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3章

68 飾り紐②

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「それがお祖母様から賜った、武具か? 本当に帯飾りにしか見えないな」

 夜半寝室に戻ってきた陵瑜の言葉に苦笑する。どれほど忙しくとも、霜苓の行動だけは、どうやらきちんと彼に伝わっているらしい。

「触ってみれば分かる。普通の帯留めの倍は重さがある」

 そう言って顎で卓の上に乗せられた、箱を指せば、興味津々な様子で、陵瑜はすぐに手に取って、その重さを確かめるようにゆっくりと持ち上げた。

「確かに……飾りも重たいのか……」

「そこを相手にぶつけ、衝撃を食らわせるからな。房の奥を見てみろ、楔形にいなっているから殺傷能力も備えているし、強く頭に当たれば頭蓋を割ることだってできる」
 霜苓の説明に、素直に房飾りの奥を覗き込んだ陵瑜は「本当だな……」と感心している。

「こんなものがあったとは……確かに、ある程度使える女が装飾品に忍ばせるには丁度いいものだな……それで……その作り主を探す意図は?」

 問われて霜苓は思わず苦笑する。本当にきちんと抜けなく報告がなされている彼の部下達の優秀さは素晴らしいものだ。

「これは恐らく、蝕の郷の出身者が作ったものだ」
 観念して、短く告げると……
「なぜ分かる?」
 瞬時に陵瑜のまとう空気がピリリと緊張する。

「蝕の郷の技法で作られていて、ある特定の者たちが、これを使っている。」
「特定?」

「詳しくは言えないが、これは40年前に作られたものであっても、いまでも同じものが郷にはある」

 これを使うのは主に寧院の女たちだと聞かされている。というのも、この紐を編むのは、郷の子ども、特に女児の手伝い仕事だったりするのだ。
 紐の編み方にも郷での独特な編み方がある。鎖を上手くしならせ、多少のスレや刃物で切られても簡単には解けない編み方だと教わった。

 霜苓も幼い頃何度もそれを編むよう言われた。

 これが郷の者以外の手にあると言うことは、寧院に属する誰かの遺体から引き剥がしそれが出回ったのか、誰かがその技法を真似て作ったもの、もしくは郷の人間本人が作ったものだ。

 仮にも当時の皇后に献上するものだ、新しいものを作らせているはずだ。
 ならば40年前に、どこかに郷から隠れ、これを作った者がいるはずだ。

「もしかしたら、同胞かもしれない。なにか手掛かりが得られるかも」

 燈駕に次にいつ会えるかも分からない今、新たな糸口をつかめるかもしれない。


「手掛かり?」
 首を傾ける陵瑜に、どこまでを説明すべきか悩む。
 
「40年を生きてきたのであれば、同胞を見分ける術を消す方法を知っているかもしれない」

「なるほど……もしそれを知ることが出来たのなら、見つかる可能性も少なくはなる?」

「そうだ……」

 こんな簡単な説明で、理解できるのかと、霜苓自身が思うのに、理解力がいいのか、はたまたあまり拘らずにそういうものだと理解した事にしてくれているのかはわからない。
 陵瑜のこうした鷹揚な所は本当に助かっている。

「ならば、お祖母様から返事が来次第、その作り主を当たらせよう」

 そう言って、窓口は誰がいいだろうか……と部下の采配をすぐさま考え出す陵瑜の様子に慌てる。
 最近の彼の多忙具合は、何もわからない霜苓にも伝わっている。有能な部下をそんな事で借り受けるわけにはいかない。

「いや、そちらの手を煩わせるのもしのびない。所在がわかれば自分でやる」

 所在さえわかれば蘭玉を伴い尋ねる事くらいは出来るはずだ。最低限、形式上の護衛をつけてくれたら……そう思ったのに、対する陵瑜は、首をしっかりと横に降った。

「もしかしたら相手も郷から逃げている立場かもしれないのだろう?ならば、霜苓が突然近づいたなら、郷の追手かと警戒して逃げはしないか?」

「確かに……そう……だが……」
 言われてみれば、確かにその可能性は高い。霜苓が同じ立場ならば、姿をくらますか、先制攻撃をしかけるだろう。

「漢登に当たらせる。そういう事で話をつけるならば、アレが適任だから」

 任せておけと、微笑まれて、頷くしかなかった。

 彼に隠していた、燈駕のこともきちんと話すべきかもしれない。もしかしたら燈駕につながる方法がある可能性もある。
 とはいえ、この件だけでも陵瑜を煩わせているのだからあまり抱えさせるわけにもいかない。
 考えていると、不意に陵瑜が、顔を覗き込んでくる。

「どうした? 他にも何かあるか?」
 まったく……聡い男だ。

 

「いや……何でもない、そうだ、これを使いこなすのにいくらか練習が必要なのだが、もし鍛錬をする時間が出来たら相手をしてくれないか」

 忙しい合間でも、陵瑜やその部下達が鍛錬を欠かしていない事は知っている。
 撃ち合いの相手でも構わないと告げれば、目に見えて陵瑜の表情が華やいだ。

「鍛錬を? いいのか?」

 おそらく彼もこの見慣れぬ武器の性能は気になっているのだろう。

「ある程度使える者相手で動ける者でないと困るから。お願いしたい」

 今まで陵瑜に鍛錬の相手を頼む事はなかった。潜入していた経験もある霜苓は己だけ、短時間だけでも錬成する術をもっている、しかし……


 新しいものを使いこなすにはそれなりに生きたものを使いたい。それはおそらく、武術を極めている彼ならば理解が及ぶ事だ。

「どれほど忙しくとも毎日午後に一度は時間をとっているから、声をかけさせるようにしよう!」

「ありがとう」

 快く頷いてくれる陵瑜の言葉に安堵して、頬を緩める。
 
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