孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり

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3章

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それからしばらくは、散歩の折に凰訝と珠音に出くわすことが増えた。

時に授業を理由に上手く断り、時に珠音に上手く逃げ道を絶たれて彼らと、時に雛恋も交えて茶を飲むこともあった。

その中でも、やはり宇麗には凰訝が巷で噂される、狂人という異名に違和感を感じた。

部下と居る時は少し怖いし威厳を感じるものの

こうしていると、少しばかり意地悪だけれど、それでも宇麗や雛恋には好意的であり親切だ。

最初は少しばかり構えていた宇麗も、会う回数を重ねると気負う事もなく何なら彼の意地悪に軽く応戦するくらいには打ち解けることができるようになった。

そんな日々が数週間続いた頃、いよいよ兄が前線に戻る時期が迫ってきた。


なんだか少し寂しくなってしまうなぁと思いながらも、珠音と雛恋と今度は女性達だけで気兼ねなくお茶を飲もうと話していた。


そんなある日の晩。月の光に誘われるように窓辺に立った宇麗の目に、久しぶりに見る男の影が映った。


大きな声を上げないように、、、しかしなるべく早く扉を開くと、窓から少し離れた茂みの陰に座る周が「よっ!」と軽い調子で手を上げた。


彼は、以前のように、軽い動作で窓枠を超えて室内に入ってきた。

数か月振りに見た周は、少しばかり体つきが大きくなったように感じる。

葡葉に来る前に茶に染めた髪は元の黒髪に戻り、短く切りそろえられている。

突然やってきた想い人の姿に、宇麗は何を言っていいやら分からず、口をパクパクとさせるしかなかった。

このところ宮内で彼の姿を見かけることがなく、配置換えになったのだろう、もう会えないかもしれないと諦めかけていたのだ。

まだ、彼が側にいたという事実だけで、宇麗は泣きそうなほどうれしかった。

「突然、どうしたの?」

なんとか絞り出した言葉は、可愛げもない言葉で、こんな時雛恋だったらもっと可愛らしい言葉を思いつくのだろう。
今度、雛恋に聞いておこう。

そう心の中で決心する。


宇麗の問いに周は肩を竦めて笑うと、身をかがめて宇麗に視線を合わせた。

「しばらくここを離れる。その前にお前の顔を見ておこうと思ってさ」

子供に言い聞かせるようにそう言った彼がザラザラとした指で、宇麗の頬を撫でる。
以前より幾分か硬くなったその指の皮膚は、彼が厳しい鍛錬をしている事を物語っていて、彼が目的のために着々と動いているのだと分かった。

このタイミングで、しばらくここを離れるという事がどういう事なのかは宮廷の中だけで生活する宇麗にも分かった。
否、この宮にいるから分かったのだろう。

兄さまの部隊と一緒に行くのね、、、。

数日後に凰訝が率いる部隊が一斉に南部の海賊討伐へ戻っていくのは聞いていた。



「周も戦うの?」

不安に駆られて彼を見上げると、茶色味の強い彼の双眸が細められる。

「あぁ、ここで認められないと、俺の目的には手が届かないからな」

そう言ってポンポンと宇麗の頭を撫でると「お前小さくなったか?」と不思議そうに首を傾けた。

あなたが大きくなったのよ!と呆れて肩を竦める。

「気をつけて、、、いい報告を待ってるわ」

戻ってきて必ず報告に来るようにと、まだ彼を繋ぎ止めたい気持ちで言った言葉に、彼は微笑んだ。



「お前が、どこか嫁に行っていなければな!何年で戻って来られるのか分からなねぇからさ」

一瞬だけ伏せられた茶の瞳が、最後はまっすぐ宇麗を見上げた。


その瞳が、今生の別れかもしれないと物語っていて、


気が付けば彼の服の裾をつかんでいた。


「っ、、、」

何か言いたいけれど、言葉が見つからない。

行かないで、そばにいて、私を攫って

そんなことを言ってしまったら、彼を困らせるだけだと分かっているから


「どうか、、無事で」

それだけを絞り出すように言って、手を放した。




周が離れていく足音を確認して、窓を閉めると苓はとぼとぼと寝台に向かってごろりと寝ころんだ。


周が無事に戻ってこようと来まいと、彼が目的を達成しようとしまいと、多分宇麗とは会うことはないのだろう。

交わることのない運命だと、、、皇女だと分かった時から分かっていたはずなのに、、、

「もう、諦めなさい」

肩を抱いて自分に言い聞かせる。

初恋というものは実らないのだと、雛恋が言っていた。


早ければあと2年と少しすれば、宇麗にも婚姻の話が舞い込んで来る。その時までには、この初恋を忘れられるだろうか。

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