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028 決着

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「貴様……貴様ァ!」

 ミカエルが残っている翼をばたつかせて俺を振り払おうとする。
 だが、俺はしがみついて離れない。

「往生際が悪いんだよ、クソ野郎!」

 俺は何度もミカエルを刺す。
 それはつまり、俺の体も滅多刺しということ。

「「「ミカエル様!」」」

「文人!」「文人!」「文人様!」

 意識が朦朧とする。
 それでも俺は攻撃をやめない。

「スタミナ勝負といこうじゃねぇか……舐めプ天使……」

「自分の命と引き換えに我の魂を持っていくというのか! そんなことをして何の意味がある! 死んだら元も子もないだろ!」

 ミカエルが「ガハッ」と血を吐いて倒れる。

「お前は……勘違い……して……い……」

 ――――……。

 ◇

「文人! 起きて! 文人!」

「目を覚ますのデース!」

「文人様! 戻ってきてください! 文人様!」

 仲間達の声が聞こえる。

「うっ、うううっ……」

 意識が覚醒していく。

「ここは……」

 純白の空間。

「文人様!」

 シャーロットが抱きついてきた。
 彼女の服は血で染まっていた。

「シャーロット、お前、その血はどうしたんだよ」

「こんな時でも自分よりレディーの心配をするなんて……全くもう……」

 シャーロットが目に涙を浮かべながら笑う。
 他の二人も安堵の笑みを浮かべていた。

「これは文人様の血ですわ」

「俺の……?」

 自分の服を見て愕然とした。
 そこら中に穴が空いているだけでなく、血で染まっている。
 その染まり具合はシャーロットと比較にならない。
 俺の服はもはや血で作られていると言っても過言ではない有様だ。

「ミカエルを倒すと同時に気を失ったのよ」

 リゼルが答えてくれた。

「そうか、俺、天使と戦っていたんだ……」

 立ち上がろうとしたら頭がクラクラした。

「まだ動かないほうがいいよ。血液を大分失ったから」

 リゼルは俺の肩に手を置いて制止すると、その場に腰を下ろした。
 それを見たシャーロットとマリナもすぐ傍に座る。

「というか、これだけの出血をしてなんで生きているんだ? 俺」

「それが文人の作戦だったんでしょ? 作戦と呼んでいいか悩ましい無謀なものだったけど」

「作戦? 無謀? どういうことだ? 記憶が混濁していて分からない」

 そもそもどうやってミカエルを倒したのかも思い出せない。
 ドーピングモードが切れそうになったから博打に出て……なんだっけ?
 大事な場面の記憶が消えていた。

「文人は気を失う直前、ミカエルに向かって言ったのデース」

 マリナが話す。

「なんて言ったんだ? 俺」

「お前は勘違いしている。俺は死ぬつもりなどない。仲間がいるからな……そう言ったのデース」

「もちろん今みたいなハッキリした口調じゃなかったけどね」とリゼルが補足。

「私達なら文人様を助けられる……そう信じていたのですわ!」

「にもかかわらず、一番イイ場面を覚えてないってマジ!?」

 リゼルの言葉に女性陣が笑う。

「一つ質問なんだが、俺はポーションを飲んだんだよな? そうでなければ傷口が塞がっていることの説明がつかない」

「うん、飲んだよ」

「どうやって飲んだんだ? 気を失っていたんだろ?」

「それは……」

 リゼルの顔が赤くなる。
 シャーロットも恥ずかしそうだ。
 一人だけすまし顔のマリナが代表で答えた。

「口移しデース! 皆で文人にキスしたのデース!」

「ちょ、マリナ、それは言わない約束でしょ!」

「マリナ様、約束違反ですよ!」

「そんな約束知らないのデース!」

 マリナがニシシと笑う。

「口移しでも回復したことに驚いたが、そもそも口移しだと飲むことができたんだな。生存本能ってやつか」

 リゼルは「かもね」と言い、スマホを取り出した。

「文人が起きたことだし、そろそろ先に進もうか」

「先って? ――ああ、クリア報酬か」

「そそっ」

 塔50階のクリア報酬は決まっている。
 強力な装備か、莫大な富か、元の世界への帰還だ。
 その中から一つだけ選ぶことができる。

「報酬はスマホで選べるよ」とリゼル。

 俺はスマホを取り出して確認する。
 ホームボタンをタップすると、何やら文字が表示された。

=======================================
 <お知らせ>
 天使の塔を攻略したPTが誕生しました。
 攻略した冒険者は以下の4名です。

 【冒険者名】
 ・文人(Lv.65)
 ・シャーロット(Lv.42)
 ・リゼル(Lv.45)
 ・マリナ(Lv.56)

 史上初となる攻略、誠におめでとうございます。
=======================================

 文面から察するに、他の冒険者にも通知されているようだ。
 OKを押してそれを閉じると、報酬を選ぶ画面が出てきた。
 各選択肢の下には詳細な説明が書いてある。

「皆が選ぶのは、やっぱり帰還か?」

「私はそうだね。お母さんに会いたいから」

「私もデース! 祖国ギリシャの平和を守るのデース!」

「個人的には文人様と冒険を続けたいですが、テンベロッサ公国の王女である身なので戻らなくてはなりません。もしかしたら今この時も、私がいなくなったことで生じた誤解によって戦争が起きているかもしれないので……」

「そっか、そうだよな」

 皆の意思は変わらない。
 分かっていても寂しさがこみ上げる。
 人との別れを寂しく感じる日が来るとは思わなかった。
 自分でもびっくりだ。

「文人は装備――〈大天使の翼〉を選ぶの?」

「そのつもりだが……少し悩んでいる」

「帰還すれば私達とまた会えるよ!? 一緒に帰っちゃう?」

 リゼルがニヤニヤする。

「それは名案デース! あ、でも、地球(あつち)だと文人やリゼルの言葉が分からないのデース! 私は日本語を喋れないデース!」

「皆様が羨ましいですわ」

 ポツリとそう呟いたのはシャーロットだ。

「羨ましいって?」とリゼル。

「帰還を選んでも、私は皆様と会えないのですわ」

「どういうこと?」

「皆様の元の世界は『地球』という場所ですよね。しかし、私の国――テンベロッサ公国があるのは別の世界ですわ」

「そうなんだ!? 私、アホだから地理わかんないんだよねー」

「私も知らなかったデス」

「本当なのか? シャーロット」

「はい、まず間違いなく、私と皆様の世界は異なります。それは他の冒険者の方々と話していて確信しました」

「此処がそうであるように、地球や此処以外の異世界も存在しているわけか」

「そういうことですわ。私からすると地球も異世界ですが」と笑うシャーロット。

「なるほどねぇ。とりあえず、アークに戻ろっか!」

 リゼルが話題を変えた。

「それもそうだな。報酬を選ぶ猶予はまだあるわけだし」

 残り約96時間。
 言い換えると4日。
 それが報酬の選択期限だ。

「今は23時55分。ここから約96時間。悔いのないように過ごそう」

「そうですわね」

「文人、再び巡り会えた記念にデートをしましょうデース!」

「あ、それいいね! 私も予約!」

「じゃ、じゃあ、私(わたくし)もよろしくお願いしますわ」

「デートか……リア充だな」

 俺は小さく笑い、立ち上がった。
 先程よりはクラクラしなくなっていた。
 足取りもしっかりしている。

「よし」

 そう呟き、ポータルを指す。

「凱旋の時間だ」
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