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2章
41 宴
しおりを挟む賑やかな楽の音に、華やかな舞。
そして、ずらりと並ぶ美しい料理の数々。
陵瑜の隣に座り、時折傍の籠に入る珠樹の様子を確認しながら、霜苓は落ち着かない気持ちで、目の前の、美丈夫と相対する。
「まさか姫様までご一緒にご参加いただけるとは思いもしませんでした。お元気になられてよかった。長旅のお疲れは癒えましたか?」
そんな霜苓の様子を見抜いているのか、もしくは観察しているのか……
まつ毛の濃い切れ長の瞳に含みを持たせるように微笑む碧宇を、やはり苦手な男だと霜苓は思いながら、なんとか口元に美しい笑みを作り上げる。
「えぇ、お陰様にて、まだ先が長うございますから、良い中休みになりました」
「なにもお急ぎにならず、もうしばらくゆっくりされてもよいでしょうに。姫君も回復されたばかりでしょうし」
そうは思いませんか? とどこか霜苓の隣に座る陵瑜を非難するように同意を求めてくるので、霜苓はその言葉を、無言の笑みで受け止めた。
「そうしたいものだが、仕事が溜まっているのでな、しびれを切らせた書記官が都からわざわざここまで来てしまうくらいには切迫しておるゆえ」
代わりに言葉を発したのは陵瑜で、碧宇の話を霜苓から自分の方へ引き取った。
「太子ともなれば大変ですね、兄上を見ていると、私なんて悠長に過ごせているものだと恥ずかしくなりますよ」
「何を言う、碧宇が都の入口を守っているからこそ、父上も安心しておられるのだ」
「そうならばいいですが……」
上辺だけの互いを認め、労う会話に、笑い声。しかし誰1人、瞳の奥は笑っていない。
なるほど、こういう化かし合いを演じるのが宮廷というものなのだと霜苓は笑顔を崩さず思う。
対する碧宇皇子の妻も、霜苓と同じような微笑みを浮かべて、こちらは先程からほとんど言葉を発することはない。
よく手入れされた艶やのある美しい黒髪に、気の強そうな吊り目がちの切れ長の瞳を持つ美女である。
一度だけ、はじめに挨拶を交わした時に視線を会わせたが、霜苓をみつめるその瞳の奥は氷のように冷えていた。
皇族を末裔にもつ由緒正しい家柄の娘だというので、霜苓のような得体のしれない女と話す気はない。お前など認めない。なんとなくそうした気配を敏感に察知して、霜苓も彼女に触れることはしなかった。
もともと高貴な生まれの娘と会話が弾むほどの話題も、会話術も持ち合わせていないので、正直霜苓にとっても助かるところであった。
このまま微笑みを浮かべるだけで会が終わってくれたらいい、そう思っていた。
出された料理には失礼のない程度に手をつけて、陵瑜と碧宇の会話に相槌を打つ、幸いにも珠樹はいい子で眠ってくれていた。
宴も中盤に差し掛かった頃。出された汁物に口をつけようとして、霜苓は反射的に一瞬手を止める。
ざわりと鼻をくすぐる、出汁の香りに混ざって、嫌な香りを感じた。
手を止めた霜苓を陵瑜がほんの僅かに気にした気配を感じた。
これだけで、彼に正確に伝わったかは分からない。
少しばかり舌先で舐めて、椀を下ろす。
なるほど……これはどちらが仕掛けたものだろうか。
思わず違う性質の笑みを浮かべそうになり、慌てて引っ込めると、ほんの一瞬、碧宇の妻と目が合うが、すぐに逸らされる。
ついで碧宇皇子に視線を向けて……
なるほど、そちらか……
息を吐いて、もう一度腕を持つと傾け、こくりと喉を鳴らす。
そういう喧嘩ならば買おうではないか
椀を下ろした手をキュッと、握られて、ちらりと陵瑜を見る。
しかし彼の視線は霜苓には向いていない。
それ以上は口にするな……きっとそう言った警告だろう。
大丈夫だ、そのつもりでいる。
そう教えるために手を握り返せば、さらに強く握りしめられて……
信用がないなと苦笑する。
視線を膳から周囲に戻す。
奥方と今度はしっかりと視線が合った。
恨めしいとでもいうような……憎しみのこもった色の瞳が、しっかりと霜苓を睨め付けていた。
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