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3章

67 飾り紐①

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「そうだ、鎖使いなら、丁度いいものがあるの」

 ひとしきり、武術や陵瑜の幼い頃からの話に花を咲かせた後に、皇太后が女官に言いつけて持って来させた箱は随分古びているものの、飾り彫の留め金が3箇所もついた重厚なものだった。

「私がこんなんだから、皇后になった時の祝の品が、珍しい武具や装飾が美しい短剣とか、手に入りにくい兵法の書とかが多くて……これもその一つなの」

 そう言って美しい彫刻に彩られた箱を手渡された霜苓は、おずおずとそれを受け取り、パチンパチンと留め金を外し、蓋を持ち上げた。

 鮮やかな紅色に、金と翡翠色が織り込まれた、美しい色彩の紐が、仕舞われており、霜苓と、隣から覗き込む蘭玉は、あまりにも美しく見事なそれに、息を飲む。

「これは……」
「飾り紐……ですか?」

「ふふ、そう見えるでしょう? でも違うの。持ってみなさい」

 そう楽しげに皇太后に促され、霜苓はおずおずと、その紐を掬い上げ……そしてすぐに顔を上げる。

「これ細かいですが、鎖ですね……それに、先についている房飾りの玉も中に分銅が入っていますね……」

 紐の先には房飾りがついており、その留金の役割を果たしている真珠のように見える玉は、その艶やかな見た目に反してずしりと重たいものだった。

 形は違えど、そのもののもつ感触や重さは、馴染み深いものである事は間違いなかった。

「流石ね。見た目は女性用の飾り紐のようにつくられた暗器ってところかしらね」

「そのようですね……」
 皇太后の言葉に頷けば、彼女は霜苓の手元にあるそれを眺めながら、女官の持ってきた書き付けに目を向ける。

「鎖の一種ではあるけれど、あまり見ない形のとてもめずらしいものだとか。どういう技法で作られているのかすら分からないらしいの。珍しい武具を見るのは好きだけれど、ずっと遣われずに眺められるだけというのもねぇ?」

 そう同意を求められて、息を呑む霜苓に対して、彼女は嬉しそうに微笑んで……
 
「武具は人の手で使われてこそ、その意味を成すものでしょう? だからもし、あなたが使いこなせそうならば、これを受け取ってちょうだい?」

「これを……私にですか?」

「これが私の手元に流れ着いて、その孫の伴侶が鎖使いだなんて、運命めいたものを感じるじゃない? もしかしたらこの子はあなたをずっと待っていたのかもしれないわ」

 そう言われて、もう一度、武具を見下ろした霜苓は、指の腹に触れている紐の網目をじっと見つめる。

 この鎖が霜苓を待っていたとするならば……いったいどんな運命のいたずらだろうか。

 唇を一度軽く噛んで、そしてもう一度真っ直ぐ皇太后を見つめる。

「申し訳ありません、皇太后陛下、これを作った人間を知ることはできませんか?」


「あら? どうかした?」
 突然の霜苓の問いに、皇太后がパチパチと瞬く。
 
「いえ……あのもしかしたら、これを作った者は私と同郷の者かもしれないのです」

「まぁ、そうなの、それはすごい偶然だけど……」

 いまいち意味を測りかねている様子の皇太后に、霜苓は何をどこまで説明すべきかと、頭の中で考えを巡らせる。
  
「すみません。多くは話せないのですが、これを作った者が今どうしているのか……知りたいのです」

 結局それだけの言葉を何とか絞り出す。こんな時、陵瑜がいたならば、きっと上手く誤魔化しながら聞き出す事ができたであろうが、霜苓はそこまで頭も回らないし、口も上手くない。

「よくわからないけど……何か貴方にとって大切で、必要なことなのね?」

「すみません」

 問われて深々と頭を下げる。決して気に入らなかったのではないのだと、告げれば、皇太后はすぐ後方に控えている女官に目配せをし、退席させた。

 その女官はしばしの後に一冊の録を持ち戻ってくると、皇太后の元に開いて置いた。

 すぐに、そちらに視線を落とした皇太后が「そうねぇ」と呟く。

「これを送ってくれた者は健在だから聞いてみる事はできるけれど……40年ほど前のことだかから、明確に覚えているかどうか……」

「そう、ですか…………」
 40年……霜苓の年の倍以上の月日の経っているそれを遡る事は容易ではない。
 知る事はできないかもしれないが、しかし切れかけた一縷の望みを繋ぐ僅かな光を逃すわけには行かなかった。

 思わず唇を噛み締めると、そっと皇太后の手が、慰めるように重ねられて……ハッとして彼女を見やれば、力強い視線が向けられる。

  
「分かったらすぐ太子宮に使いを送るわね。あなたにとって重要なことなのでしょう? 任せてちょうだい」
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