89 / 116
6章
2
しおりを挟む
「ミシェルと申します。先日結婚をいたしましてウェルシモンズ伯爵夫人となりました。本日は突然ご一緒させていただき、ありがとうございます。」
緊張したように挨拶をする女性の言葉に、私の胸がザワリと騒いだ。
月に一度行われる、カロニック公爵邸での茶会は、次期当主であるロドニーの妻イザベラが近しい貴族の妻達を集めて催す。以前から妃殿下の付き添いとして何度かその場にいた事はあったのだが、今回はラングラード伯爵夫人として、わたしにも招待状がきていた。
「彼女、うちが昔から懇意にしているテルドール商会の御令嬢なの。たまたま王都に来ていたから折角なら、皆様にお顔を繋げようと思ってお連れしましたの」
そう言ったのは私達より5つほど歳上の、アスコード伯爵夫人である。普段から面倒見のよい彼女は、幼い頃から知っているミシェルが伯爵夫人になった事を知り、その後押しをするため、妃殿下が参加する茶会に連れてきたらしい。
もとは平民とはいえ、テルドール商会といえは、王都でも知らぬものはいない比較的大きな商会で、そちらの御令嬢であれば、そこら辺の貧乏貴族よりもよい暮らしと教育を受けている。
彼女の所作は完璧で、少し勝気そうなつり目の瞳には気品すら感じる。
これが、トランの妻になった女性。
「まぁ、ご結婚おめでとう。ミシェル。歓迎するわ。」
紹介を受けてセルーナ妃がまずにこやかに祝いの言葉を述べると、他の夫人達からも次々に祝いの言葉が出た。
この茶会は、だいたいいつも同じ顔ぶれなのだが、今までも時々誰かが友人の貴族夫人を連れてくる事があったりしたので、こうしたことはめずらしくない。
みな大した引っかかりもなく受け入れていたが、中には数人、窺うようにこちらをチラチラ見るご夫人の姿がある。
その中の1人の顔を見て私は、嫌な予感がした。
「ウェルシモンズ伯爵といえば、アリシア様の生家でいらっしゃいますわよね?ならばお二人は、、、」
案の定その夫人、アルノード伯爵夫人、リンダ様が、興味深々と言った様子で私とミシェルを見比べた。
予め気付いていた御夫人達は、同じように興味深々な顔をする者と、「あー言ってしまったわ」と呆れる者がいて、気付いていなかった者たちは、素直にその事実に驚いていた。
そして皆の視線が私に向けられた
仕方ない
「リンダ様の仰せの通りですわ。ミシェル様と私は義理の姉妹です。」
肯定するしかない。
そうなると、彼女が義理の姉妹である私ではなく、アスコード夫人の紹介でこの場に来た事に、違和感が出る。
あなたが義姉様を皆様に紹介すべきだったのではないの?というような視線を向けられてもおかしくなくて、これでは小姑が嫁いできた嫁に嫌がらせをしているような構図である。
「まぁ、アーシャ!ならば、ミシェルが貴方が以前言っていたお兄様のご結婚のお相手なのね?」
どう対応をしようかと悩んでいると、まるで今初めて思い至ったかのように妃殿下が声を上げた。
「はい、そうですわセルーナ様」
兄が結婚するが結婚式にはいかないと以前に話した事はあったので、その事だろうかと私は肯定する。
「まぁ、それは!ごめんなさいねミシェル。そうしたらあなた達は今日が初対面なのね?アーシャが貴方の結婚式に出席出来なかったのは私のせいなの。いつかお会いしたら謝ろうと思っていたのよ?」
そう言って妃殿下は、ミシェルの手を取る。
突然手を取られたミシェルはギョッとした顔で固まった。
「まだ私もこちらの国にきて日が浅かったものですから、どうしてもアーシャが数日離れるのが不安だったの。ついアーシャに行かないでと言ってしまって。夫のブラッドも王太子殿下にはなくてはならない騎士ですから、せっかくの祝いの席に出席させてあげられなくてずっと心苦しく思っていたの」
キラキラした瞳で、申し訳無さそうに詫びる妃殿下の言葉に、周囲のご婦人方は「あぁなるほど、そういう事なのね」と理解した様子だ。
「そんな!妃殿下自らお詫びいただく事ではございませんわ。ラングラード伯爵ご夫妻が王太子ご夫妻の信頼が厚いことは理解しておりますし、そのような故あって出席できない旨は私も伺っておりましたから。」
ミシェルは恐縮したように慌てて首を振って、その事には拘っていない事を話した。
「今回はたまたま王都に実家の用件で参りまして、古くからお世話になっておりましたカトリーナ様にご挨拶でもとお尋ねしたところ、こちらのお茶会にお誘いいただきましたの。」
「もしかしたらアリシア様もおいでになるかも知れないと思いましたのよ。結婚式の事情は私も理解しておりましたのでお2人の顔合わせにも丁度良いと安易に思ってお誘いしてしまったから、私にも他意はございませんのよ」
ミシェルの言葉にアルノード伯爵夫人カトリーナ様が、周囲のご婦人方を牽制する様に悠々と言って除ける。
この中では比較的年配の彼女のその威厳ある振る舞いに、これはお家騒動か?と色めき立った一部のご婦人方は恥いるように視線を逸らした。
「カトリーナ様。お気遣いをいただきありがとうございました。私もどこかで時間をとって実家に戻って義姉上様にご挨拶をと思っておりましたので、図らずもこんなに早くお会いできて嬉しく思っております。」
一歩前に出て、カトリーナ様に礼を言えば、彼女は優雅に笑った。
「アリシア様と御夫君も、結婚したばかりの上、この国の未来を支える王太子夫妻にはなくてはならない方々でございますから、少しでもお役に立てたのならようございましたわ」
緊張したように挨拶をする女性の言葉に、私の胸がザワリと騒いだ。
月に一度行われる、カロニック公爵邸での茶会は、次期当主であるロドニーの妻イザベラが近しい貴族の妻達を集めて催す。以前から妃殿下の付き添いとして何度かその場にいた事はあったのだが、今回はラングラード伯爵夫人として、わたしにも招待状がきていた。
「彼女、うちが昔から懇意にしているテルドール商会の御令嬢なの。たまたま王都に来ていたから折角なら、皆様にお顔を繋げようと思ってお連れしましたの」
そう言ったのは私達より5つほど歳上の、アスコード伯爵夫人である。普段から面倒見のよい彼女は、幼い頃から知っているミシェルが伯爵夫人になった事を知り、その後押しをするため、妃殿下が参加する茶会に連れてきたらしい。
もとは平民とはいえ、テルドール商会といえは、王都でも知らぬものはいない比較的大きな商会で、そちらの御令嬢であれば、そこら辺の貧乏貴族よりもよい暮らしと教育を受けている。
彼女の所作は完璧で、少し勝気そうなつり目の瞳には気品すら感じる。
これが、トランの妻になった女性。
「まぁ、ご結婚おめでとう。ミシェル。歓迎するわ。」
紹介を受けてセルーナ妃がまずにこやかに祝いの言葉を述べると、他の夫人達からも次々に祝いの言葉が出た。
この茶会は、だいたいいつも同じ顔ぶれなのだが、今までも時々誰かが友人の貴族夫人を連れてくる事があったりしたので、こうしたことはめずらしくない。
みな大した引っかかりもなく受け入れていたが、中には数人、窺うようにこちらをチラチラ見るご夫人の姿がある。
その中の1人の顔を見て私は、嫌な予感がした。
「ウェルシモンズ伯爵といえば、アリシア様の生家でいらっしゃいますわよね?ならばお二人は、、、」
案の定その夫人、アルノード伯爵夫人、リンダ様が、興味深々と言った様子で私とミシェルを見比べた。
予め気付いていた御夫人達は、同じように興味深々な顔をする者と、「あー言ってしまったわ」と呆れる者がいて、気付いていなかった者たちは、素直にその事実に驚いていた。
そして皆の視線が私に向けられた
仕方ない
「リンダ様の仰せの通りですわ。ミシェル様と私は義理の姉妹です。」
肯定するしかない。
そうなると、彼女が義理の姉妹である私ではなく、アスコード夫人の紹介でこの場に来た事に、違和感が出る。
あなたが義姉様を皆様に紹介すべきだったのではないの?というような視線を向けられてもおかしくなくて、これでは小姑が嫁いできた嫁に嫌がらせをしているような構図である。
「まぁ、アーシャ!ならば、ミシェルが貴方が以前言っていたお兄様のご結婚のお相手なのね?」
どう対応をしようかと悩んでいると、まるで今初めて思い至ったかのように妃殿下が声を上げた。
「はい、そうですわセルーナ様」
兄が結婚するが結婚式にはいかないと以前に話した事はあったので、その事だろうかと私は肯定する。
「まぁ、それは!ごめんなさいねミシェル。そうしたらあなた達は今日が初対面なのね?アーシャが貴方の結婚式に出席出来なかったのは私のせいなの。いつかお会いしたら謝ろうと思っていたのよ?」
そう言って妃殿下は、ミシェルの手を取る。
突然手を取られたミシェルはギョッとした顔で固まった。
「まだ私もこちらの国にきて日が浅かったものですから、どうしてもアーシャが数日離れるのが不安だったの。ついアーシャに行かないでと言ってしまって。夫のブラッドも王太子殿下にはなくてはならない騎士ですから、せっかくの祝いの席に出席させてあげられなくてずっと心苦しく思っていたの」
キラキラした瞳で、申し訳無さそうに詫びる妃殿下の言葉に、周囲のご婦人方は「あぁなるほど、そういう事なのね」と理解した様子だ。
「そんな!妃殿下自らお詫びいただく事ではございませんわ。ラングラード伯爵ご夫妻が王太子ご夫妻の信頼が厚いことは理解しておりますし、そのような故あって出席できない旨は私も伺っておりましたから。」
ミシェルは恐縮したように慌てて首を振って、その事には拘っていない事を話した。
「今回はたまたま王都に実家の用件で参りまして、古くからお世話になっておりましたカトリーナ様にご挨拶でもとお尋ねしたところ、こちらのお茶会にお誘いいただきましたの。」
「もしかしたらアリシア様もおいでになるかも知れないと思いましたのよ。結婚式の事情は私も理解しておりましたのでお2人の顔合わせにも丁度良いと安易に思ってお誘いしてしまったから、私にも他意はございませんのよ」
ミシェルの言葉にアルノード伯爵夫人カトリーナ様が、周囲のご婦人方を牽制する様に悠々と言って除ける。
この中では比較的年配の彼女のその威厳ある振る舞いに、これはお家騒動か?と色めき立った一部のご婦人方は恥いるように視線を逸らした。
「カトリーナ様。お気遣いをいただきありがとうございました。私もどこかで時間をとって実家に戻って義姉上様にご挨拶をと思っておりましたので、図らずもこんなに早くお会いできて嬉しく思っております。」
一歩前に出て、カトリーナ様に礼を言えば、彼女は優雅に笑った。
「アリシア様と御夫君も、結婚したばかりの上、この国の未来を支える王太子夫妻にはなくてはならない方々でございますから、少しでもお役に立てたのならようございましたわ」
1
お気に入りに追加
1,831
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ご主人様、どうか平和に離縁してください!〜鬼畜ヤンデレ絶倫騎士に溺愛されるのは命がけ〜
蓮恭
恋愛
初めて受けた人間ドック。そこで末期の子宮がん、それに肺転移、リンパ節にも転移している事が分かった美桜(ミオ)は、仕事に生きた三十七歳の会社員。
会社員時代に趣味と化していた貯金一千万円も、もう命もわずかとなった今となっては使い道もない。
余命僅かとなった美桜の前に現れたのは、死神のテトラだった。
「おめでとうございます、進藤美桜さん! あなたは私達の新企画、『お金と引き換えに第二の人生を歩む権利』を得たのです! さあ、あなたは一千万円と引き換えに、どんな人生をお望みですか?」
半信半疑の美桜は一千万円と引き換えに、死後は魂をそのままに、第二の人生を得ることに。
乙女ゲームにハマっていた美桜は好みのワンコ系男子とのロマンチックな恋愛を夢見て、異世界での新しい人生を意気揚々と歩み始めたのだった。
しかし美桜が出会ったのはワンコ系男子とは程遠い鬼畜キャラ、デュオンで……⁉︎
そして新たに美桜が生きて行く場所は、『愛人商売』によって多くの女性達が生き抜いていく国だった。
慣れない異世界生活、それに鬼畜キャラデュオンの愛人として溺愛(?)される日々。
人々から悪魔と呼ばれて恐れられるデュオンの愛人は、いくら命があっても足りない。
そのうちデュオンの秘密を知る事になって……⁉︎
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
「後宮の棘」R18のお話
香月みまり
恋愛
『「後宮の棘」〜行き遅れ姫の嫁入り〜』
のR18のみのお話を格納したページになります。
本編は作品一覧からご覧ください。
とりあえず、ジレジレストレスから解放された作者が開放感と衝動で書いてます。
普段に比べて糖度は高くなる、、、ハズ?
暖かい気持ちで読んでいただけたら幸いです。
R18作品のため、自己責任でお願いいたします。
絶倫獣人は溺愛幼なじみを懐柔したい
なかな悠桃
恋愛
前作、“静かな獣は柔い幼なじみに熱情を注ぐ”のヒーロー視点になってます。そちらも読んで頂けるとわかりやすいかもしれません。
※誤字脱字等確認しておりますが見落としなどあると思います。ご了承ください。
【R18】冷酷な美人騎士は初心な新妻に忠誠を誓う~閉じ込められてきた令嬢の初恋~
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
『とある理由』から家族に疎まれ、別邸の一室に閉じ込められてきた子爵令嬢エルーシア。ある日、空腹で倒れ、死にかけていたところを子爵家の家宅捜索に来ていた騎士団に助けられる。
そこに居合わせた騎士曰く、エルーシアの家族は一週間ほど前に夜逃げしてしまったらしい。
途方に暮れるエルーシアだったが、しばらくの間騎士が面倒を見てくれることになる。
その騎士は――アドネという名前の美しい男。
形式上では妻として彼の側にいることになったエルーシア。
もちろん『形式上』というだけなので、身体の関係はない。
でも、あるときアドネの悩みを知ったエルーシアは、自分が力になれることはないかと尋ねて……。
愛を信じない冷酷美人騎士(25)×世間知らずで初心な令嬢(19)のとろけるようなラブ・ロマンス♡
◇hotランキング 最高43位ありがとうございます!
◇掲載先→アルファポリス《先行公開》、エブリスタ、ムーンライトノベルズ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる