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3章

62 正体

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草木がザワザワと激しく音を立てる中、霜苓は一切の躊躇もなく真っ直ぐに木立の中を進む。
 月は、夕刻から増えてきた雲にしっかりと隠されてしまったため、闇はかなり深い。しかし暗闇に慣らされた霜苓と、相手の目にはさほど困るような暗さでは無いはずだ。

 いつものように夜の寝支度を済ませ、珠樹が眠るのを見届けて就寝した霜苓だったが、昨晩と同じ気配を敏感に感じ取り、寝台を抜け出した。霜苓が就寝する頃にはまだ戻っていなかった陵瑜が隣で眠っているのを、起こさないように十分に用心して昨晩と同じように、庭へ出ると誘われるように、庭の奥にある木立に足を向けた。

 木立の中は昼間の様子とは打って変わって、暗闇に支配されている。
 僅かな気配しか感じることはできないが、しかし間違いなくどこか近くで霜苓の様子を伺っていることは、分かる。

 隠密に随分と長けた人物である事は間違いない。比較的、索敵が得意な霜苓でもこの程度しか存在を感じられないのも珍しい。そう考えると、昨晩は随分と気配がよく分かった。恐らく相手がわざと霜苓に己の存在を感じさせようとしたのだろう……いったいその目的はなんであろうか。


「いるのだろう……姿を見せろ」

 低く唸るように、声を上げる。常人であれば風にかき消されて聞こえないくらいの声量だが、きっと相手がであるならば聞こえるだろう。

 次の瞬間、キラリと視界の中で何かが光る。
 
 空を切って近づいてきた刀身を、霜苓は右の手に握りしめていた鎖分銅を張り出して止めると、瞬時に身体を横側に引いて切先に鎖を巻きつけ、脇に引き込む。

 反動で引き寄せられ、近づいてきた相手の柄を持つ手を蹴り込むと、不意を突かれた相手の手から、柄が離れる。

 金属が地に落ちた音は、吹き荒れる風の音で、周囲に響き渡る事は無かった。


 鎖を一振りし、霞構えにすると、相手の出方を探るように腰を落とす。

 武器を取り上げられた相手の顔が、ようやっと霜苓の視界に入ってきて……霜苓は息を呑む。

 「いやぁ~相変わらずのキレだな……まさかとは思ったが、霜苓、本当にお前だったのか」

蹴り込まれ、たまらず柄を離した右手を握ったり開いたりながら、どこか楽しそうに笑う男……

「っ……お前は……燈駕とうが……なのか?」

 思わず頭に浮かんだ同胞の名を呼べば、目の前の男は、ニカリと彼特有の害のない笑みを浮かべた。

 「へぇ覚えててくれたのか! 嬉しいな」

 「生きて……いたのか?」

 旧知との再会を素直に喜ぶ様子の、燈駕に対して、霜苓は混乱状態だった。

 それもそのはずで、燈駕はもう随分前に任務中に命を落とし、帰らなかった幼馴染の1人である。

 よもやこのような所で顔を合わせるなど、夢にも思っていなかったのだ。

「まぁな……実は生き残っていた。だが目を覚したのは半年後……郷には戻れない……だろ?」

 肩をすくめた燈駕が困ったように眉を下げる。たったそれだけの言葉だが、混乱する霜苓には、なんとなくその背景が理解できてしまった。

 燈駕が、彼の兄達について任務に出て命を落としたと聞かされたのは、篩の儀の2ヶ月ほど前だっただろうか。
 任務は何とか成功したものの、彼を含め多くの犠牲を払う事となったもので、確かに数人の遺体を回収出来なかったと聞いている。その中に燈駕も名もあったように思う。郷では彼は死んだものとして扱われ、篩の儀の参加者が1人減った。
 郷では、篩の儀を超えずして16になる事を許されていない。
 もし半年後に目が覚めた燈駕が、のこのこ戻ってきたならば、篩の儀で死んだものとして処断されただろう。
 
 半年後に目覚めた彼が、郷に戻らなかった理由までも、理解できてしまう。

「今まで、1人でどうしていたのだ?」

 霜苓の問いに、燈駕はもう一度肩をすくめると、側にある、岩に脱力したように、無防備に腰掛ける。
 
「自由気ままな殺し屋業さ。人の多いところに行けば、不穏な念が渦巻いている。ありがたい事に俺はそれを嗅ぎ分けるのが上手くてな」

 そう言った、燈駕の瞳が怪しげな光を宿したのを確認して、霜苓は分銅を握る手に力を込める。

「なるほど……ここにいるのも、何かの任務……というわけか」

 要は彼は刺客なのだ。刺客が狙って皇太子宮ここに入り込んで来るなど、目的は決まっている。
 
「まぁ、そんなとこ……人を1人消して欲しいっていうな……」

「ここの、人間か……」
 
低く問えば、彼の笑みが一層濃くなる。

「あぁ、最近皇太子が妃に娶った女だ。名を……霜苓というらしい。まさか自分のよく知る霜苓だとは思わなかったな」

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