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015 廃業
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幸いにも当面の生活資金はある。
革の手袋や串焼きを売ったおかげで、全財産は700万を超えていた。
だから廃業すること自体は楽なものだ。
ただ、そのことを皆に伝えるのは辛かった。
町民をはじめ、私たちの串焼きを楽しみにしている人は多い。
ポンポコのお役所は町おこしに使おうと全面的に支援してくれている。
そうした人の期待を裏切るのが嫌だった。
とはいえ限界だ。
このまま続けたら過労で死んでしまう。
だから、突発的に決めた廃業の意志を貫くことにした。
◇
翌朝、役所で川魚の串焼き屋をやめると報告した。
「これからというところだったので非常に残念ですが、商売を続けるかどうかは商人の自由意志に委ねられていますので、我々としてはシャロン様のお気持ちを尊重いたします」
王都で生まれ育ったという新米の役人は、言葉通り残念そうにしていた。
彼は役人の中でも特に私のお店を気に入っていた人物だ。
プライベートでも、毎日、串焼きを買ってくれていた。
「急なことで申し訳ございません」
「いえいえ、わざわざご報告してくださりありがとうございました。廃業の件につきましては、その旨を知らせる立て看板を用意するなどして、皆様にアナウンスをしたいのですがよろしいでしょうか?」
「助かります。それでお願いします。短い間でしたが、屋台や売り場で優遇していただきありがとうございました」
こうして、串焼き屋の廃業が正式に決定した。
役所を出たあと、私は振り返り、クリストとイアンを見た。
「あなたたちにも迷惑をかけるわね」
「問題ないよ! 俺たちはどこまでもシャロンについていくだけさ!」
「兄者の言う通りだぜ! でも、生活費はくれよな!」
「あはは。安心しなさい。プー太郎でいる間も毎日1万ゴールドを支払うわ」
「「いいのか!?」」
「私の勝手で閉めるんだからいいわよ。私たちは運命共同体だからね」
「シャロンは気前がいいぜ! なぁ弟よ!」
「おうとも兄者!」
「とりあえずしばらくは休みましょ。新しい商売を始める時はビシバシ働かせるから覚悟するのね」
「「おう!」」
「それでは解散! 何かあったら連絡するから、それまでは他所の町へ遊びにいくなり好きに過ごすといいわ!」
イアンとクリストが離れていく。
「兄者、隣町の娼館に行こうぜ! 客から聞いたんだ。1時間3500の激安価格なのにイイ女が揃っているんだってさ!」
「それはすごいな! だがな弟よ、俺は貯金するから却下だ」
「貯金だって!? 流石は兄者、天才だなぁ!」
「24歳は伊達じゃないってことだ」
二人は、相変わらずお馬鹿なトークを繰り広げていた。
そこから先の会話は聞こえなかったが、きっと同じ調子で話していたのだろう。
◇
私は宿屋に籠もって久しぶりの休暇を満喫していた。
肩の荷が下りた気持ちと、やり甲斐がなくなって寂しい気持ちがある。
ただ、「店を続けておけばよかった」という後悔はなかった。
「これからどうしようかなぁ」
しばらくはゆっくり過ごすとして、その後は何をしようか。
商売人として生きていきたいが、具体的なプランは何もない。
今回と同じようになったらどうしよう、という不安もあった。
「あ、そうだ! こんな時は先輩に相談しよう!」
私は懐からスマホを取り出し、トムに電話を掛けた。
真っ昼間だから出ないかもと思ったが、そんなことはなかった。
トゥルルという音が鳴った瞬間に応答したのだ。
『今をときめくお魚クイーンじゃないか! どうしたんだい?』
「あのね、トムさん。私、お店を廃業したの」
『なんだってぇ!? ボロ儲けだったのにどうしたんだ!?』
「えっと」
『待て、シャロン、今は忙しい。10分20秒後に掛け直す』
「分かった! じゃあ10分20秒後に掛けてきてね」
『おう!』
通話が終わると、私は天井を眺めた。
「秒単位で指定してくるなんて細かいなぁ。流石は商人だ」
ベッドで仰向けに寝そべったまま電話を待つ。
そして――。
『待たせたな! 話を聞かせてもらおうか!』
「いや、なんで何もなかったかのように言っているの!? トムさん、10分20秒後に掛け直すって言ったくせに待たせすぎでしょ!」
トムが電話を掛けてきたのは1時間30分後のことだった。
10分20秒ではなく、90分20秒だったのだ。
『わりぃわりぃ、お気にの娼婦……じゃない、お得意様と話していたら時間が経ってさぁ! ほら、商人だからお客様が命! お客様は神様だろ?』
「もういいよ!」
『そう拗ねるなよー! ほら、おじさんに話してみ!』
「今度は途中で切らないでよー!」
『分かってるって!』
ということで、私はトムに事情を話した。
「――それでお魚クイーンは廃業にしたの」
トムは「なるほどなぁ」と言うと、しばらく黙った。
『まぁ気持ちは分かるよ。俺なら迷わず値上げするが、それが正解とは限らない。目先の利益を追い求めた結果、客に嫌われる可能性だってあるわけだしな』
「だから今度はもう少し楽な商売をしないとって検討しているところなの」
『いやぁ……』
「いやぁ?」
トムはまたしても黙った。
私が「何?」と言うと、ようやく口を開いた。
『言っちゃ悪いがシャロン、今の調子ならどんな商売をしたって成功できないぜ』
「私がすぐに投げ出すお子様だから?」
『少し違うな。別に投げ出すのはいいんだ。同じ商売を長く続けるだけが商人じゃない。特に俺たちみたいな露天商は状況に合わせて品を変えるものだ』
「じゃあ何がダメなの?」
『考え方が間違っているんだ』
トムは優しい口調で言った。
革の手袋や串焼きを売ったおかげで、全財産は700万を超えていた。
だから廃業すること自体は楽なものだ。
ただ、そのことを皆に伝えるのは辛かった。
町民をはじめ、私たちの串焼きを楽しみにしている人は多い。
ポンポコのお役所は町おこしに使おうと全面的に支援してくれている。
そうした人の期待を裏切るのが嫌だった。
とはいえ限界だ。
このまま続けたら過労で死んでしまう。
だから、突発的に決めた廃業の意志を貫くことにした。
◇
翌朝、役所で川魚の串焼き屋をやめると報告した。
「これからというところだったので非常に残念ですが、商売を続けるかどうかは商人の自由意志に委ねられていますので、我々としてはシャロン様のお気持ちを尊重いたします」
王都で生まれ育ったという新米の役人は、言葉通り残念そうにしていた。
彼は役人の中でも特に私のお店を気に入っていた人物だ。
プライベートでも、毎日、串焼きを買ってくれていた。
「急なことで申し訳ございません」
「いえいえ、わざわざご報告してくださりありがとうございました。廃業の件につきましては、その旨を知らせる立て看板を用意するなどして、皆様にアナウンスをしたいのですがよろしいでしょうか?」
「助かります。それでお願いします。短い間でしたが、屋台や売り場で優遇していただきありがとうございました」
こうして、串焼き屋の廃業が正式に決定した。
役所を出たあと、私は振り返り、クリストとイアンを見た。
「あなたたちにも迷惑をかけるわね」
「問題ないよ! 俺たちはどこまでもシャロンについていくだけさ!」
「兄者の言う通りだぜ! でも、生活費はくれよな!」
「あはは。安心しなさい。プー太郎でいる間も毎日1万ゴールドを支払うわ」
「「いいのか!?」」
「私の勝手で閉めるんだからいいわよ。私たちは運命共同体だからね」
「シャロンは気前がいいぜ! なぁ弟よ!」
「おうとも兄者!」
「とりあえずしばらくは休みましょ。新しい商売を始める時はビシバシ働かせるから覚悟するのね」
「「おう!」」
「それでは解散! 何かあったら連絡するから、それまでは他所の町へ遊びにいくなり好きに過ごすといいわ!」
イアンとクリストが離れていく。
「兄者、隣町の娼館に行こうぜ! 客から聞いたんだ。1時間3500の激安価格なのにイイ女が揃っているんだってさ!」
「それはすごいな! だがな弟よ、俺は貯金するから却下だ」
「貯金だって!? 流石は兄者、天才だなぁ!」
「24歳は伊達じゃないってことだ」
二人は、相変わらずお馬鹿なトークを繰り広げていた。
そこから先の会話は聞こえなかったが、きっと同じ調子で話していたのだろう。
◇
私は宿屋に籠もって久しぶりの休暇を満喫していた。
肩の荷が下りた気持ちと、やり甲斐がなくなって寂しい気持ちがある。
ただ、「店を続けておけばよかった」という後悔はなかった。
「これからどうしようかなぁ」
しばらくはゆっくり過ごすとして、その後は何をしようか。
商売人として生きていきたいが、具体的なプランは何もない。
今回と同じようになったらどうしよう、という不安もあった。
「あ、そうだ! こんな時は先輩に相談しよう!」
私は懐からスマホを取り出し、トムに電話を掛けた。
真っ昼間だから出ないかもと思ったが、そんなことはなかった。
トゥルルという音が鳴った瞬間に応答したのだ。
『今をときめくお魚クイーンじゃないか! どうしたんだい?』
「あのね、トムさん。私、お店を廃業したの」
『なんだってぇ!? ボロ儲けだったのにどうしたんだ!?』
「えっと」
『待て、シャロン、今は忙しい。10分20秒後に掛け直す』
「分かった! じゃあ10分20秒後に掛けてきてね」
『おう!』
通話が終わると、私は天井を眺めた。
「秒単位で指定してくるなんて細かいなぁ。流石は商人だ」
ベッドで仰向けに寝そべったまま電話を待つ。
そして――。
『待たせたな! 話を聞かせてもらおうか!』
「いや、なんで何もなかったかのように言っているの!? トムさん、10分20秒後に掛け直すって言ったくせに待たせすぎでしょ!」
トムが電話を掛けてきたのは1時間30分後のことだった。
10分20秒ではなく、90分20秒だったのだ。
『わりぃわりぃ、お気にの娼婦……じゃない、お得意様と話していたら時間が経ってさぁ! ほら、商人だからお客様が命! お客様は神様だろ?』
「もういいよ!」
『そう拗ねるなよー! ほら、おじさんに話してみ!』
「今度は途中で切らないでよー!」
『分かってるって!』
ということで、私はトムに事情を話した。
「――それでお魚クイーンは廃業にしたの」
トムは「なるほどなぁ」と言うと、しばらく黙った。
『まぁ気持ちは分かるよ。俺なら迷わず値上げするが、それが正解とは限らない。目先の利益を追い求めた結果、客に嫌われる可能性だってあるわけだしな』
「だから今度はもう少し楽な商売をしないとって検討しているところなの」
『いやぁ……』
「いやぁ?」
トムはまたしても黙った。
私が「何?」と言うと、ようやく口を開いた。
『言っちゃ悪いがシャロン、今の調子ならどんな商売をしたって成功できないぜ』
「私がすぐに投げ出すお子様だから?」
『少し違うな。別に投げ出すのはいいんだ。同じ商売を長く続けるだけが商人じゃない。特に俺たちみたいな露天商は状況に合わせて品を変えるものだ』
「じゃあ何がダメなの?」
『考え方が間違っているんだ』
トムは優しい口調で言った。
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