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1章
11 過保護
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「まぁこちらの生地もよくお似合いでございますわね」
「そうだな……だがもう少し柄が煩くないものがいいような気もするな……」
「でしたらこちらは如何でしょうか?」
「あぁ、そちらの方が霜苓の白い肌がよく映える」
目の前で繰り返される、中年の女と、何故か上機嫌の陵瑜のやり取りを横目に、霜苓は「何故このような事になったのだろうか」という何度目かの自問を繰り返す。
南境の街に到着するやいなや、「調達せねばならぬものがある」と真剣な顔でいう陵瑜に連れられてやってきたのが、このきらびやかな生地を扱う大きな店だった。生地でも買い付けるのだろうかと思い、ついてゆけば、いつの間にか霜苓は台に両手を並行にあげて立たされ、その肩に様々な生地を「あれが良い」「これもいい」と乗せられる事になっていたのだ。
ずしりずしりと折り込みや装飾がついた生地が乗せられるのを、持ち前の体幹と筋力でなんとか持たせているが、正直そろそろ開放してほしいとげんなりしているところだ。
陵瑜の軽い提案に、店の女が嬉々として霜苓にかけてくる生地は、ものの価値があまり分からない霜苓でも、かなり上等なものであることが分かる。1年と少し前、霜苓が潜入していた高官の邸では、家人の妻や娘が着ていたものか……それ以上のものではないだろうか。
まさかそんなものを、この男は霜苓に買い与えようとしているのだろうか。
「なぜ……こんなものを……こんなもにも」
店の女が、両手をすり合わせながら、上機嫌に奥に消えて行った隙を見て、霜苓の目の前に置かれた椅子に座り、こちらも上機嫌にしている陵瑜に抗議の意味も合わせて問うてみる。
「言っただろう、それなりに格式にうるさいんだ。慣れないだろうが、慣れてくれ! う~ん、今髪に飾っている翡翠の櫛も似合うな、これももらおう!」
しかし返って来たのは、そんな事は意に返していないという陵瑜のほくほくとした反応で、霜苓は大きく息を吐いて、両手を挙げたまま、がくりとうなだれた。
「本当に、こんなに必要あるのか?」
一着、二着、あれば良いものではないのだろうか。こんな高価で、動きづらそうな生地を毎日着るつもりはない。そんな生活考えたくない。
「仕方がないだろう。似合うのだから!」
「っ──‼︎」
きっぱりと返ってきたのは、思いもよらぬ、しょうもない理由で、さすがの霜苓も言葉を失った。
「そんな理由で……こんなにも必要ないだろう!」
なんとか気を持ち直して、考え直せと睨めつけてみるが……
「あって困るものではないからな! いずれは使う。勿体ないことではない。この辺りは良質な生地の生産地だしな、上弦ではなかなか手に入らないものも多い」
なんとなくもっともらしいことを言われ、挙げ句、陵瑜の隣についている御者の男まで「うんうん」と頷いているから、霜苓はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
そんなやり取りをしていると、先程の店の女が、霜苓と同じ年頃の女性を二人連れて戻ってくる。彼女たちの手の中には、それぞれ、きらびやかな生地が積まれていて、まだ終わらないのかと辟易する。
「とりあえず、今妻に掛けてある生地全てを頼む。霜苓のはこれくらいで十分だな……」
満足そうに頷いた陵瑜は、ようやく生地の圧迫から解放された霜苓に向けて、「さて、次は珠樹のだな!似合いそうな物を選んでくれ!」と女性達の持つ生地の山を指差すではないか。
「赤子にもこんな上等な物を⁉︎ 」
信じられない! と思わず声を上げる。しかし……
「初の子どもに金をかけない親などいない! 多少過保護なくらいがちょうどいい!」
キッパリと言い切られ、霜苓はまた項垂れた。
「そうだな……だがもう少し柄が煩くないものがいいような気もするな……」
「でしたらこちらは如何でしょうか?」
「あぁ、そちらの方が霜苓の白い肌がよく映える」
目の前で繰り返される、中年の女と、何故か上機嫌の陵瑜のやり取りを横目に、霜苓は「何故このような事になったのだろうか」という何度目かの自問を繰り返す。
南境の街に到着するやいなや、「調達せねばならぬものがある」と真剣な顔でいう陵瑜に連れられてやってきたのが、このきらびやかな生地を扱う大きな店だった。生地でも買い付けるのだろうかと思い、ついてゆけば、いつの間にか霜苓は台に両手を並行にあげて立たされ、その肩に様々な生地を「あれが良い」「これもいい」と乗せられる事になっていたのだ。
ずしりずしりと折り込みや装飾がついた生地が乗せられるのを、持ち前の体幹と筋力でなんとか持たせているが、正直そろそろ開放してほしいとげんなりしているところだ。
陵瑜の軽い提案に、店の女が嬉々として霜苓にかけてくる生地は、ものの価値があまり分からない霜苓でも、かなり上等なものであることが分かる。1年と少し前、霜苓が潜入していた高官の邸では、家人の妻や娘が着ていたものか……それ以上のものではないだろうか。
まさかそんなものを、この男は霜苓に買い与えようとしているのだろうか。
「なぜ……こんなものを……こんなもにも」
店の女が、両手をすり合わせながら、上機嫌に奥に消えて行った隙を見て、霜苓の目の前に置かれた椅子に座り、こちらも上機嫌にしている陵瑜に抗議の意味も合わせて問うてみる。
「言っただろう、それなりに格式にうるさいんだ。慣れないだろうが、慣れてくれ! う~ん、今髪に飾っている翡翠の櫛も似合うな、これももらおう!」
しかし返って来たのは、そんな事は意に返していないという陵瑜のほくほくとした反応で、霜苓は大きく息を吐いて、両手を挙げたまま、がくりとうなだれた。
「本当に、こんなに必要あるのか?」
一着、二着、あれば良いものではないのだろうか。こんな高価で、動きづらそうな生地を毎日着るつもりはない。そんな生活考えたくない。
「仕方がないだろう。似合うのだから!」
「っ──‼︎」
きっぱりと返ってきたのは、思いもよらぬ、しょうもない理由で、さすがの霜苓も言葉を失った。
「そんな理由で……こんなにも必要ないだろう!」
なんとか気を持ち直して、考え直せと睨めつけてみるが……
「あって困るものではないからな! いずれは使う。勿体ないことではない。この辺りは良質な生地の生産地だしな、上弦ではなかなか手に入らないものも多い」
なんとなくもっともらしいことを言われ、挙げ句、陵瑜の隣についている御者の男まで「うんうん」と頷いているから、霜苓はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
そんなやり取りをしていると、先程の店の女が、霜苓と同じ年頃の女性を二人連れて戻ってくる。彼女たちの手の中には、それぞれ、きらびやかな生地が積まれていて、まだ終わらないのかと辟易する。
「とりあえず、今妻に掛けてある生地全てを頼む。霜苓のはこれくらいで十分だな……」
満足そうに頷いた陵瑜は、ようやく生地の圧迫から解放された霜苓に向けて、「さて、次は珠樹のだな!似合いそうな物を選んでくれ!」と女性達の持つ生地の山を指差すではないか。
「赤子にもこんな上等な物を⁉︎ 」
信じられない! と思わず声を上げる。しかし……
「初の子どもに金をかけない親などいない! 多少過保護なくらいがちょうどいい!」
キッパリと言い切られ、霜苓はまた項垂れた。
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