孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり

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2章

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初めに感じたのは、なんだかとても暖かいという事だった。


なんだか暖かくて、優しくて、、、そして硬い。


はて、そんな物を抱いて寝た覚えがあっただろうか。どこか夢見心地でそんなことを考えながら、あぁ早く起きなくては時間がない、と急く気持ちもあった。

ゆっくりと目を開けた苓は、その目をすぐに見開いて、何度か激しく瞬く。


だってそんなはずはない。苓が眠りについた時には辺りはすっかり真っ暗で、手を伸ばした先でさえ何があるのか分からない状態だったのに。


なんで、、、周がここにいるの!?

目を覚ました体勢のまま恐る恐る見上げれば、そこには周の寝顔があって、何なら背中にも彼の熱を感じて、自分が今彼の腕の中にすっぽり納まっているという事に気が付いた。

「っ!!」

あまりにも理解できない状況に、息を飲んで身を固くする。


いつの間に彼はここにきて、、、そして一緒に眠ったのだろう。


「んンっ、、、、あぁ、苓起きたのか?」


一人で混乱状態に陥っていると、急にモゾリと周が動き出して、苓の背をゆったりと撫でると、その手を自身の額に当てると、ごろりと彼は上向きになる。


まだ半分寝ぼけたような彼の瞳が苓を見上げた。

あ、この人意外と瞳が茶色いのね。

目が合った周の瞳に吸い寄せられそうになりながら、そんなことを考えつつ、しかししっかりと苓は後退る。


「逃がすかよっ」

しかしそんなことくらいは周はお見通しで、しっかりと手首をつかまれてしまい、苓は動きを止めるしかなかった。


「全く、どんだけ探したと思ってるんだ!方向音痴の癖に!こんな場所で野生動物に襲われたらどうするつもりだったんだよ」

下から見上げられているのに、周の眼差しは鋭くて、見下ろしているはずの苓は萎縮しそうになる。

「だって、走ってたから帰り道分からないし、、、探すうちに暗くなるから動かない方がいいかなぁって思って。なんか出てきたらその時はその時と思ったのよ」


言い訳のようにぽつぽつと呟くと、周が小さく「その時って、、、」と呆れたように呟いた。


「馬鹿言うなよ!こっちは本当に心臓止まるかと思ったんだぞ!陸の所戻ってみれば、戻ってきてないって言うし、どんどん暗くなってくるし!」

必死で探して見つけたと思ったら倒れてるし、そうかと思えば気持ちよさそうに眠ってやがるし!!と身体を起こした周に本気で怒った調子で言われて、苓はシュンと肩を下げる。

「ご、ごめん。」


きっと眠ってしまった苓を起こすこともできただろうに、起こさず守るように抱き込んで眠ってくれたのだ。

だから朝の少しひやりとした空気の中、苓は寒さを感じることもなく寝ていられたのだろう。


「とにかく無事でよかった。陸のとこ戻るぞ」

クンと握られた手首を引かれて、絶対に逃がさないという意地表示を感じて、苓はうつむく。

「いやよ、、、明芽もいるんでしょ?」

そう言って掴まれた手を引くが、思いのほか強い力にびくともしなかった。

「あの女は賊だ。服の中にいろいろ隠し持ってやがった」

吐き捨てるように言った周は、ダメ押しのように手を引いて苓を先ほどよりも近くに寄せた。

「は?」

賊?あんな華奢な普通の女の子が?

意味が分からなくて周を見上げると、周は不機嫌な顔で口を開く。


「陸と最初から怪しいと警戒はしていたんだ。あの女、俺らが眠ってる間にでも毒で動けないようにして、馬と金品奪ってお前を売るつもりで近づいたんだろうよ。だから返り討ちにしてやった」

「でも、あの時のあれは、、、」


「誘ってきたから、とりあえず乗ったふりして裸に剥いて、武器没収してやろうと思ったんだよ!」


そう言って大きなため息と共に立ち上がると、苓の手も強引に引き上げて立たせる。


「とりあえず陸のとこ戻るぞ、腹減った」


そう言って苓の抱えていた荷を取ると、「これで本当に逃げられないから諦めろ」というように意地悪く笑って歩き出した。



驚くことに苓が眠っていた場所は、野営場所のすぐそばだった。


「なんで、、、離れてったつもりなのに」


「まぁ方向音痴のなせる業だな。おかげて見つけるのに随分手間取った」


そんな方向音痴で一人葡葉に辿り着けると思っていた辺り、まだまだお前の考えは甘い!と言われぐうの音も出なかった。


「二人とも心配したよ!よかった!!」

戻ってきた二人の顔を見た陸が、安堵の声をあげて迎えてくれた。


「ごめん、陸」

そう陸に謝って、無意識に苓はあたりを見渡して明芽の姿を探した。

「安心して、彼女はお引き取りいただいたよ!お腹すいてるだろう。食事にしよう」

何のことはないというようににこりと笑いかけた、陸の眼の奥がなんだかゆらりと怪しく光っているように感じて、苓はそれ以上を追及することをやめることにした。


なんだか、今までで最大級に触れてはならない事のように感じたのだ。

「じゃあ顔だけ洗ってくるわね!」

芽生えた恐怖心を押し込めて、振り払うように歩き出すが、その手を今度は陸にぎゅっと握られた。


「あそこの水はやめた方がいい、、、ヒルがいたみたいだから」

またしてもあの目でにこりと言われて、苓は今度こそ、ぞくりと背筋が凍る。

苓に川に降りられたら、不都合らしい。それはきっと、、、そういうことで。

思わずごくりと唾をのんでしまった。

それを陸が気が付かないはずもなく、彼の笑みが一層深くなる。

「苓は見ない方がいい。だからね?」

念を押すように言われて、苓はコクリと頷く。

そんな苓の頭をポンと今度は周がいつもの調子で叩く。

「お前は気にするな、これは俺たちの事情だから。」

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