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1章

9 依頼

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 一体この男は何を言っているのだろうか。世間知らずな霜苓をからかっているのだとしても趣味の悪い冗談だ。
 思わず眉間にしわを寄せ、とてつもなく剣呑な顔で聞き返すと、それをみた陵瑜は、可笑しそうに口角を上げる。
「冗談でも、揶揄っているわけでも無いぞ? これは正式な仕事の依頼だ。分けあって、なるべく早く妻となる女を見繕わねばならない状況でな……そこに子供がいたのならば尚いい!」
「意味が分からない、何故だ?」
 何故それが霜苓と珠樹で、仕事の依頼として提案されているのかイマイチ分からない。
 眉をしかめる霜苓の反応はどうやら陵瑜にとっては予想通りのものだったらしい。彼は全く気にすることなく、その先を話し始める。
「俺は運が悪いことに、割といい家の長男なんだ。要は家を継がなければならない立場。早く嫁を貰って子供を産んで次世代に我が家を繋げないとならないらしい」
 まるで他人ごとのような言い方に、霜苓は詰めていた息を吐いて、冷めた目で彼を見る。
「ならば、手っ取り早くその辺の女でも口説いて孕ませたらいいだろう? そんないい家の男なら手を挙げる女はいくらでもいるだろうに」
「そうは言っても、難しいんだ。誰でもいいわけじゃない。それなりの家柄や教養のある者でないと認められない」
「ならば私など、全く不相応ではないか……馬鹿にしているのか?」
 影の郷出身の霜苓なんぞ一番得体がしれず、殺しや諜報の知識しか持たず、こちらの社会で生きていく常識すら知らない、どこに認められる要素があるのだろうか? これは本当に馬鹿にされているだろうと、怒りを込めて陵瑜を睨めつける。
 慌てた陵瑜が首を横にブンブンと振って、また膝を立てた霜苓の肩を押し戻す。
「違うって……。要は普通に妻として娶るならば、そうした条件から、俺の意思関係なく親や家の損得勘定で妻を選ばれてしまうんだ! 俺は、どうも昔から育ちのいい娘とは反りが合わない。そんな者を妻に押し込まれるならば、そうされる前に、妻と決めた女がいて、その上子供までできているという事実で押し込んでその結婚を阻止したい! だから、協力してほしい」
 霜苓の肩を掴む陵瑜の手に力がはいった気がした。見上げれば、真剣な眼差しが霜苓を見下ろしていて……どうやら彼も何かしら切羽詰まっているのは分かった。
「つまりは、決められた結婚を回避するために、私と珠樹を利用したいと……」
「その通り!」
 噛み砕くように問い返せば、間髪入れずに返答が返ってくる。相当な力の入った肯定に、放蕩息子と言えど、大変なのだなと少しばかり同情する。
 好きでもない者と番にさせられるのは、どこでも同じなのだと、多少の親近感さえ湧いた。
「で、報酬は?」
 至極冷静に問い返すと、陵瑜の瞳が僅かに見開かれる。
「珠樹が目を離せるようになって、霜苓が自身で生計を立てられるようになるまでの衣食住の保障と身の安全を約束する」
「なるほど……悪くないな。表向きはお前と夫婦に見せていればいいのだろう?」
「そうだ、どうだろうか?」
 真剣な表情で問われ霜苓は顎に指を当てる。陵瑜の家があるのは銀鉤国の王都である上弦だ。南部に位置し王都というだけあって人も多く霊月山には遠い、紛れるにはもってこいの場所である。
 妻のふりをするためだけの住み込みの仕事だ……。
「あまりにも話が上手すぎやしないか?」
 霜苓にとってあまりにも都合のいい話過ぎる。裏はないだろうかと、陵瑜の顔を伺うと、彼は肩をすくめた。
「俺にとっても、同じだ。まさかこんな好条件を持った女と子供を拾うとは思わなかった」
「もしかして……最初からそのために助けたのか?」
 そうであるならば、彼がはじめから霜苓に親切なのも珠樹をかわいがってくれていたことも頷ける。きっと全てが彼の計画の内だったに違いない。そう思って問うてみると……。
「さて、それはどうかな?」
 不敵な笑みを浮かべ、はぐらかされた。
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