうに眉を下げていた。

この人こんな顔もするのかと、一瞬だけあっけに取られたが、彼の無神経な言葉にはまだ腹が立っていた。
苛立ちをあらわに、彼を睨みつければ彼は参ったように小さく息を吐いた。


そんな彼を振り払うかのように、私は大股で歩き出す。すぐに彼が横についた気配を感じるが、私はそれを無視して歩を進めた。

しばらく歩いて、庭園の出口付近に差し掛かったところで、不意に彼に手首をつかまれた。

「もう少し歩調を緩めましょう。それではへばってしまう」

言った彼は、流石に鍛錬をしているだけあって息一つ上がっていないが、私は随分と息が上がっていて、しっとりと額に汗が浮き始めていた。
止まってみれば、なんだかすこしクラクラとしているような気もしてくる。

「少し座って、顔色も悪い」

できるだけ早くこの男と離れたい、そう思うのに確かにこれ以上歩いたら倒れてしまいそうな気もして、私は素直にうなずくと、彼に支えられて、木陰に備え付けられたベンチに腰掛ける。


日陰に入って座れば、涼しい風が頬を冷やして、幾分か気分がスッキリしてくるような気がした。

ロブダート卿はベンチに座る私の前に膝をついて、心配そうにこちらを覗き込んでいる。

白い制服のズボンが汚れてしまうのに、そんなことにかまう様子もなくて……この人自身が根はやさしい人なのだと思うと、先ほどの些細なことで激高した自分が急に恥ずかしくなった。

「ごめんなさい。私、勝手に怒ってご迷惑をかけて」

ぽつりとつぶやいた言葉に、彼はゆっくりと首を振る。

「いや……そんなことはない。俺の言い方も悪かった。ただ勘違いしてもらいたくないのだが、俺自身があなたの事をもったいないと……思っていたのだ。決してあなたを責めているわけではない」

「もったいない?」

私の問いに彼は頷いて、そしてまっすぐな瞳でこちらを見上げてきた。


「以前から、あなたがとても優秀な女性であることは存じ上げていた。それなのにあのような男のもとに身を落ち着けるのが不思議でならなかったのだ。だからきっと、あなたは彼に気持ちがあるのだと思っていて」

その言葉に私は苦笑して首を横に振る。

「あるように見えますか?」


私の問いに、彼は少しだけ頬を緩めて

「そのようだな」と頷いた。
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