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062 オルセイア編:準備フェイズ①

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 新仕様のクエストは、始まった瞬間からこれまでと違っていた。

「ここは……外か……?」

 そう、学校ですらなかった。
 俺を含めた全員の周囲にはテントがある。
 テントは無数にあり、その外側には木の柵。
 いつもの3商人は近くのテント前に立っている。
 まるで戦国時代の合戦で使われた陣の中にいるみたいだ。

 拠点の外には草原が広がっている。
 数百メートル進んだところには城郭都市がそびえていた。
 門は固く閉ざされており、石の壁に阻まれて中の様子は見えない。
 しかし、反対側の門がありそうな最奥部にある時計塔だけはよく見えた。
 時計塔は門よりも遥か高い。

 何もかもが日本では考えられない光景だ。
 欧風というか、ファンタジー風というか、そんな感じ。

「なんやここ! ほんまに日本なんか?」

 目の細い金髪の男が吠える。
 話し方から関西の人間であることが濃厚だ。
 彼と同じ制服の人間があと2人いる。男と女だ。

「落ち着け! 喚いても何も始まらないぞ!」

 金髪の男とは違う制服の男が声を上げた。
 眼鏡を掛けた長身の男で、腰に剣、背中にボウガンを装備している。
 この男は間違いなく5人PTだ。同じ制服の人間が他に4人いる。

「場所が変わろうと、俺達のやることに変わりはない! 今から1時間後に始まる〈戦闘フェイズ〉で、スマホの〈情報〉アプリに表示されたボスを倒すだけだ!」

 男は眼鏡をクイッと上げる。
 言っていることはただただ当たり前のこと。
 それでも、動揺していた場が少しは落ち着いた。

「俺達はこれから共にボスと戦う仲間だ! まずは時間をかけてでも全員で自己紹介しようじゃないか!」

 眼鏡男が仕切る。
 俺はその意見に反対だった。

(ここで反対意見を唱えるのはどうだろう)

 場の空気を乱すことにならないか?
 せっかく落ち着いた場がまた乱れるのではないか?

(いや、そんなことを気にしている場合じゃねぇな)

 俺は思いきって挙手しようとする。
 だがそこへ、金髪の関西男が割って入る。

「あほぬかせ。なんで全員で自己紹介せなあかんねん。めんどくさいしいちいち覚えれるか。そんなんする暇があったら戦闘に備えてベスポジ確保やろ」

 ベスポジとはベストポジションの略だろう。
 つまり、自己紹介などしないで移動するべき、と言っている。

「俺もそう思うよ」

 俺は関西男に賛成する。

「しかしだな、名前が分からないと困るだろ」

「ほならリーダーの名前だけ覚えたらええやろ。それやったら覚える数は3人で済む。話も一瞬で終わるし楽や」

 関西男がサクッと代案を出す。
 この男、なかなか話が早い。

「ならそうしよう……」

 眼鏡男は妥協した。
 ここで無駄に言い合いしたくないのだろう。

「では俺から」

 眼鏡をクイッとして、眼鏡男が名乗った。

「俺の名は佐竹和博かずひろ。俺達のPTはIT研究部で構成されている。メンバーは3年の副部長鈴木と――」

「リーダーの名前だけでええ言うたやろ、しつこいやっちゃな自分」

 関西男が遮る。
 眼鏡男は「ぐぬぬ」と悔しそうだ。
 思うにこの眼鏡、無能な仕切り屋タイプである。

「ほな次は俺な。俺は金好かねよし司。見ての通り自己中やからチームプレイとかごめんやで」

 関西男こと金好が名乗る。
 彼と同じ制服の優しい顔つきをした男が「もう少し穏便に」と苦笑いで指摘。
 金好は「ええねん、舐められたらおしまいや」とすまし顔。

「次は……」

 俺はここまで無言を貫いているPTに目を向けた。
 男4人女1人から構成されるPTで、全員の制服がバラバラだ。
 雰囲気にも統一感がないし、まず間違いなく寄せ集めPTである。

「俺だな。綾杉悠一。よろしく」

 先に名乗っておいた。

「えっ、綾杉悠一って……」

 金好PTの女が反応する。
 髪は黒のショートで、我がPTの女性陣に劣らぬ可愛さ。

「なんや香澄、知ってんのか?」

 金好が尋ねる。
 香澄と呼ばれた女は頷いた。

「アークリッチのクエストを30分程で終わらせたとこの人やない? ウチ、掲示板で名前見たで」

「ほんまか!?」

 場がどよめく。
 他の生徒も「マジかよ」などと驚いている。

「たぶんやけど間違ってへんで。武器も刀やし」

 香澄が「せやんな?」と俺に同意を求めてくる。
 関西弁に馴染みのない俺は、微かに遅れて答えた。

「そうだよ。最速でアークリッチを倒したのは俺達だ」

 香澄の言葉を肯定したことで、場がさらにどよめいた。
 佐竹が必死に落ち着かせようとするが、誰も耳を貸さない。

「めっちゃすごい人と一緒やん! こんなんウチら楽勝やろ!」

 香澄が手をパンッと叩き、ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ。

「悠一君、有名人だねぇ」

「流石です、綾杉さん」

 志乃亜と梨菜が茶化し気味に言う。
 俺は「どうやらそのようだな」と苦笑い。

「アークリッチ相手に死者3やったところなんやろ? こんなん勝ち確やん!」

 金好は目をキラッキラに輝かせながら叫んだ。
 他の連中も既に勝った気でいる。

「アークリッチ戦はたまたま運が良かっただけだよ」

「強い上に謙虚とか人間できとんなー自分!」

 わざとくさい金好のワッショイ。
 絵に描いたような関西のノリに、俺はなんとも言えない。

「それより敵の情報を確認しようぜ。戦闘の準備もしたいし」

「ああ、せやな」

 俺が主導となって話を進める。

「その前にまずは全てのPTを仕切るリーダーを決めないと」

 佐竹が何やら言い出す。
 が、「うるさいねん眼鏡。空気読めや」と金好が一蹴。

 佐竹のことを少しだけ可哀想に思いつつ、俺はスマホを取り出した。
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