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1章
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しおりを挟む「苓、お前この先どうするつもりだい?」
母の法要が全て終わって、さて明日から頑張って仕事をするぞ!と思っていたところに、村長がやってきて開口一番にそんな事を聞かれたものだから、苓は取り繕うことも忘れて眉を寄せた。
「どうって?」
聞き返した苓に、村長は周囲を見回して、ほかに誰もいない事を確認すると、苓を家の中に押し込んだ。
年の頃は50代、まだまだ働き盛りの男に押されれば、苓なんて簡単に家の中に押し込まれる。
「お母さんから聞いている。もし自分に何かあったらお前を畔州に行かせる準備を整えてやってくれと言われているんだ。聞いてないのか?」
訝し気に顔を覗き込まれて、苓はバツが悪くて視線を逸らせる。
母の遺言は苓だけが知るものでは無かったらしい。
「聞いてるけど...意味が分からなすぎて、ただ王都の項さんって人を訪ねろって事しか書いてないんだもの。」
唇を尖らせて抗議する。
「ねぇ、村長は知ってる?項さんってだれ?母さんはどうしてわたしをそんなに王都にいかせたいの?」
今度は苓が、逆に詰め寄って村長に近づく。
彼は1、2歩後退って困惑したように両手を振った。
「俺も詳しくは聞いてないんだ!ただ苓の後見になってくれる人が葡葉にいるから、そこを尋ねる道中の手配をしてやって欲しいって頼まれたんだ。ほら、お前方向音痴だろ?」
やはり母は自分が方向音痴である事を理由に二の足を踏むところまで見透かされていたらしい。
「っ、、、そう、だけどさ。だからこそ無事にたどり着けるとは思えないの。私はどこか知らないところで迷子になるより、ここでこのまま生活したいわ」
そこまで言えば情に厚くて、小さな時から父のように苓を可愛がってくれていた村長なら、「仕方ないなぁ」と言ってくれるだろうと思っていたのだが。
ここにいたいと苓が言葉にした途端、彼の顔が曇ったのを苓は見逃さなかった。
「もしかして、、、私ここにいたらダメなの?」
不安に駆られて思わず叫ぶような声が出た。
苓の言葉に、村長は普段の豪胆な態度がうそのように小さく頷いた。
「お母さんが死んでから、村の中の一部でお前を娼館に売ってはどうだと言っている奴らがいるんだ。ほら、去年うちの村は例年よりも不作だっただろう。どうにか生活の足しにできないかって考える奴らがいるんだ。」
あまりの話に苓は息を飲んだ。
たしかに昨年は近年稀にみない不作の年だった。それでもみんなで助け合ってなんとか生活して来られてはいるが、たしかに生活は苦しかった。
この村に生まれ育ってきて、村人にまさかそんな事を言う輩がいるなどと思ってもみなかった。
だってみんな優しくて、親切でとても可愛がってくれたのだ。
ガクガクと脚が震えた。
「それは絶対に認めないと俺は公言してるが、みな生活がかかっている。血迷う奴がいてもおかしくはない。お前の身の安全のためにも早めに発つのがいいと思っている。一人でこの家にいるのだって危険だ。しばらくはうちに来なさい」
震える肩に村長の大きな手が乗る。
「本当はずっとここにいればいいと言ってやれたらどんなにいいか...分かってくれ」
村長の声は、唸るような苦しそうな声で、優しくて曲がった事が嫌いな彼に、まだ年若い娘にこんな酷な話させてしまっている状況に申し訳なくなってしまった。
結局その晩から、苓はわずかな身の回りの物と、母の化粧箱を手に村長の家に世話になる事となった。
そして翌朝起きてみて、苓は村長の警告が差し迫ったものである事を理解した。
一晩空けた家は、散々に荒らされていた。
おそらく寝ている苓を探した者、無人の家から金目のものを盗み出そうとした者
家の中を土足で歩き、あちらこちらを開けて引っ張り出した痕跡が生々しく残っていた。
食糧は乾燥させている最中の柿から、戸棚の奥に漬け置きした梅干までキレイさっぱり無くなっているのだ。
一刻も早く、ここの村を出たい。
もうここは自分の居られる場所じゃない。
昨日までの大好きだった村は、苓にとって危険な場所となった。
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