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056 愛と感謝の白い花:エピローグ

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 フミナがいない間、俺は告白の準備を進めた。
 その手の経験がないため、まずは図書館に行って勉強する。

「なるほど、これがこの世界で胸キュンさせる方法なわけか……」

 書いてあることは日本と大差なかった。
 ロマンチックな雰囲気を演出し、跪いて愛を告白するというもの。

「二人の思い出の場所もしくは滅多にいけない素敵な場所で愛の言葉を伝えると女性は大いに喜びますって言われてもなぁ」

 本の文章を読みながら考える。
 二人の思い出の場所に心当たりがなかった。
 かといって、滅多にいけない素敵な場所も分からない。

 いや、素敵な場所には心当たりがある。
 幻想魔丘げんそうまきゆうと呼ばれるダンジョンだ。
 レベル2000級の強敵がうじゃうじゃ蠢いている。
 うっかり足を運ぼうものなら告白の前に灰と化すだろう。

「ま、良さげな場所がないなら作ればいいだけか」

 それが俺の結論だった。

 ◇

 その日以降、俺は畑仕事に精を出した。
 土壌を整え、丁寧に種を蒔き、必要量の水をやる。
 他にやることもなかったので魔法に頼らず手作業で栽培した。

 時間魔法も使っていないため、農地には土しか見えていない。
 それでよかった。


 そして――1週間と少しが経過。
 いよいよフミナが戻ってくる日になった。

「悪いな、付き合わせることになって」

「何を仰りますやら! ジーク様の告白が観られる貴重な機会! このラッセル! たとえ拷問の最中であろうと喜んで駆けつけますとも!」

「助かるよ」

 住居である城の前でラッセルと話す。

「ま、ラッセルは俺が呼んだからいいんだけどさ――」

 振り返って城を見る。
 二階と三階の窓が開いており、たくさんの顔見知りがいた。
 マリア、サーニャ、その他、先の緊急会議に参加した者たちだ。
 農業ギルドマスターのユーネリアもすまし顔で混ざっている。

「――お前らは何でいるんだよ」

「見過ごせないっしょ!」とマリア。

「ワシは暇人じゃからのう!」と伯爵。

「ワシは忙しいが仕事を投げ出してきた!」

 もはや敵対心の欠片も感じないホラーズ。

「見世物じゃねぇんだぞ! 失せろボケ!」

「あ、ジークさん、フミナさんが戻ってきましたよ!」

 カレンが言った。

「私らは隠れるよ!」

 マリアが言い、城内の連中がスッと隠れる。
 窓も閉め切って無人を装っていた。

「いよいよですね、ジーク様」

「ああ、そうだな」

 近づいてくるフミナを待つ。
 彼女はいつも通りお気に入りのローブを着ていた。
 背筋をピンッと伸ばし、小さな背丈を最大限に大きく見せている。

「ジークさん、それにラッセルさんも!」

 最初に声を発したのはフミナだ。
 こちらへ近づいてくる途中に気づいて口を開いた。

「おかえり、フミナ」

「おかえりなさいませ、フミナ様」

「ただいまです! 待っていてくれたのですか?」

「ああ、そうだよ。お前を待っていた」

「本当ですか? 1週間以上も会えなくて寂しくしていたわけですね!」

 冗談のつもりだろう。
 だが、俺は「そうだよ」と真顔で答えた。

「え?」

 驚くフミナ。

「お前がいなくて寂しかった」

「ちょ、ちょっとジークさん、ラッセルさんの前ですよ」

 途端に顔を赤くして照れるフミナ。
 俺は笑みを浮かべ、彼女との距離を詰め、両肩を掴んだ。

「お前に見せたいものがある」

「なな、なんですか!?」

「それはだな――」

 俺はクルッと立ち位置を変えた。
 自身の背後に農地が来るように。

「――ラッセル」

「お任せあれ!」

 ラッセルが最大出力で〈アクセラレーション〉を発動する。
 農地の土壌に眠っていた草花が一気に覚醒していく。
 そして、僅か数秒で開花した。
 農地が穢れなき純白の花で埋め尽くされる。

「これは……!」

「白いカスミソウだ。俺の前世ではブーケとして使われている」

「綺麗です! すごい!」

「この世界にはないようだが、俺の前世には花言葉というものがあってな」

「花言葉? お花ごとに何か言葉があるってことですか?」

 俺は「そうだ」と頷いた。

「白いカスミソウの花言葉は『感謝』だ」

「感謝……」

 俺は微笑み、フミナの髪を撫でた。

「フミナ、今まで俺のアシスタントをしてくれてありがとう」

 フミナの目に涙が浮かぶ。
 それが嬉し涙であることは俺にも分かった。

「えぅ、あ……はい、こちらこそ、ありがとうございましゅ……」

 ひとたび涙が浮かぶともう止まらない。
 フミナは鼻水を垂らしながら「えぐっえぐっ」と泣き始めた。

「おいおい、まだ続きがあるんだから泣くなよ」

「ふぇ?」

 フミナはお気に入りのローブで顔を拭う。

「花言葉ってのは一つじゃないんだ」

「そ、そうなんですか? カスミソウにも他の言葉が?」

「まぁな。そして、その花言葉は『Everlasting Love』、つまり『永遠の愛』だ」

「――!」

 俺はフミナの前に跪き、彼女の右手を両手で包む。

「フミナ、俺はクソ野郎だ。これからも他の女とセックスするだろう。ヤッてヤッてヤりまくる。それでも、俺にはお前が必要だ。ずっと傍にいてくれ」

「なんなんですかそのセリフは……」

 涙を流しながら笑うフミナ。

「俺の本心さ。お前がいない日々や、お前が他の農家のもとで働いている姿を想像すると耐えられない。だからフミナ、お前は農業ギルドを辞めて俺の直属の部下になってくれ」

「ジークさん……」

 フミナは少し黙ってから続きを言った。

「そこまで言われたら仕方ありませんね。どうやらジークさんには神童と呼ばれた私の力が必要みたいですし? 引き抜かれてあげます」

 フミナは微笑み、俺の手に左手を添えた。

「フミナ……!」

「その代わり、給料はいっぱい貰いますからね! 私、端金で扱き使われる安い女じゃありませんから! 農業ギルドみたいなケチケチ賃金だったら許しませんからね!」

「あ、ああ、分かってるよ」

「じゃあ、改めて……不束者ですがよろしくお願いします、ジークさん」

「よろしく、フミナ」

 次の瞬間、城の窓が一斉に開いた。

「フミナァアアアアアアアアア! ジークゥウウウウ!」

 マリアが叫ぶ。

「ジークさんの演出、素晴らしかったです!」

「私たち感動しましたぁああああ!」

 サーニャとカレンがハンカチで涙を拭い合っている。

「男を見せたなジークよ!」

「やっぱり若者の青春はいいのう!」

 伯爵とホラーズが手を振る。

「素晴らしかったぞ、ジーク」

「リアンナ様と同意見です!」

 リアンナとルリルリも笑みを浮かべる。

「うわぁぁぁ! 皆さん、隠れていたんですか!?」

 フミナは「恥ずかしぃぃぃ!」と両手で顔を押さえる。

「感動的なやり取りではありましたが、それはさておきフミナ、『農業ギルドみたいなケチケチ賃金』とはどういうことですか?」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ! どうしてユーネリア様まで!? あれは、その、言葉のあや! そう! 言葉のあやです! 決して本心ではございません!」

 あわあわするフミナ。

 俺は立ち上がり、彼女を抱きしめた。

「ジークさん!?」

「本当にありがとうな、俺の傍にいてくれて」

「私のほうこそ……!」

 フミナが俺の背中に手を回す。
 そうして少し抱き合った後、俺は彼女の肩を掴んでグッと離した。

「よっしゃフミナ、記念に一発ヤろう! 初セックスだ!」

「わかりま……って、しませんよ! なに言ってるんですか!?」

「チッ、このタイミングならいけると思ったのに……」

 フミナはクスクスと笑った。

「私とそういう関係になりたいなら、他の方との関係を清算してからにしてくださいね」

「いいじゃねぇかよぉ。もはやセックス以外は全部したじゃないか」

「それでもダメです! 私、独占欲が強いので」

「チェ、じゃマリアでいいや」

「マリアでいいやとはなんだ! もうやらせてやんないぞー!」

 窓の外からマリアの怒号が飛ぶ。
 拳をブンブンと振り回して喚いている。
 それを見て俺たちは笑った。

「それではジークさん、私、お食事の準備をしますね! せっかく皆さんが来て下さったのだからおもてなししないと!」

「ああ、よろしく頼む」

「お任せあれ!」

 フミナは俺とラッセルに一礼してから家に入った。

「よかったのかもしれませんね」

 入れ替わりでラッセルが俺の隣に来た。

「よかったって?」

「レベルが上がらなかったことです。私と初めて会った時、ジーク様はその“呪い”を解こうと躍起になっておられた」

「そうだな」

「だが、呪いを解く術が分からなかったことで今があります。私の目には、今のジーク様はとても輝いているように見えます」

「たしかに」

「すると、レベルが1から上がらないのは、“呪い”ではなく祝福……“祝い”だったのかもしれませんな」

「上手いこと言うな」

 ラッセルは「ふふふ」と笑った。

「呪いではなく祝いか……」

 この世界に転移した瞬間から今に至るまでのことを振り返る。
 前世とは比べものにならないくらい楽しくて充実していた。
 それはこれから先も続くだろう。

「とりあえず今はフミナとセックスする方法を考えないとな! もちろん他の女ともヤれる状態を維持したままで! 落ち着いたらまた緊急会議だ! これからも頼むぞ、ラッセル!」

「ははは! お任せ下さい!」

 俺たちも家に入り、皆と楽しいひとときを過ごすのだった。
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