43 / 75
3章
42
しおりを挟む
それからしばらくは、散歩の折に凰訝と珠音に出くわすことが増えた。
時に授業を理由に上手く断り、時に珠音に上手く逃げ道を絶たれて彼らと、時に雛恋も交えて茶を飲むこともあった。
その中でも、やはり宇麗には凰訝が巷で噂される、狂人という異名に違和感を感じた。
部下と居る時は少し怖いし威厳を感じるものの
こうしていると、少しばかり意地悪だけれど、それでも宇麗や雛恋には好意的であり親切だ。
最初は少しばかり構えていた宇麗も、会う回数を重ねると気負う事もなく何なら彼の意地悪に軽く応戦するくらいには打ち解けることができるようになった。
そんな日々が数週間続いた頃、いよいよ兄が前線に戻る時期が迫ってきた。
なんだか少し寂しくなってしまうなぁと思いながらも、珠音と雛恋と今度は女性達だけで気兼ねなくお茶を飲もうと話していた。
そんなある日の晩。月の光に誘われるように窓辺に立った宇麗の目に、久しぶりに見る男の影が映った。
大きな声を上げないように、、、しかしなるべく早く扉を開くと、窓から少し離れた茂みの陰に座る周が「よっ!」と軽い調子で手を上げた。
彼は、以前のように、軽い動作で窓枠を超えて室内に入ってきた。
数か月振りに見た周は、少しばかり体つきが大きくなったように感じる。
葡葉に来る前に茶に染めた髪は元の黒髪に戻り、短く切りそろえられている。
突然やってきた想い人の姿に、宇麗は何を言っていいやら分からず、口をパクパクとさせるしかなかった。
このところ宮内で彼の姿を見かけることがなく、配置換えになったのだろう、もう会えないかもしれないと諦めかけていたのだ。
まだ、彼が側にいたという事実だけで、宇麗は泣きそうなほどうれしかった。
「突然、どうしたの?」
なんとか絞り出した言葉は、可愛げもない言葉で、こんな時雛恋だったらもっと可愛らしい言葉を思いつくのだろう。
今度、雛恋に聞いておこう。
そう心の中で決心する。
宇麗の問いに周は肩を竦めて笑うと、身をかがめて宇麗に視線を合わせた。
「しばらくここを離れる。その前にお前の顔を見ておこうと思ってさ」
子供に言い聞かせるようにそう言った彼がザラザラとした指で、宇麗の頬を撫でる。
以前より幾分か硬くなったその指の皮膚は、彼が厳しい鍛錬をしている事を物語っていて、彼が目的のために着々と動いているのだと分かった。
このタイミングで、しばらくここを離れるという事がどういう事なのかは宮廷の中だけで生活する宇麗にも分かった。
否、この宮にいるから分かったのだろう。
兄さまの部隊と一緒に行くのね、、、。
数日後に凰訝が率いる部隊が一斉に南部の海賊討伐へ戻っていくのは聞いていた。
「周も戦うの?」
不安に駆られて彼を見上げると、茶色味の強い彼の双眸が細められる。
「あぁ、ここで認められないと、俺の目的には手が届かないからな」
そう言ってポンポンと宇麗の頭を撫でると「お前小さくなったか?」と不思議そうに首を傾けた。
あなたが大きくなったのよ!と呆れて肩を竦める。
「気をつけて、、、いい報告を待ってるわ」
戻ってきて必ず報告に来るようにと、まだ彼を繋ぎ止めたい気持ちで言った言葉に、彼は微笑んだ。
「お前が、どこか嫁に行っていなければな!何年で戻って来られるのか分からなねぇからさ」
一瞬だけ伏せられた茶の瞳が、最後はまっすぐ宇麗を見上げた。
その瞳が、今生の別れかもしれないと物語っていて、
気が付けば彼の服の裾をつかんでいた。
「っ、、、」
何か言いたいけれど、言葉が見つからない。
行かないで、そばにいて、私を攫って
そんなことを言ってしまったら、彼を困らせるだけだと分かっているから
「どうか、、無事で」
それだけを絞り出すように言って、手を放した。
周が離れていく足音を確認して、窓を閉めると苓はとぼとぼと寝台に向かってごろりと寝ころんだ。
周が無事に戻ってこようと来まいと、彼が目的を達成しようとしまいと、多分宇麗とは会うことはないのだろう。
交わることのない運命だと、、、皇女だと分かった時から分かっていたはずなのに、、、
「もう、諦めなさい」
肩を抱いて自分に言い聞かせる。
初恋というものは実らないのだと、雛恋が言っていた。
早ければあと2年と少しすれば、宇麗にも婚姻の話が舞い込んで来る。その時までには、この初恋を忘れられるだろうか。
時に授業を理由に上手く断り、時に珠音に上手く逃げ道を絶たれて彼らと、時に雛恋も交えて茶を飲むこともあった。
その中でも、やはり宇麗には凰訝が巷で噂される、狂人という異名に違和感を感じた。
部下と居る時は少し怖いし威厳を感じるものの
こうしていると、少しばかり意地悪だけれど、それでも宇麗や雛恋には好意的であり親切だ。
最初は少しばかり構えていた宇麗も、会う回数を重ねると気負う事もなく何なら彼の意地悪に軽く応戦するくらいには打ち解けることができるようになった。
そんな日々が数週間続いた頃、いよいよ兄が前線に戻る時期が迫ってきた。
なんだか少し寂しくなってしまうなぁと思いながらも、珠音と雛恋と今度は女性達だけで気兼ねなくお茶を飲もうと話していた。
そんなある日の晩。月の光に誘われるように窓辺に立った宇麗の目に、久しぶりに見る男の影が映った。
大きな声を上げないように、、、しかしなるべく早く扉を開くと、窓から少し離れた茂みの陰に座る周が「よっ!」と軽い調子で手を上げた。
彼は、以前のように、軽い動作で窓枠を超えて室内に入ってきた。
数か月振りに見た周は、少しばかり体つきが大きくなったように感じる。
葡葉に来る前に茶に染めた髪は元の黒髪に戻り、短く切りそろえられている。
突然やってきた想い人の姿に、宇麗は何を言っていいやら分からず、口をパクパクとさせるしかなかった。
このところ宮内で彼の姿を見かけることがなく、配置換えになったのだろう、もう会えないかもしれないと諦めかけていたのだ。
まだ、彼が側にいたという事実だけで、宇麗は泣きそうなほどうれしかった。
「突然、どうしたの?」
なんとか絞り出した言葉は、可愛げもない言葉で、こんな時雛恋だったらもっと可愛らしい言葉を思いつくのだろう。
今度、雛恋に聞いておこう。
そう心の中で決心する。
宇麗の問いに周は肩を竦めて笑うと、身をかがめて宇麗に視線を合わせた。
「しばらくここを離れる。その前にお前の顔を見ておこうと思ってさ」
子供に言い聞かせるようにそう言った彼がザラザラとした指で、宇麗の頬を撫でる。
以前より幾分か硬くなったその指の皮膚は、彼が厳しい鍛錬をしている事を物語っていて、彼が目的のために着々と動いているのだと分かった。
このタイミングで、しばらくここを離れるという事がどういう事なのかは宮廷の中だけで生活する宇麗にも分かった。
否、この宮にいるから分かったのだろう。
兄さまの部隊と一緒に行くのね、、、。
数日後に凰訝が率いる部隊が一斉に南部の海賊討伐へ戻っていくのは聞いていた。
「周も戦うの?」
不安に駆られて彼を見上げると、茶色味の強い彼の双眸が細められる。
「あぁ、ここで認められないと、俺の目的には手が届かないからな」
そう言ってポンポンと宇麗の頭を撫でると「お前小さくなったか?」と不思議そうに首を傾けた。
あなたが大きくなったのよ!と呆れて肩を竦める。
「気をつけて、、、いい報告を待ってるわ」
戻ってきて必ず報告に来るようにと、まだ彼を繋ぎ止めたい気持ちで言った言葉に、彼は微笑んだ。
「お前が、どこか嫁に行っていなければな!何年で戻って来られるのか分からなねぇからさ」
一瞬だけ伏せられた茶の瞳が、最後はまっすぐ宇麗を見上げた。
その瞳が、今生の別れかもしれないと物語っていて、
気が付けば彼の服の裾をつかんでいた。
「っ、、、」
何か言いたいけれど、言葉が見つからない。
行かないで、そばにいて、私を攫って
そんなことを言ってしまったら、彼を困らせるだけだと分かっているから
「どうか、、無事で」
それだけを絞り出すように言って、手を放した。
周が離れていく足音を確認して、窓を閉めると苓はとぼとぼと寝台に向かってごろりと寝ころんだ。
周が無事に戻ってこようと来まいと、彼が目的を達成しようとしまいと、多分宇麗とは会うことはないのだろう。
交わることのない運命だと、、、皇女だと分かった時から分かっていたはずなのに、、、
「もう、諦めなさい」
肩を抱いて自分に言い聞かせる。
初恋というものは実らないのだと、雛恋が言っていた。
早ければあと2年と少しすれば、宇麗にも婚姻の話が舞い込んで来る。その時までには、この初恋を忘れられるだろうか。
0
お気に入りに追加
798
あなたにおすすめの小説
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました
瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。
レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。
そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。
そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。
王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。
「隊長~勉強頑張っているか~?」
「ひひひ……差し入れのお菓子です」
「あ、クッキー!!」
「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」
第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。
そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。
ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。
*小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。

ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる