上 下
24 / 32

024 試行錯誤

しおりを挟む
「さて、どうしたものか」

 宿屋のベッドで頭を抱える俺。
 戦闘が長引いたせいで、時刻は既に午前4時を過ぎている。
 約18時間も塔に籠もっていたらしい。
 肉体が悲鳴を上げていた。

 それでも頭は冴えている。
 初めての撤退を経験して興奮状態にあった。
 負けた悔しさよりも歯ごたえのある敵が現れたことの嬉しさが強い。

 ようやく心の底から思えたのだ。
 負けるかもしれない、死ぬかもしれない。

「これから試行錯誤の日々が始まるな」

 ネトゲでは何度も通ってきた道だ。
 一見するとクリア不可能のような高難度のダンジョン。
 そのギミックを解き明かし、攻略法を確立していく。
 そうして俺は数多のMMORPGで頂点に立ってきた。

「時間はたっぷりある。じっくり腰を据えて挑ませてもらうとしよう」

 この日から挑戦の日々が始まった。

 ◇

 塔に挑んだ翌日は完全な休みにした。
 狩りすら行わず、街の中でぼんやり過ごす。
 心身をリフレッシュさせる為だ。
 作戦を練るにもちょうどいい。

 その次の日は普通のダンジョンでレベルを上げる。
 塔へ挑む前の軽いウォーミングアップにちょうどいい。

 さらに翌日、塔に挑戦する。
 昨日・一昨日に考えた作戦を試し、敵の動きを検証する。
 駄目そうなら撤退し、翌日は休んで……と繰り返す。

「なるほど、仕様は把握した」

 三度目の撤退で敵の動きを理解した。

 まず、ミカエル以外の三天使は不死身だ。
 どれだけ倒そうと、ミカエルが生きている限り復活する。

 復活の条件は二つある。
 一つは倒してから一定時間が経過すること。おそらく1分だ。
 もう一つは三天使が全滅した時。この場合は一瞬で復活する。

 次に敵の戦い方。
 これは一度目の戦闘で経験した通りだ。
 ミカエルとウリエルが剣による近接攻撃。
 ガブリエルはキューピット隊による遠距離攻撃。
 で、こちらの攻撃はラファエルが防ぐ。

 問題は攻撃の鋭さよりも鉄壁の防御だ。
 他の天使に攻撃が及びそうになると、ラファエルが瞬間移動で防いでくる。
 これはラファエル自身が戦闘中の場合を除き自動で発動する特殊能力だ。

 だからといって、ラファエルを先に倒してもこの防御は防げない。
 ラファエルが死んでいる状態でミカエルを狙うと、半透明のラファエルが出てくるからだ。
 全身が光っていることから「光るラファエル」と俺は呼んでおり、こいつはミカエルの体からスッと出てきて攻撃を防ぐ。

 また、ラファエル以外の二体も光る天使化することが分かった。
 ウリエルやガブリエルも、先に倒した場合は半透明の天使になって出てくる。
 ただ、大して脅威にはなっていない。

 以上のことから、俺の導き出した戦法はこれだ。

「倒さない程度にラファエルと戦いつつ、ミカエルを仕留める」

 決着の時は近い。
 ――と、この時は思っていた。

 ◇

「クソッ! 崩せねぇ……!」

 何度となく塔に挑戦するが、攻略できずにいた。
 その理由は単純明快。

 敵に知能が備わっているのだ。

 例えばゲームの場合、敵の動きはプログラムされている。
 どれだけ複雑そうに見えても、必ず癖が存在するものだ。

 しかし、天使達は違う。
 俺の考えを読み、それに合わせて動いてくる。
 こちらが対策を練れば、対策の対策を実行してくるのだ。

 故に失敗する。
 仕様は分かっているのに上手くいかない。
 気がつくと撤退の回数は10回を超えていた。

「文人じゃん、今日も挑むのか?」

 最近はこんな感じで話しかけられることが増えた。
 足繁く塔に通うせいで知れ渡っているのだ。
 俺が本気でクリアしようとしている、と。

 しかし、皆は俺のレベルを知らない。
 だから、無知な若造が馬鹿をしていると思われていた。

「今回は攻略できそうな気がするんだよ」

「ははは、どうやらお前はレベル差補正のことを知らないようだな」

 話しかけてきた男の冒険者が笑う。

「レベル差補正なら知ってるよ」

 ヘルプで読んだし、実際に体験したこともある。
 そして、最近では多くの冒険者からその話を聞かされた。

「いや、お前は分かっちゃいねぇよ」

「そうなのか?」

 もしやレベル差補正には俺の知らない仕様があるというのか?
 興味が湧いてきた。

「そうさ。レベル差補正というのはだな、10以上の差があるとダメージを受けなくなることをいうんだ。だから仮にお前が最強だったとしても、塔をクリアするには最低でも40レベルは必要なわけだ。40レベルなんて常人に到達できる境地じゃねぇ。ましてやお前みたいなもやしっ子なら論外だ。レベルはどうせ20かそこらだろ?」

「ま、まぁな、そんなところだ」

 本当は59レベルだ。

「だったら挑むだけ無駄だから諦めたほうがいいぜ」

「ふむ」

「それか挑むにしてもレベルを上げることだな。絶対にクリアできるレベルまで」

「絶対にクリアできるレベル? どういうことだ?」

 食い気味の俺。
 そんなレベルがあることなど知らなかった。

「レベル差補正だよ。たった今しがた話しただろ」

「へ?」

 俺の頭上に疑問符が浮かぶ。

「要するに60まで上げろってことだ。塔の敵は最大でも50レベルだから、60まで上げたらどんな攻撃も通用しない。俺や文人みたいな一般人でも絶対に勝つことが可能だぜ」

「…………」

「ま、そこまで上げられたら苦労しないんだけどなぁ!」

 男は「ガハハ」と笑いながら去って行く。

(期待した俺が馬鹿だったな)

 どうやら先ほどの男は仕様を誤解しているようだ。
 レベル差補正の仕様が通用するのは雑魚が相手の時だけである。
 ボスに対しては話が違うのだ。

 初めて塔に挑んだ時の阿修羅戦みたいに、俺が格下の場合はレベル差補正が発動して、こちらの攻撃は一切通用しなくなる。
 しかし逆に俺が格上の場合は、レベル差がいくらあろうと関係ないのだ。
 それ故に、今の俺ですらレベル5のボスゴブリンと戦えば普通に怪我をする可能性がある。
 ボスが相手の場合、絶対に勝てるレベルというのは存在しない。

 だが……。

「レベル差補正か、その手があったな」

 俺のレベルが60になれば、ミカエル以外にはレベル差補正が発動するはずだ。
 そうすれば、実質的にミカエルとタイマンのような状態になる。
 他の天使がどれだけ攻撃しようと、着ている制服の繊維すら傷つけられないから。

「レベル60にしてから挑むか」

 ということで、今日はレベルを上げることにした。

 ――――……。

「ふぅ」

 適当なダンジョンで狩りして60レベルに到達。
 これで準備は整った。

「明日はクリアさせてもらうぜ」

 意気込みながらその日を終える。
 しかし次の日、塔の50階で俺はこう言うことになった。

「クソッ、撤退だ!」

 そう、またしても失敗したのだ。
 しかも今までで一番酷い敗北を喫した。
 敵に剣で腹部を貫かれ、危うく死ぬところだったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...