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016 撤退

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「たしかにさっきの4人組の姿がねぇな。というより、これは……」

 塔に入った俺を待っていたのは別世界だった。
 文字通りの別世界だ。

 なんと草原が広がっている。
 周囲に壁などはなく、とても建物の中とは思えない。

「で、これが〈ポータル〉か」

 俺の数メートル後方に楕円状の黒いモヤモヤが浮かんでいる。
 こちらに向けて口を開くように。
 SF映画のブラックホールみたいなそれが〈ポータル〉に違いない。

 あのポータルは外へ繋がる入口だ。
 通れば一瞬で塔の外へ戻れる。

 そう、1階だろうが30階だろうが関係ない。
 戻る時は一瞬なのだ。
 全てのダンジョンに備えてもらいたい。

「で、敵は……」

 アークの外にいるものと同じだ。
 つまりスライムとミニウルフである。
 数は30体といったところか。

「ワォーン!」

「ピュイー!」

 アークのすぐ外にいる奴らと違いアクティブ型のようだ。
 何もしていないのに襲ってきた。
 狼は突っ込んできて、スライムは液体を飛ばしてくる。

「ここは1階だからこいつらもレベル1なんだよな。ということは……」

 俺は飛んできたスライムの液体を左腕で払う。
 制服の袖に液体がかかった――が、何も起きない。
 普通なら被弾箇所がジュワーッと溶けている。

「思った通りだ。レベル差補正が効いている」

 俺と敵とのレベル差は10以上あり、俺のほうが格上だ。
 この場合、敵の攻撃は俺に一切通用しない。
 俺の皮膚に傷をつけるどころか、衣類すら破れないようだ。

「ならお前の攻撃はどうなるかな?」

 今度はミニウルフの攻撃を受けてみることにした。
 左腕を差し出し、あえて咬ませる
 ミニウルフはドヤ顔で俺の顔を見て、そして怯む。

「残念、ノーダメージだ」

 俺はニヤリと笑って左腕にまとわりつく狼を殴り飛ばした。
 それから剣を抜き、周辺の敵を一掃する。
 全ての雑魚を倒し終えると、前方に新しいポータルが現れた。
 次の階へ行く為のものだろう。

「こういう仕組みなのか、天使の塔」

 今回の目標は29階。
 そこまで労することなく攻略できたら自信がつく。
 逆にクリアできなければ、最上階の攻略など夢のまた夢。

「果たしてどこまで通用するかな」

 次の階層へ繋がるポータルを通った。

 ◇

 適度な休憩を挟みつつ順調に進み、19階を攻略した。
 ここまでの戦いで抱いた感想としては前評判通りといったところ。

 要するに普通のダンジョンと変わりない。
 敵の強さはレベルに見合ったもので、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 いや、PT用ダンジョンに比べて数が少ない分ぬるいくらいだ。

 ステージの地形は色々ある。
 草原、荒野、ゴブリンタウンのような場所、エトセトラ……。
 次はどんなステージなのだろう、とワクワクする。

「20階の相手はお前か、昨日ぶりだな」

 記念すべき20階に待ち受けていたのはヒデヨシだった。
 ステージもヒデヨシキャッスルにある天守閣の最上階ぽい。

「ンキャー!」

 俺がフレイムソードを抜くなり〈刀狩り〉を発動するヒデヨシ。
 この辺りの行動パターンも同じだ。
 今のところ、塔ならではの動きをする魔物は見当たらない。

「その剣は囮だ」

 刀狩りの発動に合わせて距離を詰める俺。
 そのまま敵の懐に潜り込むと、アイスソードを抜刀一閃。
 ヒデヨシの手を切り落とす。

「ぬるいな」

 次の攻撃でヒデヨシの顔面に剣を突き立てて戦闘終了だ。

「この調子だと29階まで余裕そうだな」

 もう満足したし帰ろうかな、と思った。
 だが、次に塔を訪れるのは本気で攻略を目指す時だ。
 それがいつになるか分からないし、今回はいけるところまでいこう。

 ◇

 あっという間に29階をクリアした。

「何の問題もなかったな」

 それが感想だった。

 21~29階は数十体との雑魚戦だった。
 雑魚といっても、スライムやミニウルフとはモノが違う。
 動きのキレは鋭くなっており、凶暴さも増していた。
 ゴブリンタウンのボスゴブリンに匹敵する強さだ。
 それでも、苦戦を強いられることはなかった。

「怪我をせずに済んだのは成長している証だな」

 イマジンムーブの力だけではない。
 俺の戦闘技術自体も着実に成長している。
 自覚はないが、今回の結果がそのことを証明していた。

「次の階はこちらの攻撃が通用しないが……」

 30階のボスと戦ってみたいと思った。
 勝率0%の戦いではあるが、ボスの動きを見ることはできる。

「危険だが行ってみるか」

 だが、その前に休憩だ。
 マジックボックスから飲食物を取り出す。

「あれ? おにぎりが1個しかないぞ」

 2個出るように命じたのに1個しか出ない。

「SiriN、おにぎりを出してくれ」

『マジックボックスの中におにぎりはありません』

 どうやら食い切ったようだ。

「もうそんなに食べたのか。結構な量を用意していたはずだが」

 スマホの時計を確認する。
 22時を過ぎていた。

「ここにいると時間の感覚が失われてしまうな」

 上を見上げると太陽が照っている。
 とても22時には感じられなかった。

「よし、気張っていくぞ! ちょろっと遊んだら戻って寝るぜ」

 休憩を終えて30階へ挑んだ。

 ◇

 30階のボスは見たことのないタイプだった。
 全長3メートル級の動く阿修羅観音像だ。
 6つの手には剣や槍といった武器が握られている。

「こいつ……つえぇな」

 こちらの攻撃が効かないことを差し引いても強い。
 20階で倒したヒデヨシとは明らかに格が違った。
 敵の攻撃を捌くのにいっぱいいっぱいで、反撃するのが難しい。

「俺のレベルが21だったとしてもコイツに勝てるかどうか分からないな」

 それが率直な感想だ。

「イマジンムーブを極めたことで最強になったつもりでいたが……考えを改めよう。俺もまだまだ雑魚だな」

 これ以上の戦いは無意味だし危険だ。
 撤退するとしよう。
 チラリと帰還用のポータルを見る。

(無事に逃げられるといいが……)

 ポータルは阿修羅の後ろにある。
 動き回ったせいで位置が悪くなっていた。

(試してみるか)

 俺は後方に跳んで距離を取る。
 するとこの阿修羅は――。

「ヌンッ!」

 すかさず距離を詰めてきた。
 思っていた通りの動きだ。
 コイツはこれまでの中で最も好戦的である。

「ならば俺は……!」

 マジックボックスからアイテムを取り出す。
 念のために用意しておいた撤退用の切り札。
 ――煙玉だ。

「せい!」

 地面に煙玉を叩きつける。
 たちまち青白い煙がたちこめた。

「ヌン!?」

 阿修羅がその場で武器を振り回している。
 どうやら俺の姿を視認できないようだ。
 こちらからはシルエットが見えている。

(ボスにも通用してくれて助かったぜ)

 ホッと安堵しながら、俺は阿修羅の横をすり抜け、ポータルをくぐった。

 ◇

「マジで一瞬だったな」

 30階のポータルを通って、次の瞬間には塔の前だ。
 不思議な感覚だった。

「おや、お前さんは」

 俺と殆ど同じタイミングで4人組の男が出てきた。
 塔に挑んでいたレベル17のおっさんPTだ。
 どうやら彼らも今まで塔に潜っていたらしい。

「奇遇だね、また会うとは。で、塔はどうだった?」

 俺の問いに、おっさんは「いやぁ」と苦笑いで頭を掻いた。

「かなりきついな。まだまだ修行が足りないようだ」

 俺と同じ感想を抱いている。
 だが、その後のセリフはまるで違っていた。

「17階で苦しくなって出てきた」

「えっ、17階? 雑魚なんじゃ?」

「その反応からすると塔に挑んだことがないクチだな」

「いや、その……」

「たしかに17階の敵は雑魚に区分されるタイプだ。だが、17レベルの雑魚ともなれば、君の知っているスライムやゴブリンとは強さが違う。ま、挑んでみれば分かるよ。生半可な実力じゃ太刀打ちできないから」

「そ、そうなんだ……」

「俺達は今まで戦いっぱなしで疲れたから失礼するよ、またな」

「あ、うん、また」

 おっさんPTを見送る。

「17で苦戦……まじかぁ」

 なんとも言えない気持ちになった。
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