強すぎ令嬢、無一文からの成り上がり ~ 婚約破棄から始まる楽しい生活 ~

絢乃

文字の大きさ
上 下
15 / 25

015 廃業

しおりを挟む
 幸いにも当面の生活資金はある。
 革の手袋や串焼きを売ったおかげで、全財産は700万を超えていた。
 だから廃業すること自体は楽なものだ。

 ただ、そのことを皆に伝えるのは辛かった。
 町民をはじめ、私たちの串焼きを楽しみにしている人は多い。
 ポンポコのお役所は町おこしに使おうと全面的に支援してくれている。
 そうした人の期待を裏切るのが嫌だった。

 とはいえ限界だ。
 このまま続けたら過労で死んでしまう。
 だから、突発的に決めた廃業の意志を貫くことにした。

 ◇

 翌朝、役所で川魚の串焼き屋をやめると報告した。

「これからというところだったので非常に残念ですが、商売を続けるかどうかは商人の自由意志に委ねられていますので、我々としてはシャロン様のお気持ちを尊重いたします」

 王都で生まれ育ったという新米の役人は、言葉通り残念そうにしていた。
 彼は役人の中でも特に私のお店を気に入っていた人物だ。
 プライベートでも、毎日、串焼きを買ってくれていた。

「急なことで申し訳ございません」

「いえいえ、わざわざご報告してくださりありがとうございました。廃業の件につきましては、その旨を知らせる立て看板を用意するなどして、皆様にアナウンスをしたいのですがよろしいでしょうか?」

「助かります。それでお願いします。短い間でしたが、屋台や売り場で優遇していただきありがとうございました」

 こうして、串焼き屋の廃業が正式に決定した。
 役所を出たあと、私は振り返り、クリストとイアンを見た。

「あなたたちにも迷惑をかけるわね」

「問題ないよ! 俺たちはどこまでもシャロンについていくだけさ!」

「兄者の言う通りだぜ! でも、生活費はくれよな!」

「あはは。安心しなさい。プー太郎でいる間も毎日1万ゴールドを支払うわ」

「「いいのか!?」」

「私の勝手で閉めるんだからいいわよ。私たちは運命共同体だからね」

「シャロンは気前がいいぜ! なぁ弟よ!」

「おうとも兄者!」

「とりあえずしばらくは休みましょ。新しい商売を始める時はビシバシ働かせるから覚悟するのね」

「「おう!」」

「それでは解散! 何かあったら連絡するから、それまでは他所の町へ遊びにいくなり好きに過ごすといいわ!」

 イアンとクリストが離れていく。

「兄者、隣町の娼館に行こうぜ! 客から聞いたんだ。1時間3500の激安価格なのにイイ女が揃っているんだってさ!」

「それはすごいな! だがな弟よ、俺は貯金するから却下だ」

「貯金だって!? 流石は兄者、天才だなぁ!」

「24歳は伊達じゃないってことだ」

 二人は、相変わらずお馬鹿なトークを繰り広げていた。
 そこから先の会話は聞こえなかったが、きっと同じ調子で話していたのだろう。

 ◇

 私は宿屋に籠もって久しぶりの休暇を満喫していた。
 肩の荷が下りた気持ちと、やり甲斐がなくなって寂しい気持ちがある。
 ただ、「店を続けておけばよかった」という後悔はなかった。

「これからどうしようかなぁ」

 しばらくはゆっくり過ごすとして、その後は何をしようか。
 商売人として生きていきたいが、具体的なプランは何もない。
 今回と同じようになったらどうしよう、という不安もあった。

「あ、そうだ! こんな時は先輩に相談しよう!」

 私は懐からスマホを取り出し、トムに電話を掛けた。
 真っ昼間だから出ないかもと思ったが、そんなことはなかった。
 トゥルルという音が鳴った瞬間に応答したのだ。

『今をときめくお魚クイーンじゃないか! どうしたんだい?』

「あのね、トムさん。私、お店を廃業したの」

『なんだってぇ!? ボロ儲けだったのにどうしたんだ!?』

「えっと」

『待て、シャロン、今は忙しい。10分20秒後に掛け直す』

「分かった! じゃあ10分20秒後に掛けてきてね」

『おう!』

 通話が終わると、私は天井を眺めた。

「秒単位で指定してくるなんて細かいなぁ。流石は商人だ」

 ベッドで仰向けに寝そべったまま電話を待つ。

 そして――。

『待たせたな! 話を聞かせてもらおうか!』

「いや、なんで何もなかったかのように言っているの!? トムさん、10分20秒後に掛け直すって言ったくせに待たせすぎでしょ!」

 トムが電話を掛けてきたのは1時間30分後のことだった。
 10分20秒ではなく、90分20秒だったのだ。

『わりぃわりぃ、お気にの娼婦……じゃない、お得意様と話していたら時間が経ってさぁ! ほら、商人だからお客様が命! お客様は神様だろ?』

「もういいよ!」

『そう拗ねるなよー! ほら、おじさんに話してみ!』

「今度は途中で切らないでよー!」

『分かってるって!』

 ということで、私はトムに事情を話した。

「――それでお魚クイーンは廃業にしたの」

 トムは「なるほどなぁ」と言うと、しばらく黙った。

『まぁ気持ちは分かるよ。俺なら迷わず値上げするが、それが正解とは限らない。目先の利益を追い求めた結果、客に嫌われる可能性だってあるわけだしな』

「だから今度はもう少し楽な商売をしないとって検討しているところなの」

『いやぁ……』

「いやぁ?」

 トムはまたしても黙った。
 私が「何?」と言うと、ようやく口を開いた。

『言っちゃ悪いがシャロン、今の調子ならどんな商売をしたって成功できないぜ』

「私がすぐに投げ出すお子様だから?」

『少し違うな。別に投げ出すのはいいんだ。同じ商売を長く続けるだけが商人じゃない。特に俺たちみたいな露天商は状況に合わせて品を変えるものだ』

「じゃあ何がダメなの?」

『考え方が間違っているんだ』

 トムは優しい口調で言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

処理中です...