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009 ブルネン大城砦

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 約150人の冒険者とともに、ブルネン大城砦にやってきた。
 絶壁の上にそびえる広大な城郭都市であり、出入口は正面の門ただ一つ。
 門は常に開いていて、城下町の様子がよく見える。

 中は人間の都市と大差ない。
 人間の代わりに大量の魔物が過ごしているだけだ。
 Dランクのザコが大半で、しばしばCランクの大型も目に付く。

「作戦を説明する!」

 門から数十メートル離れたところでムサシが言った。
 レイドマスターは彼なので、皆は大人しく耳を傾けている。

 魔物は中に入るまで襲ってこない。
 だからだろうか、誰も警戒していなかった。

(外にだって魔物はいるのに呑気なものだな)

 と思いつつ、俺はムサシの言葉を聞いた。

「――で、砦の前で合流だ! 早く着いたPTは待機すること! 下手に加勢すると同士討ちの危険がある!」

 ムサシの作戦は単純だった。
 1~2PTごとに分かれて全ての街路を同時に攻略するというもの。
 全員で連携して戦うことはないようだ。

「ムサシさん、俺は右端の街路をもらうぜ! 両サイドから他のPTの声が聞こえてくるんじゃたまったもんじゃないからな!」

 デンベラがいの一番に言った。

「気が合うなデンベラ、俺も同意見だ」

「うるせぇ! Fランクのカスが俺に意見すんじゃねぇ!」

 デンベラは俺のことが嫌いらしい。
 どうしてだろう。俺は嫌っていないのに……。

「それでは戦闘開始! 皆、砦の前で会おう!」

 ムサシが先陣を切って城下町に攻め込んだ。
 それに俺たちが「うおおおおおおお!」と続く。
 人生初となるレイドが幕を開けた。

 ◇

 今の俺にはスタミナがない。
 これはダンジョンの攻略において致命的だ。

(スフィアがあれば解決するんだけどな)

 などと考えながら、力を抑えて戦うことにした。
 歩いても大して疲れないように、手を抜けば持続的な戦闘が可能だ。
 横幅15メートル程の街路で、必要最低限の戦闘を繰り広げる。

「やるなぁー! ディウス!」

「デンベラに恥をかかせただけのことはあるぜ!」

 PTの仲間たちが褒めてくれる。
 手を抜いているのに賛辞を受けるとは思わなかった。

「こんな奴を褒めるんじゃねぇ! どう見たって俺のほうが強ぇだろうが!」

「そりゃお前がスフィアを使ってるからだろー! ディウスも神聖武器を装備してはいるが、スフィアスロットには何も入っていないんだぞ」

「うるせぇ!」

 デンベラは神聖武器の力を遺憾なく発揮していた。
 彼の装備している〈ベルタイガーのスフィア〉は、身体能力の強化に特化している。
 装備するだけで脚力と動体視力が大幅に向上するのだ。
 さらに――。

「唸れベルセルガー!」

 謎の掛け声とともに、デンベラはスキルを発動した。

 スフィアの真骨頂がスキルだ。
 各スフィアごとに固有のスキルが備わっている。

 〈ベルセルガーのスフィア〉はスキルも強化系だ。
 30分間、全ての能力が飛躍的に強化される。
 これにより、デンベラは超人的な力を手に入れた。

「この俺が! 最強だァ!」

 単騎で突っ込んでいくデンベラ。
 両サイドの朽ち果てた家に入っては魔物を殴り殺していく。
 死体を街路に投げ捨てて絶好調だ。

「馬鹿だろ、アイツ」

「ベルセルガーはクールタイムCTが6時間もあるんだぞ」

 仲間たちが呆れ顔でため息をつく。
 スフィアにもよるが、固有スキルは原則として連発できないのだ。
 数少ない例外と言えば――。

「最強は私よ」

 アイリスの姿が消える。
 かと思いきや、前方にいるゴブリン・エリートのすぐ傍に現れた。
 そして、Dランクの神聖武器〈ネメシスレイピア〉で敵の首を切り落とす。
 倒し終えると、またスッと消えて、違う敵を同じように捌いていく。
 彼女の振るう漆黒の細剣に、敵は恐れおののいていた。

 アイリスのスフィアはFランクの〈シャドウのスフィア〉だ。
 固有スキルは範囲内にある他者の影まで瞬間移動するというもの。
 CTは存在しない。

「さすがに悪くない動きだ」

 前世に比べたらまだまだ未熟だが。

「何が『悪くない』よ。アンタなんかとは比較にならないでしょ」

 視界の敵を駆逐し終えると、アイリスは振り向いた。
 その勝ち誇った顔を見て俺は驚いた。

(完全に油断してやがる)

 それは俺の傍にいる二人の男も同じだ。
 戦場では油断が命取りになることを知らないらしい。
 案の定、魔物はその隙を見逃さなかった。

「グォオオオオオオオオオ!」

 半壊している木造の家屋から闘牛が飛び出してきたのだ。
 Cランクのズールバッファローだ。
 狙いはアイリスだった。

「アイリス! 後ろ! 後ろ!」

「右後ろから魔物が来ているぞ!」

 PTメンバーの二人が叫ぶ。
 声を出す余裕があるなら助けに行けばいいのに。

「えっ」

 アイリスは慌てて振り返ると――。

「きゃあ!」

 ――なんと悲鳴を上げた。

「やれやれ。せっかくのスフィアが泣いているぜ?」

 俺は助太刀して敵を倒した。
 闘牛型モンスターは例外なく脚が弱点だ。
 突進を回避しつつ、地面すれすれの水平斬りで脚を斬る。

(さすがにスフィアのないプリズムガリバーじゃ切れ味が足りないか)

 四肢を切断するつもりで放った斬撃だが、現実には前脚を落とすので精一杯だった。
 それでも問題ない。
 敵はバランスを崩し、顔面を地面に打ち付けてひっくり返った。

「トドメだ」

 柔らかい腹部に剣を突き刺して仕留める。

「礼は結構だ。同じPTだからね」

 俺は振り返り、ニヤリと笑う。

「よ、余計なお世話をしないで! 自分で倒せたから!」

 アイリスは失態を認めなかった。
 こういうところは前世と変わりないようだ。

「ところでアイリス、どうして精霊術を使わないんだ?」

 俺は魔石を回収しながら尋ねた。
 拾った魔石は適当なメンバーに渡して異次元に収納してもらう。
 おかげで俺のリュックは軽いままだ。

「精霊術? そんなもの使えないけど。何を言っているの?」

「習得していないのか」

 これは意外だった。
 前世のアイリスは精霊術の使い手として有名だったのだ。
 剣術と精霊術を融合させた独特のスタイルが彼女の強みである。
 単純な剣術のみに関して言うと、前世の彼女は「それなり」だった。

「精霊術なんて遠距離攻撃をする人の使うものでしょ。私は剣の腕で勝負しているのよ。馬鹿にしないでもらえる?」

「なるほど」

 今の発言によって状況を理解した。
 おそらく彼女は、どこかで剣の腕に限界を感じるのだろう。
 そうなって初めて剣術以外――すなわち精霊術に手を伸ばすわけだ。

「何ちんたらしてんだよ! 遅いから死んだのかと思ったじゃねぇか!」

 一人で暴走していたデンベラが戻ってきた。
 太陽を見て時間を確認したところ、消えてから約30分が経過していた。
 そろそろスフィアの固有スキルが切れるわけだ。
 この男、口調に反して冷静である。

「アイリス、俺のいない間に生意気なルーキーに実力を見せつけてやったか?」

 先程の一件を知らないデンベラが何食わぬ顔で尋ねた。
 他の二人は「その質問はNG」と言いたげな苦笑いを浮かべている。

「うるさい! 馬鹿にしないでちょうだい!」

 アイリスは顔を赤くして怒ると、大股で先頭を歩いて行く。

「なんでキレてんだよ。女ってのは理解不能な生き物だぜ」

「だよな、同感だよデンベラ」

「ずっと思ってたけど、俺のことを呼び捨てにすんじゃねぇよ」

「すまんな、デンベラ」

 大股で歩くアイリスの後ろを、俺たち野郎四人が続く。
 デンベラが先に暴れていたおかげで、敵は殆ど残っていなかった。
 なので、主な作業は散乱している魔石の回収だった。

(デンベラはともかく、アイリスは思ったより未熟だな)

 冒険者の実力は、身体能力以上に戦闘技術で差が出る。
 その中でもスフィアの使い方は大きな要因になっていた。

 アイリスの〈シャドウのスフィア〉は特に分かりやすい。
 強力な効果だが、ヘタクソが使うとかえって危険を招くことになる。

 現在のアイリスは平凡そのものだ。
 決して下手ではないが、かといって上手くもない。
 今のままだとBランクあたりで頭打ちになるだろう。

「これで戦闘終了か」

 真っ直ぐ続いていた街路が行き止まりになる。
 左に曲がって少し進めば砦の前に辿り着いてゴールだ。

「一番手はムサシさんのPTだろうけど、二番手は俺たちがいただきだぜ!」

 デンベラが左の手のひらに右の拳を打ち付けて、嬉しそうに笑う。

「今回も私とデンベラで頑張ったからね」

「アイリス、俺は?」

「ちょっと見せ場があったぐらいでイキがらないでもらえる?」

 ぷいっと顔を背けるアイリス。

「ぶっちゃけディウスは凄かったよ」

「マジで冒険者になって二日目なのか? 素質ありすぎだぜ!」

 他の二人は俺のことを高く評価していた。

「まぁ……ここまで足を引っ張らなかったのは褒めてやるよ」

 デンベラも少なからず認めていた。

(これがPTか。なかなか楽しいもんだな)

 俺は満足気に頷き、仲間たちと先に進む。
 だが、砦に着いたところで和気藹々とした空気が一変した。

「おいおい、なんじゃこりゃあ!」

 デンベラが叫ぶ。
 そこには、見るも無惨なムサシPTの姿があった。
 砦から出てきた数十体の魔物と戦闘になったようだ。
 既にムサシ以外は死んでいた。

 敵はBランクのミノタウロス・ジェネラル。
 巨大な斧を持った全長4メートル級の大型モンスターだ。

 その後ろにはボスの姿もある。
 Aランクのミノタウロス・オーバーロードだ。
 ひときわ大きくて豪華な鎧を纏っているため一目で分かった。

「デンベラ……来るな……! 逃げろ……!」

 ボロボロのムサシが声を振り絞る。

「グォオオオオオ!」

「ぐああああああああ!」

 ジェネラルの無慈悲な一撃がムサシの息の根を止めた。
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