皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

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1章

13 思い込み

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 確かに霜苓は努力すると言った、それがこれからの霜苓の任務であるわけなのだからそれは当然である……だが少しばかり解せない事がある。

「なぜ、今から同じ部屋で眠る必要がある?」

 珠樹を抱いて寝かしつけながら、窓際で茶をのみながらくつろいでいる陵瑜に、小さく不満をこぼす。

「子供連れの夫婦が同室で寝るのは当然だろう?」

 何を寝ぼけた事を……とでも言うようにこちらに視線を向けた陵瑜が首を傾ける。あまりにも不思議そうなその様子に、霜苓は自分が間違っているのだろうかと瞬間的に不安になるも、思い直して鋭い視線で彼を睨めつける。

「いまここでそれをする必要があるのか?上弦についてからでも良いはずだ」

「もう国境を超えてしまったからな……ここからは誰が見ているかわからない」

 しかし返ってきたのは飄々とした返答で、すでに任務が始まっている事を告げられ、霜苓は言葉を失う。

どうやら妻として振る舞い取り繕うのは、彼とその家族の前だけではないということらしい。

「っ……そこまで……やる必要があるのか?」

「まぁ、あるからこうしている。すまないが、慣れろ!」

 有無を言わせぬきっぱりとした返事は、再検討の余地がない様子で……どうやら何か陵瑜側にも譲れない事情があるようにも思える。

 口を噤みながらも、不満そうな表情を隠そうともしない霜苓を見た陵瑜は苦笑すると杯を置いて肩をすくめる。

「それにまぁ今更だろう? 荷台で一緒に眠っていた事もあったわけだし、子まで作った仲だ」

「っ……子は、あくまでもふりであって、実際には私とお前の子ではないだろう!」

「……そう、だったな」

 霜苓の指摘に、一瞬目を丸く見開いた陵瑜が、「ははは」と乾いた笑いをこぼす。

「なんだ、今の間は……まさか、本気で脳内変換されていたのか⁉︎」

「いや……ははは、まぁ……そうだなぁ~」

 歯切れの悪いごまかすような笑いと共に、気まずげに視線を外される。まさかではあるが、どうやら陵瑜の中では本当に珠樹が自分の子であるように変換されていたらしい。

「すごいな……お前。諜報の素質があるかもしれないぞ」

 いくら訓練されていても、こんなにもすぐに深層まで入り込める者など、そういない。もし彼が郷に生まれついていたのならば、相当優秀で高度な潜入任務が任されていたに違いない。

「褒め言葉なのか、それ……」

 霜苓の羨望の眼差しを、何故か不本意そうに受け取る陵瑜に、こくりこくりと頷いてやる。  

「誇って良いことだ! ただし、商人として生きる上では必要ない素質かもしれないのが惜しいところだ」

 できるならばその極意を教授願いたいところだと、告げると、彼はげんなりしたように窓の外に視線を外し「そのうちな……」と投げやりに言ったあと、大きなため息を吐いた。
 
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