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018 幕間:朱里の計画 後編
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朱里は決して前に進み出したわけではない。
変わらず停滞しており、状況は日を追うごとに酷くなっていた。
「大事な作業があるから扉を開けないでね、お母さん」
秋葉原から戻ると、朱里は自室に向かった。
ベッドの上に買ってきたGPS発信器を置く。
箱から取り出して、そのサイズに感動した。
小指の爪よりも小さな代物なのだ。
朱里は、雪穂に直接的な嫌がらせをしようと考えた。
その為にはまず、大吉と雪穂がどこに住んでいるか知る必要がある。
二人の同棲は周知の事実だが、場所は知られていなかった。
ネットを探しても情報は出てこない。
しかし、朱里には特定する為の計画があった。
目を付けたのは大吉の父・末吉だ。
末吉経由で大吉の場所を特定すれば、自然と雪穂に繋がる。
「これでよし」
朱里は携帯ゲーム機のPSBに発信器を装着する。
外からは分からないよう、本体の内側に忍ばせた。
作業が終わったら発信器の動作を確認する。
スマホの地図アプリを開いた。
発信器の位置が表示されている。
完璧だ。
あとはこのPSBを末吉に渡せばいい。
そうすれば、必然的に大吉に届けられるだろう。
朱里は計画の成功を確信した。
◇
翌日、朱里は末吉の会社に張り込んでいた。
幼馴染みで元恋人という都合上、勤め先を知っていたのだ。
18時過ぎ、末吉がオフィスから出てきた。
えらく上機嫌のようで、警備員と楽しそうに話し込んでいる。
早く帰れよ、と心の中で毒づく。
結局、末吉は1時間近く話し込んでいた。
警備員だけでなく、後輩の社員も巻き込んで大盛り上がりだ。
末吉を囲むように人の輪ができていて、がははと盛り上がっている。
その様を見ていると無性に腹が立ってきた。
自分は近くのコンビニで不気味がられているのに、なんだこの差は。
「やっとかよ、クソ親父……」
ようやく末吉が動き始める。
ネクタイを緩めながらテクテク帰路に就く。
末吉は会社からそう遠くないマンションに入った。
オートロックの手前にある郵便受けを確認している。
間違いない、ここが末吉の住んでいるマンションだ。
「あっ、大吉パパ!」
朱里は何食わぬ顔で近づいた。
末吉は振り返り、朱里を見て驚く。
「紅谷さんところの朱里ちゃんじゃないか」
「お久しぶりです!」
「どうしてこんなところに?」
「前に大吉から借りていたゲーム機を返しにきました!」
ゲーム機を借りていたのは本当だ。
朱里の改造したPSBは大吉の所有物である。
小学校の頃に借りたままになっていた。
「ふむ」
末吉の眉間に皺が寄る。
朱里は、まずい、と思った。
嫌な予感がしたのだ。
「もしかして、私のこと、大吉から何か……?」
「いいや、特に何も聞いていないけど、何かあったの?」
朱里は脳をフル稼働させる。
まずは情報整理だ。
自分と大吉の交際を末吉は知っているか?
イエス。
自分と大吉の破局を末吉は知っているか?
イエス。
破局の原因について末吉は知っているか?
不明。
最後に末吉と会ったのはいつだ?
高校に入学してすぐの頃。
以上のことから、朱里はこう答えた。
「実は私達、結構前に別れたんです」
まずは末吉が絶対に知っている内容を話す。
その次に、不明になっている重要箇所を探るつもりだ。
「知っているよ。大吉には新しい彼女がいるから」
普段なら「新しい彼女がいるとは知らなかった」ととぼけるところだ。
だが、大吉の恋人が高峯雪穂である以上、その反応は嘘丸出しだ。
違う対応をしなくてはならない。
ということで、あえて雪穂のことは触れないでおく。
「私達がどうして別れたか聞いていますか?」
「何も。大吉からは別れたとだけしか」
おそらく本当だろう。
大吉の性格上、訊かれなければ詳しく話さない。
そして大吉の両親は詮索しないタイプだ。
これなら作戦は成功しそうだと思い、朱里はほくそ笑む。
何食わぬ顔で話を進めた。
「大吉には新しい彼女がいるって知ってたから、ゲーム機をどうすればいいか悩んでいました。元カノが渡しに来たとなれば、今の彼女はいい気がしないと思うので。でも、もうじきウチは引っ越しするんです。だから荷物を整理する必要があって……。借り物を捨てるわけにもいかないので、お邪魔させていただきました」
朱里は自分のセリフに惚れ惚れした。
咄嗟の嘘にしては筋が通っている。
末吉の反応は「なるほど」と渋い。
だが、疑っている様子はなかった。
「では、ゲーム機は私から大吉に渡しておこう」
「ありがとうございます!」
朱里は深々と頭を下げる。
地面に向かってニヤリと笑った。
ちょろいな、このおっさん。
「これが借りていたゲーム機です!」
末吉は「分かった」とPSBを受け取り、バッグに入れた。
「では! 私はこれで失礼します!」
朱里は素早く背を向け、早足で離れようとする。
用は済んだ以上、この場に長居してもいいことはない。
「待ってくれ」
末吉が止めてきた。
ギクリとしながら振り返る朱里。
「朱里ちゃんはどうしてウチの場所を知っているの?」
「えっ」
「ここへ引っ越したことは紅谷さんに教えていない。事情が事情だったので、大吉と朱里ちゃんが通っていた学校にも内緒にしたままだ。なのにどうして、ウチがここに引っ越した事を知っているんだい?」
背筋が凍るような思いだった。
だが、ここで観念しては作戦失敗だ。
大慌てで適当な嘘をでっちあげた。
「大吉から聞きました!」
「大吉から?」
「ゲーム機を返したいと連絡したら、自分の家は過激なファンに狙われかねないので教えられないから実家に頼む、と」
我ながら完璧な回答だと思った。
「そういうことか。流石は俺の息子だ、賢いな」
末吉が「がはは」と笑う。
その様を見て、朱里はホッと胸をなで下ろした。
どうにか山場を乗り切ったぞ。
「呼び止めて悪かった。わざわざありがとう、朱里ちゃん」
「いえ! それでは失礼します!」
朱里はダッシュで立ち去る。
インナーシャツは汗でグショグショになっていた。
◇
「大吉から聞いた、か。たしかに筋は通っているが……」
末吉は引っかかっていた。
朱里が目の前に現れた時点から。
何がと問われると答えられない。
虫の知らせのようなものだ。
直感が警鐘を鳴らしていた。
「念を入れておくか」
末吉は家に入ると、PSBを粗大ゴミ用の袋に入れた。
それからスマホを取り出し、大吉にメールを送る。
『用事があって紅谷さんのお宅に行ったんだが、その時に朱里ちゃんからPSBを渡された。お前に返して欲しいとのことだ。ところが父さんそのゲーム機を帰り道でうっかり落として壊してしまった。だから必要なら新しく買ってくれ。お金はあとで払うから。すまんな、大吉』
大吉のことを考え、適当に嘘を含んだメールを送る。
ほどなくして返事が来た。
『了解。あと、朱里とは縁を切ったから家の場所を教えないでくれ。実家の場所も教えないでもらえるとありがたい。もう関わりたくないんだ』
末吉は「だろうな」と呟いた。
こうして朱里の計画は失敗に終わった。
そのことに朱里が気づいたのは1週間後のことだ。
発信器の位置がようやく動きだしたと思ったら工場へ向かった。
調べたら収集した粗大ゴミの終着点と出てきた。
「ギィイイイ! クソガァアアア!」
朱里は発狂し、引きこもりに戻った。
変わらず停滞しており、状況は日を追うごとに酷くなっていた。
「大事な作業があるから扉を開けないでね、お母さん」
秋葉原から戻ると、朱里は自室に向かった。
ベッドの上に買ってきたGPS発信器を置く。
箱から取り出して、そのサイズに感動した。
小指の爪よりも小さな代物なのだ。
朱里は、雪穂に直接的な嫌がらせをしようと考えた。
その為にはまず、大吉と雪穂がどこに住んでいるか知る必要がある。
二人の同棲は周知の事実だが、場所は知られていなかった。
ネットを探しても情報は出てこない。
しかし、朱里には特定する為の計画があった。
目を付けたのは大吉の父・末吉だ。
末吉経由で大吉の場所を特定すれば、自然と雪穂に繋がる。
「これでよし」
朱里は携帯ゲーム機のPSBに発信器を装着する。
外からは分からないよう、本体の内側に忍ばせた。
作業が終わったら発信器の動作を確認する。
スマホの地図アプリを開いた。
発信器の位置が表示されている。
完璧だ。
あとはこのPSBを末吉に渡せばいい。
そうすれば、必然的に大吉に届けられるだろう。
朱里は計画の成功を確信した。
◇
翌日、朱里は末吉の会社に張り込んでいた。
幼馴染みで元恋人という都合上、勤め先を知っていたのだ。
18時過ぎ、末吉がオフィスから出てきた。
えらく上機嫌のようで、警備員と楽しそうに話し込んでいる。
早く帰れよ、と心の中で毒づく。
結局、末吉は1時間近く話し込んでいた。
警備員だけでなく、後輩の社員も巻き込んで大盛り上がりだ。
末吉を囲むように人の輪ができていて、がははと盛り上がっている。
その様を見ていると無性に腹が立ってきた。
自分は近くのコンビニで不気味がられているのに、なんだこの差は。
「やっとかよ、クソ親父……」
ようやく末吉が動き始める。
ネクタイを緩めながらテクテク帰路に就く。
末吉は会社からそう遠くないマンションに入った。
オートロックの手前にある郵便受けを確認している。
間違いない、ここが末吉の住んでいるマンションだ。
「あっ、大吉パパ!」
朱里は何食わぬ顔で近づいた。
末吉は振り返り、朱里を見て驚く。
「紅谷さんところの朱里ちゃんじゃないか」
「お久しぶりです!」
「どうしてこんなところに?」
「前に大吉から借りていたゲーム機を返しにきました!」
ゲーム機を借りていたのは本当だ。
朱里の改造したPSBは大吉の所有物である。
小学校の頃に借りたままになっていた。
「ふむ」
末吉の眉間に皺が寄る。
朱里は、まずい、と思った。
嫌な予感がしたのだ。
「もしかして、私のこと、大吉から何か……?」
「いいや、特に何も聞いていないけど、何かあったの?」
朱里は脳をフル稼働させる。
まずは情報整理だ。
自分と大吉の交際を末吉は知っているか?
イエス。
自分と大吉の破局を末吉は知っているか?
イエス。
破局の原因について末吉は知っているか?
不明。
最後に末吉と会ったのはいつだ?
高校に入学してすぐの頃。
以上のことから、朱里はこう答えた。
「実は私達、結構前に別れたんです」
まずは末吉が絶対に知っている内容を話す。
その次に、不明になっている重要箇所を探るつもりだ。
「知っているよ。大吉には新しい彼女がいるから」
普段なら「新しい彼女がいるとは知らなかった」ととぼけるところだ。
だが、大吉の恋人が高峯雪穂である以上、その反応は嘘丸出しだ。
違う対応をしなくてはならない。
ということで、あえて雪穂のことは触れないでおく。
「私達がどうして別れたか聞いていますか?」
「何も。大吉からは別れたとだけしか」
おそらく本当だろう。
大吉の性格上、訊かれなければ詳しく話さない。
そして大吉の両親は詮索しないタイプだ。
これなら作戦は成功しそうだと思い、朱里はほくそ笑む。
何食わぬ顔で話を進めた。
「大吉には新しい彼女がいるって知ってたから、ゲーム機をどうすればいいか悩んでいました。元カノが渡しに来たとなれば、今の彼女はいい気がしないと思うので。でも、もうじきウチは引っ越しするんです。だから荷物を整理する必要があって……。借り物を捨てるわけにもいかないので、お邪魔させていただきました」
朱里は自分のセリフに惚れ惚れした。
咄嗟の嘘にしては筋が通っている。
末吉の反応は「なるほど」と渋い。
だが、疑っている様子はなかった。
「では、ゲーム機は私から大吉に渡しておこう」
「ありがとうございます!」
朱里は深々と頭を下げる。
地面に向かってニヤリと笑った。
ちょろいな、このおっさん。
「これが借りていたゲーム機です!」
末吉は「分かった」とPSBを受け取り、バッグに入れた。
「では! 私はこれで失礼します!」
朱里は素早く背を向け、早足で離れようとする。
用は済んだ以上、この場に長居してもいいことはない。
「待ってくれ」
末吉が止めてきた。
ギクリとしながら振り返る朱里。
「朱里ちゃんはどうしてウチの場所を知っているの?」
「えっ」
「ここへ引っ越したことは紅谷さんに教えていない。事情が事情だったので、大吉と朱里ちゃんが通っていた学校にも内緒にしたままだ。なのにどうして、ウチがここに引っ越した事を知っているんだい?」
背筋が凍るような思いだった。
だが、ここで観念しては作戦失敗だ。
大慌てで適当な嘘をでっちあげた。
「大吉から聞きました!」
「大吉から?」
「ゲーム機を返したいと連絡したら、自分の家は過激なファンに狙われかねないので教えられないから実家に頼む、と」
我ながら完璧な回答だと思った。
「そういうことか。流石は俺の息子だ、賢いな」
末吉が「がはは」と笑う。
その様を見て、朱里はホッと胸をなで下ろした。
どうにか山場を乗り切ったぞ。
「呼び止めて悪かった。わざわざありがとう、朱里ちゃん」
「いえ! それでは失礼します!」
朱里はダッシュで立ち去る。
インナーシャツは汗でグショグショになっていた。
◇
「大吉から聞いた、か。たしかに筋は通っているが……」
末吉は引っかかっていた。
朱里が目の前に現れた時点から。
何がと問われると答えられない。
虫の知らせのようなものだ。
直感が警鐘を鳴らしていた。
「念を入れておくか」
末吉は家に入ると、PSBを粗大ゴミ用の袋に入れた。
それからスマホを取り出し、大吉にメールを送る。
『用事があって紅谷さんのお宅に行ったんだが、その時に朱里ちゃんからPSBを渡された。お前に返して欲しいとのことだ。ところが父さんそのゲーム機を帰り道でうっかり落として壊してしまった。だから必要なら新しく買ってくれ。お金はあとで払うから。すまんな、大吉』
大吉のことを考え、適当に嘘を含んだメールを送る。
ほどなくして返事が来た。
『了解。あと、朱里とは縁を切ったから家の場所を教えないでくれ。実家の場所も教えないでもらえるとありがたい。もう関わりたくないんだ』
末吉は「だろうな」と呟いた。
こうして朱里の計画は失敗に終わった。
そのことに朱里が気づいたのは1週間後のことだ。
発信器の位置がようやく動きだしたと思ったら工場へ向かった。
調べたら収集した粗大ゴミの終着点と出てきた。
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