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006 ゴブリンタウン

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 特徴のない木がポツポツと点在する草原で、俺は馬車を降りた。

「頑張ってください、冒険者様!」

 御者は素敵なスマイルをくれてから馬の向きを反転させ、その場を去る。

「流石に昨日とは緊張感が段違いだぜ」

 馬車を見送った俺は振り返り、前方に見えるダンジョンを眺める。
 そこは、老朽化し廃墟と化した公営住宅が並んでいるかのような場所。
 薄気味悪い魔物の街――〈ゴブリンタウン〉。
 敵レベルは5。

 アプリの〈地図〉によると、ここはPT用ダンジョンとのこと。
 要するにソロでは荷が重い数の敵が跋扈しているわけだ。
 たしかに家の窓からちらほら魔物が顔を覗かせている。
 緑や青色の肌をした人型の敵〈ゴブリン〉だ。

「SiriN、ここはダンジョンだから“ボス”が存在しているんだよな?」

 スマホに話しかける。
 音声アシスタントのSiriNが起動した。

『はい。ボスはダンジョンの最奥部にいることが多いですが、中には自由自在に動き回るタイプも存在しています』

「ここはどうなんだ?」

『分かりません。お調べしますか?』

「調べられるのか? 頼むよ」

『かしこまりました』

 スマホの画面にグルグル回転する光の球体が現れた。
 そしてそれが消えた時、ピコンッと音が鳴る。
 なかなか優秀じゃないか、SiriNという奴は。

『検索の結果、分かりませんでした!』

 訂正しよう、無能だ。

「そんなことだろうと思ったよ」

 俺は鼻で笑い、スマホをポケットに突っ込む。
 そして剣を抜いた。
 この動作に関しては、イマジンムーブを使用していない。
 今から戦いなので体力を温存したかったからだ。

「さぁ始めるとしようか」

『本当にソロで挑むのですか? 危険なのでオススメできません』

 ポケットからポンコツの声が聞こえる。
 まだ起動したままだったようだ。

「試してみて駄目なら身の程を弁えるさ」

 PT用ダンジョンにソロでどこまで通用するか。
 今回の結果は、己の実力を測る試金石にちょうどいい。

「行くぞ!」

 イマジンムーブを発動する。
 過去一番の発動速度だ。

「うおおおおおおおおおおお!」

 単独で突っ込む俺。
 そこらの建物から続々と出てくるゴブリン共。

「ここだ!」

 イマジンムーブが切れる直前で新たな想像を動きに反映させる。
 絶え間のない連続したイマジンムーブだ。

「ゴヴォォ!」

「グヘェッ!」

「バベボォ!」

 危なげなくゴブリンを倒していく。
 1分にも満たない間に、そこら中から光が上がる。
 死んだ魔物の放つ光は神秘的に感じた。

「きついな」

 戦いに負ける気はしない。
 集中しているので負傷することもないだろう。
 だが、早くも体力が底をつきそうになっていた。

 肉体的には余裕があるけれど、精神的なスタミナが切れている。
 殺意を剥き出しにした敵に囲まれている中で想像に徹するのはつらい。
 頭の中が熱くなっている。オーバーヒートしているかのようだ。

「うお、やべっ」

 疲労で集中力が低下し、イマジンムーブが止まった。
 どうにか無傷で凌いだが、運が悪ければ死んでいたかもしれない。

「こら休憩をしないといけないな」

 イマジンムーブで敵を乱獲しつつ、ダンジョンの外へ向かう。
 最後の力で集中力を維持し、なんとか無事に草原までたどり着いた。

「ふぅ」

 すぐ近くの木にもたれかかって座り、木陰で一休み。

「このダンジョンにしたのは正解だったな」

 敵の数が多くて常に戦闘だし、ほどほどに死のリスクがあるのもいい。
 気を緩めたら死ぬと分かっているから、絶対に気を抜くことができない。
 だからこそ集中し続けられるし、効率的に成長することができる。
 ついでにレベルも――。

「思った通り、いい感じだ」

 スマホの〈ステータス〉を見ながら呟く。

==============================
【名 前】洛乃宮 文人
【レベル】8
==============================

 雑魚を乱獲した甲斐あって、10レベルが近づいてきていた。
 お金もたんまり貯まっていた。

「今の自分の限界はおおよそ分かった。まだ日が暮れる時間帯でもないし、もう少し戦ってから帰るか」

 木陰から立ち上がる俺。
 その時、上空から3台の馬車がやってきた。
 他の冒険者が来たのだ。

「馬車代でかなり使ったし稼ごうぜ!」

「やってやる! やってやるぞー!」

「頑張りましょう! 僕も活躍しちゃいますよ!」

 客車の扉が開き、続々と冒険者が降りてくる。
 1台の馬車につき2人で、最後の馬車だけ1人。
 合計で5人の冒険者だ。

 その内の1人には見覚えがあった。

「文人様!」

「また会うとは奇遇だな、シャーロット」

 何かと縁のある白銀の美少女、シャーロットが駆け寄ってくる。
 PTにおいて唯一の女だ。

「もしかしてフレンドリストで俺の場所を調べてきたのか?」

「い、いえ! ここへ行くのは私が入る前から決まっていましたので」

「なるほど」

 シャーロットと話していると、赤い短髪の男が近づいてきた。
 背丈は俺より一回り大きな170後半で、年齢も一回り上といったところ。
 服の上からでも程よい筋肉質な肉体が分かる。
 地球(むこう)では水泳選手だったのかもしれない。

「君、一人でゴブリンダンジョンに挑もうとしたの?」

「というか、実際に挑んでいて、今は休憩していたところ」

 シャーロットが「すごい!」と両手を口に当てる。

「それは無茶だよ。ここはPT用ダンジョンなんだ。君、マップの情報をちゃんと見ていないのか?」

「いや、見た上で挑んだんだ。どこまでやれるか試したくて」

 赤髪の男は「ふっ」と笑みを浮かべる。

「豪気だな、面白い」

 そう言うと、男は握手を促すように手を差し出してきた。

「ちょうどPTに1人分の空きがある。俺たちと一緒に戦わないか?」

「それは名案ですわ!」

 シャーロットが声を弾ませて賛同する。
 他の連中も前向きな反応を示していた。
 それでも俺は断った。

「すまないが今日はソロで頑張らせてもらうよ」

 彼らはとても即席のPTとは思えない温かい雰囲気をしている。
 なので俺も一緒に戦えればと思うが、だからこそ断った。

「そうか、PTは嫌いだったかな?」

「嫌いというより、人付き合いが苦手でね。今の俺は好き勝手に動きたい年頃だから、フル人数のPTだと迷惑をかけると思うんだ。ここでの迷惑は命につながるから、互いのために今日は遠慮させてくれ」

「謙虚な男だ。分かった。機会があったらよろしく頼むよ」

「ありがとう。こちらこそよろしく」

「レッドだ。遠慮なく呼び捨てで呼んでくれ」

「俺は文人だ」

「では我々は先に行かせてもらう。またな、文人」

「行って参ります、文人様!」

「おう、頑張れよ」

 シャーロット達がゴブリンタウンに入るのを見届ける。
 俺は休憩時間を延長することにした。
 戦う場所が被らないように配慮したのだ。
 MMORPGの頃のマナーである。

「そろそろ行くか」

 10分ほど時間をずらして、俺もダンジョンに戻った。
 そして、先ほどと同じく、遠目に出入り口が見える場所で戦う。
 つまりダンジョンの中でも手前の部分だ。
 ここならその気になればすぐに離脱できる。

「シャーロット達はもっと奥に行ったようだな」

 付近に冒険者の姿が見当たらない。

「見たところ頼もしい連中だったし、あれならシャーロットも大丈夫だろう」

 ゴブリンは単体だと弱い。
 イマジンムーブを使わずとも勝てるだろう。
 5人PTなら危なげなく進めるはずだ。

「よし、終わるとしよう」

 余力がある内に撤退モードへ。
 ダンジョンから出てレベルを確認すると10になっていた。
 キリがいいので馬車を手配して帰るとしよう。

 と、その時だった。
 スマホがブルブルと震えたのだ。
 シャーロットからの着信だった。

「どうした? トラブルか?」

 すぐさま応答する。

『助けてください! 文人様!』

 シャーロットの切羽詰まった声がスマホから響く。
 さらに、レッドや他の冒険者の緊張感に満ちた声も。

「事情を説明できるか?」

『それが、よく分かりません!』

「分からないだ?」

『他とは違うすごく強いゴブリンが出て、それで、それで……』

 シャーロットは混乱していた。
 それでも、彼女の僅かな説明で俺には分かった。
 連中はボスに遭遇したのだ。

『助けてください、文人様! このままじゃ全滅してしまいます!』

『シャーロット、文人は来るのか!?』

 レッドの声。

『きっと来てくれます! きっと!』

 俺は勝手に救援へ駆けつけることになっていた。

「やれやれ、引き受けた覚えはないんだがな」

 とはいえ、ここで無視したら悪夢にうなされるだろう。

「どうにかそっちへ向かうから耐えろよ!」

 俺は駆け出した。
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