皇太子殿下は刺客に恋煩う

香月みまり

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1章

5 孤独

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 珠樹を身ごもった事を知ったのは、戦の任が終わり、郷に戻ってからひと月半ほど経った頃だった。普段は体調を崩すことなど滅多にないのだが、なぜか調子が振るわない日が続き、ついには食べ物を受け付けなくなってしまった。
 呪女老からは、次の番を見つける事は難しいだろうと言われ、近い将来、寧院に行くことが確実視された矢先の出来事であったため、それを苦にした不調であろうと周囲から言われ、霜苓自身も半ばそうなのではないかと思っていた。
 しかし、もしかしたら戦場で何か悪い気をもらって来ているのかもしれないと父に促がされ、郷より更に奥深い霊山の高地に住む、憑き物落しの老女を尋ねたところ
「こんなものは私には落せんわ! 十月十日経てば、自然と出て来るものだから養生してすごすしかなかろう」
 そう言われて、初めて腹に子がいる事を知ったのだ。
 心当たりなど、あの戦勝の晩以外にあり得なかった。
 しかし、自身が郷の外の者と交わり、子を身ごもったと、どのように説明を付けるべきであろうか……そう思い悩む間もなく、霜苓の周囲は「柵の忘れ形見だ」と騒ぎだした。
 柵とは祝言を挙げて、直ぐに戦場に向かったために、夫婦としての時を共にすることはなかったのだが、それは結局本人達のみの知るところである。
 当然、祝言を挙げたばかりの女が身籠れば、父親は番の男であろうと考えるのはこの郷では普通の事だ。実際の所、それが誰の子であろうと、郷の者同士の血を引く子供が生まれる事が重要なのだ。
 おかげで霜苓の寧院行きの話はなくなったものの、腹の子が郷の者同士の子供で無いという事実をどう扱うべきか霜苓は迷った。
 蝕の郷の者は生まれつき特異な感覚を持つ。それが郷の中で血の交配を繰り返す所以ともなっているのだが、まず産声の呼吸で、その赤子に同族の力があるかどうかが分かってしまう。
 混血である腹の子に、霜苓の力が色濃く出てくれたのならば良いが、そうでなければ、すぐに子どもの父親が郷の者ではないと分かってしまう。
 珠樹が生まれるまでに、霜苓は郷の記録を必死で調べた。過去には郷でも混血の子供が生まれた記録はいくつもあった。しかし、その中で16の歳を迎えられた者はただ一人もいなかった。
 「篩の義」は、血の弱い者が通過できないように、できているらしい。
 生まれても、この子は長く生きてはいけない。混血と誹られ、辛い思いをして……それならば、生まれてすぐに楽にしてやるべきだろうか。そんな事を考えることもあった。
 
 しかし、生まれて見れば、そんな事を考える事すらできなかった。珠樹の産声は明らかに郷の者達とは違った。それでも、霜苓にとってはそんな事は気にならないほどに、赤子は愛おしかった。
 族長の立場である父は激怒したし、兄弟は霜苓と子供から距離を取った。針の筵の家の中、生まれたばかりの赤子を愛でてくれることもなく、霜苓をいたわる者もいなかった。
 一人、珠樹と向き合う毎日の中で、次第に霜苓は、この子をできるだけ長く生かす方法を考えるようになった。
 そして、その結論が、郷を出奔する事だったのだ。
 逃げて逃げて、逃げ切って、最後にどうしても難しいのならば、珠樹を誰かに託そう。郷の者の呼吸がない珠樹ならば、市井に降りて、多くの人に紛れてしまえば見つかり辛くなるはずだ。
 たとえ自分が見つかり、同胞たちに始末されようとも、この子が無事であるならばそれだけでいい。
 そうした思いで、ここまでやって来た。

 そんな我が子を、拙いながら抱き上げて、「かわいらしいと」頬を緩めてくれる人間に、初めて出会った。
 傍から見れば幼子など皆可愛いに決まっている。しかし張りつめた中でここまでやって来た霜苓には、とても眩しく思えたのだ。
 
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