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2章

24 肩慣らし

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「盗賊か? 囲まれているな」

 低く呟いた霜苓の言葉に、静かに陵瑜が頷く。

「最近随分と動きが活発だとは聞いていたのだが、まさか当たることになるとは思わなかったな、丁度いい」

 丁度いいとは一体どういうことだろうか、と不審に思って見返すが、それについて陵瑜が何か説明をしてくれる気はないらしい。

「どうするのだ?」

「珠樹を守れ! こうした輩はきちんと灸を据えないとならないからな」

そう言って、籠の中で眠る珠樹を指され、霜苓は眉を寄せる。

「他の者達の腕前は?」

 どう考えてもこちらの人数に対して、あちらの人数が多すぎる。灸を据えるなどという事が果たしてできるのだろうか……それに……霜苓には一つ懸念することがあった。

「うちの奴らの事は心配いらん。おい、汪景、数は如何ほどだ?」

「十五人ほどでしょうか……」

 すぐに返って来た返答に、陵瑜が「十五か……」と呟くのを聞いて、霜苓は自信の襟元の合わせに指を滑り込ませる。


「陵瑜……お前に珠樹を託す」

「はぁ!?」 

 何をいっているのだ? と怪訝な顔でこちらを見る陵瑜に、霜苓は口元を釣り上げて不敵に微笑む。

「しばらく動いていないからな、肩慣らしだ」

そう言って、止めようとする陵瑜を一瞥して、出口に向かえば、外から複数の金属の擦れ合う音が響き始めた。
どうやら戦闘が始まったらしい。

 音は馬車の前方からするが、数が多い分後ろにも回り込まれるだろう。

 陵瑜を含め、御者や護衛達の一人でも怪我をしてしまったならば、この先の足に差し支える可能性がある。対して自分は最悪、前回のように、荷台で寝ていけば良いのである。

もっともそんな怪我をみすみす負うようなヘマをする気もないが……

「頼んだぞ!」

「っ……おい!!」

 静止する陵瑜に、押し付けるようにそれだけ告げて、踏み出す。

 幌から飛び出せば、案の定すぐ目と鼻の先に男が4人迫っていた。

 良い場所にいてくれたものだ。

 自然と口元が緩みそうになるのを引き結び、右端にいた、一番大柄な男の額めがけて、手の中に握り込んでいた、鎖の先についた分銅を不意打ちの如くぶつける。

 不意を突かれた男は何が起こったのか理解すらできなかったであろう。

 そのまま膝から崩れ落ちていくのを確認すると同時に、すかさず鎖を引いて戻し、今度は横から投げる。チリチリと音を立てた鎖が、霜苓の手の中で先程よりも随分長く伸びる。一瞬の事に、何が起きたかわからず呆気にとられる3人の男達を巻きこむよう手首ともう片側の手でそれを操れば、、自然と彼らを3人まとめて縛り上げるような格好となる。

「っ、なんだこれ!」

「痛っ‼︎ おい、動くな! 締まる!」

 やはり状況が読めず、しかし突如として身体を締付けられることになった男たちが口々に声を上げる。

 鎖を引いてしかりと掛かったことを確認し、霜苓はその場に座り込んた男たちを冷ややかに見下ろす。

「動かないほうが身のためだ、動けば締まるよう細工してある。ついでに鎖には一部刃が仕込んである。動いて締まっていけば行くほど、お前たちの肉に食い込むぞ」

 静かな声で忠告すると、途端に男たちの動きがピタリと止まる。

「っ、女⁉︎」

 そうしてそこで、ようやっと自分の前に立つ相手が女であると気づいた彼らは、信じられないといった面持ちで霜苓を見上げる。しかしその時にはすでに霜苓の視線は彼らではない別のものを捉えていた。

 幌の側面で、おそらくこちらに向かおうとしていたのだろう。目の前で起こった光景に呆気に取られている2人の男。

 剣を片手に……しかし、つい今しがた、仲間が捕縛される様子を見ていたため、十分な間合いを取って霜苓を警戒している。
そうそう簡単には近づいて来そうにもない彼らとは剣を交える事はできないだろう。すぐさま霜苓は判断を下すと……

「すまないが先を急ぐんだ。どいてもらおう」

 素早く、袖の折り目から、親指の長さほどにも満たない飛刀を取り出し、投げつける。

トス、トスと僅かなズレもなく、男達の肩に刺さったそれには、先日霜苓が受けた毒に、霜苓独自の配合を加えて、更に即効性を効かせた物が塗られている。

突如肩に走った痛みに、声をあげようとした彼らだが、その声を発するよりも先に、喉の力を失い、数秒で足元をガクガク震わせと、重たい音を立てて膝から崩れ落ちた。

 宙を見上げて、ピクピクと数度体を震わせた彼らは、すぐに力を失った。

 半日ほどは動けないであろうことは、先日、実際に同じ毒を食らった霜苓がよく分かっている。。

 荷台を回りこみ、馬の方にむかえば、そこでは1人の御者の男と、護衛の男2人が、それぞれ二人づつと相対している。

 その足元にはすでに4つの賊の躯が転がっているところを見ると、彼らも随分な腕を持っているのが分かった。

 とはいえ、それぞれに一人で二人を相手にするのだって簡単な事ではない。無駄に怪我をされてしまっても困るのだ。


ならば……と、霜苓は首に掛け、襟の下に隠していた紐を引いて、小さな筒を取り出すと、それぞれ2人のうちの一人にめがけて吹く。小型の吹き矢である。

 やはり先程と同じ毒を塗ってあるため、効果は早かった。

「神経を麻痺させている。しばらくは動けなないから、今のうちに片付けろ」

 先程と同様に、崩れ落ちる男達を見て、唖然とする護衛の彼らに声をかけると、霜苓を見止めて一瞬ギョッと目を剥きながらも、

「承知しました」と頷き、残る一人と再度対峙する。

 味方とはいえ、この段階で、彼らに、あまり手の内を見せたくはない。そう判断して霜苓は臨戦態勢をとったまま、しかし彼らの仕事を眺めるだけにした。

 結局のところ、手を出そうと思う間もなく、彼らの実力は見事なものだった。

 すぐに全員の賊が拘束され、ひとところに収められるのにさほどの時間はかからなかった。
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