上 下
9 / 56

009 宣戦布告

しおりを挟む
「再びインタビューをお受け下さりありがとうございます」

「フミナと違って色気ムンムンのお姉さんですからね。そりゃ求められたら喜んで応じるのが男ってものさ」

「私だって色気ムンムンですから……って、ここ張り合うとこだった!?」

 〈常に美味しい牛乳〉の販売が落ち着いた頃、再びアークビジネスの取材を受けることにした。
 前回と同じ企画なので、記者とカメラマンも前回と同じだ。
 ついでに言うと場所も同じで応接間を使っている。

 通常、この企画で同じ人物を二度以上取り上げることはないらしい。
 俺の場合は特殊な事情があった。

「私の不用意な発言がきっかけでジークさんが牛乳の商売を始められたわけですからね。第一回の記事で煽るような内容を掲載した以上、成功したからにはしっかりと取り上げさせていただきます!」

 というのが理由である。

 一回目のインタビュー記事は俺も読んだ。
 日本のゴシップ誌に慣れている身としては刺激が足りなかった。
 ただ率直に俺とのやり取りを掲載していただけだ。
 煽っているとは感じなかった。

「何なりと質問をどうぞ……いや、先に俺が尋ねてもいいかな?」

「もちろんです! どうされましたか?」

 俺はフミナの入れた紅茶を飲み、それから脚を組んだ。

「有象無象による俺の資質を疑問視する声はどうなった?」

 牛乳ビジネスを始めた理由がアンチのノイズだ。

「もはや全くと言っていいほど聞こえませんよ! さすがに牛乳での成功は認めざるを得ませんので!」

「その通りですよジークさん! 〈常に美味しい牛乳〉と〈ヨーグルトの元〉はどちらも飛ぶように売れています!」

 フミナが声を弾ませる。
 その声を聞いて思いだした。

「そういえば先日、フリーおっぱいでお馴染みウチのフミナがランクアップしてね、ウチの牧場はDランクになったんだ」

「おお! おめでとうございます! フミナさん!」

 お姉さんがメモ用紙に書き込む。

「ありがとうございます!」

 フミナは「えへへん!」と胸を張った。

 それを見たカメラマンの男がバレないようチンポジを修正する。
 股間に目を向けると、何故か勃起をしていやがる。
 なるほど、童貞だ。

「それでは質問ですが、今後の展望についてお教えいただけますでしょうか?」

「今後の展望とな」

「はい。牛乳の次は何に手を出すのでしょうか。新たな乳製品を開拓するのか、それとも鶏など別の家畜を取り入れるのか。今、ジークさんの動向には多くの酪農家や飲食店経営者が注目していますので、何か情報をいただけるとありがたいです!」

「うーん……そうだなぁ」

 高級牛乳についてはまだ伏せている。
 庶民向けと違って「ほな始めよか」では開始できないからだ。
 環境の整備から着手する必要があり、その為の情報を調べている。
 ということはフミナも知っているのだが――。

「次も牛乳です! 今度は高価格帯の牛乳にブームを巻き起こします!」

 ――可愛いだけが取り柄のようなポンコツが情報を漏らした。
 まるでとんでもない功績を挙げたかの如きしたり顔で。

「はぁ……」

 大きなため息をつく。
 それでも足りなかったのでダメ押しで鼻からブシューと息を吐いた。

「高価格帯の牛乳ですか!」

「そうなんです! ですよね!? ジークさん!」

「ま、まぁ、そうだな……」

「すると……ライバルはベイリーン伯爵ですか!」

「誰だそれ」

 ヴェイロンも貴族制度は存在していた。
 プレイヤーではなくNPCの中に爵位持ちがいたのだ。
 しかし、彼らに名前が付いていたような記憶は無い。

「えー! 知らないんですかぁ!」

 ここぞとばかりに割り込んでくるフミナ。

「ならお前は知っているのか? ベルリン・・・・伯爵のこと」

「ベイリーン伯爵ですよ! 牛乳と言えばベイリーン伯爵ですよ! この国では定番じゃないですか!」

「そうなのか。この街で牛乳と言えばウチだけどな」

 記者のお姉さんが「そのセリフいただき!」とメモする。

「で、そのベイリーン伯爵はどんな奴なんだ?」

 フミナを見る。

「ベイリーン伯爵は全ての街で牛乳を展開しています! 価格の異なる複数の牛乳を販売していて、貴族の方々が利用するような高級店で扱う牛乳は全て伯爵印の一級品なんです!」

「つまり牛乳ビジネスのトップということか」

「そうなりますね」とお姉さんが言い、フミナは激しく頷いた。

「もちろんランクも高いんだよな?」

「高いなんてものじゃありませんよ! Aランクです! Sの次に高いA! 牛乳ビジネスだけでA! 凄すぎます! 伝説ですよこれはもう! 伝説!」

 大興奮で解説するフミナ。

「なるほどな。ま、そういうことなら伯爵様の牛乳を薙ぎ倒すことになるな」

「「おー!」」

 フミナとお姉さんの反応が被る。
 カメラマンの視線はフミナの脚に釘付けだ。
 短いスカートから垣間見える太ももがお気に召した模様。

「いやぁこれは盛り上がりますよ! 酪農界が騒然とします! ちょっと強めに煽るような記事にしたいのですが大丈夫ですか?」

「かまわないけど、具体的にはどんな感じに書く予定だ?」

 お姉さんは「そうですね……」と考えてから言った。

「新進気鋭の酪農家が伝統の伯爵牛乳に挑む……とかでしょうか?」

 思った通り全く強くなかった。

「パンチが弱いな」

「そうですか? ではどのように書けば……」

 俺はニィと笑った。

「例えば『稀代の酪農家ジークが伯爵に宣戦布告! 高級牛乳の開発を断言!』なんてどうだ?」

「ひぃぃぃぃ!」

 震え上がるフミナ。

「そんなに攻めちゃっていいんですか!?」

 お姉さんもたじろいでいる。

「どうせ時が経てば競うことになるんだ。なら最初の挨拶は派手にぶちかまさないとな」

「「「かっこいい……!」」」

 フミナとお姉さんだけでなくカメラマンまで感嘆している。

「じゃ、そんな感じでよろしく!」

「分かりました!」

 この翌週、俺のインタビュー記事がアークビジネスに掲載された。
 その反響は想像以上に凄まじく、商業ギルドや農業ギルドが騒然とした。

 ◇

 大々的に吹っ掛けた以上、後には引けない。
 ある日の昼、食事が終わると俺は食堂で宣言した。

「ということで高級牛乳を作ろう!」

「ついに来ましたね! この時が!」

 テーブルを挟んで向かいに座るフミナが両手に拳を作る。

「まずは確認だ。今回の高級牛乳開発では、競合相手がベイリーン伯爵と確定している。伯爵が手がける牛乳はいくつかあるけれど、その中でも最高価格帯の牛乳が競合商品になる」

「ですね! 価格は1リットル500ゴールドです!」

「その通りだ。よく覚えているな」

「そこまで高い牛乳は他にないので! でも私たちの牛乳はもっと高くなる予定なんですよね!?」

「おう。倍の1000ゴールドで売る予定だ」

「ヒェェェェェ! そんな牛乳をどうやって作るのですか!?」

「それを話す前に質問だ」

「待っていました! クイズタイム!」

 大喜びのフミナ。

「ジークさんと一緒に仕事をしてきて、私も経営ってものが分かるようになってきました! 今回は正解してみますよ!」

 俺は「イイ心意気だ」と頷き、彼女に問いかけた。

「競合商品が分かっていて、それに打ち勝とうとする場合、俺たちが最初にするべきことはなんだと思う?」

 基礎的な問題だ。

「そんなの決まっているじゃないですか!」

 彼女はドヤ顔で即答した。

「とにかく牛乳を作って作って作りまくるんです! 試行錯誤あるのみ!」

 ズコーッ!
 俺はイスから滑り落ちた。

(この女……全く成長しねぇ)

 彼女のポンコツぶりに涙が出てしまう。
 一方、フミナは俺の反応を見ても分かっていないようで――。

「正解でしたか? 私、今回こそ正解しちゃいましたか!?」

 などと興奮している。

「どう考えてもハズレだ馬鹿たれ!」

「そんなぁぁぁぁ! じゃあ正解は何なんですかぁ!」

「簡単さ――競合相手の商品である伯爵印の牛乳を飲むんだよ」

「え? どういうことですか?」

「そこらの牛乳の5倍近い価格にもかかわらず需要があるんだ。その秘密を知ることから始めねばならない。そうすることで買い手である客が何を求めているかも分かるからな」

「なるほど! 言われてみればそうですね! ではさっそく伯爵印の高級牛乳を調達しにいきましょう!」

「もう買ってある」

「早ッ! さすがはジークさん!」

「それがコレだ」

 俺はテーブルの上に牛乳を召喚した。
 安物の牛乳と違い紙パックではなく瓶に入っている。
 ラベルも上品で高級志向であることが感じられた。

「ではコイツを味見して実力を測るとしよう」

「はいーッ!」

 フミナがビールジョッキを二つ召喚。
 それに伯爵印の牛乳をたっぷり注いだ。

「ではでは! かんぱーい!」

「競合相手の商品で乾杯するのは気が引けるが……」

 ジョッキをカチンッと当てる。
 そして、二人で敵の牛乳をグビグビと飲んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない

AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。 かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。 俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。 *書籍化に際してタイトルを変更いたしました!

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

処理中です...