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036 仁美の片思い
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「それではマッチング希望者の番号を紙に書いて提出して下さい」
貸し切りの安い居酒屋で、スーツを着た男が指示を出す。
その声に従い、テーブル席に座っている男女は、それぞれ手持ちの紙に気に入った相手の番号を書く。番号の記入欄は第一から第三希望までの三つ。
そう、ここでは街コンが開催されていた。
(いい男がいなーい)
仁美は番号の記入欄にチェックマークを付けた。白紙だと誤解されかねないから、確認した上で希望の相手はいなかった、との意思を表している。
彼女は暇な時、こうして街コンに参加することが多かった。できれば恋人、そうでなくても気の合う異性の友達が欲しいと考えている。
しかし、これまでに一人たりとも彼女の気に入る相手はいなかった。
「それではマッチング結果を発表します」
司会の男が次の段階に進める。
それと同時に仁美は立ち上がり、「お先に失礼します」と頭を下げて店を出た。その様子を見て、男性の参加者が一様に悲しんだ。参加している全ての男が第一希望に彼女の番号を書いていたのだ。
「この調子じゃ結婚はおろか恋人もできないまま30になっちゃうなぁ」
駐車場に向かいながら独り言を呟く仁美。
仁美の恋人いない歴は年齢と同じだ。とはいえ、決してモテなかったわけではない。小学校から大学を出るまでの間に1000人近い男から告白されていた。ずば抜けたルックスに加えて、分け隔て無く誰とでも話す社交性の高さから圧倒的な人気を得ていたのだ。
だが、彼女のほうがそれを拒んでいた。相手のことを恋愛対象として認識できなかったからだ。かつて「孫の顔が見たい」とせっついていた両親も、今では「孫じゃなくて彼氏でもいいから顔を見せてほしい」と言うようになっていた。
「アーリーリタイアしても独身なのはよろしくないよねぇ」
あてもなく車を走らせながら、仁美は今後の人生について考える。
すると龍斗の顔が脳裏によぎった。
初めて「いいかも」と思えた異性だ。だから積極的にアプローチしているものの、結果は芳しくなかった。
「9歳上じゃ恋愛対象にならないよなぁ、やっぱり」
仁美が24歳なのに対して、龍斗は15歳。龍斗から見た自分は「お姉さん」というより「おばさん」だよなぁ、と仁美は思う。
『年の差がなんやと言いますの』
カーナビに映っているテレビ番組で、関西出身の女優が恋愛観について語っていた。子供の頃からドラマに出ている大御所で、去年、14歳下のイケメン俳優と結婚した。
『気になったらこっちから迫らんとあきません。プロポーズや告白は男からするもんなんて考え方は古いんです。ええ男には女が群がる。そないな時にね、お淑やかに決めてても勝たれへん。ええなと思ったら何も考えずに攻めるべきなんです。年の差? そんなん関係ありませんよ』
鼻息を荒くして語る女優。
「そっか、そうだよね」
女優の言葉が仁美を勇気づけた。
「よし、龍斗にアタックしよう。年の差なんか関係ない。自信を持て、仁美!」
仁美は強く頷き、信号の前で車を停める。くたびれた顔で目の前の横断歩道を歩く人たちを眺めながら、龍斗のことを考えた。
「龍斗には全くといって女の気がない。それにモテモテってタイプでもないし……これはまたとないチャンスのはず。大丈夫、お前ならやれる、やれるぞ仁美。年の差なんて気にしたら負けだ」
――と、その時だった。
「龍斗君、口にクリームがついてるよ」
「おっ、ありがとう、愛果」
「ちょっとー、陣川、私のほうも見てよ」
「あぁ、ごめんごめん」
仁美の車の前を龍斗が歩いていく。彼の左右には愛果と麻衣がいて、二人は自らの腕を龍斗の腕に絡めていた。
「あがっ……ががががががっ……」
愕然とする仁美。
見間違いかと思った。
だが、見間違いではなかった。
龍斗はハーレム物の主人公のように、両サイドに女子を連れて歩いていたのだ。しかもその女子は学校でもトップクラスに入るであろう可愛さである。
「龍斗、モテモテじゃん……」
ガックシと項垂れる仁美。額がクラクションにあたり、彼女の車が野獣のように吠えた。
龍斗たちが足を止めて車を見るが、視界に仁美は映らない。彼女は咄嗟に身を伏せていた。
「なにあの車、急にクラクション鳴らしちゃってさ」
「じっと見ているけどどうかしたの? 龍斗君」
「いや、なんでもない。知り合いの車に似ているなと思って」
龍斗たちが去っていく。
そーっと顔を覗かせ、後ろ姿を見つめる仁美。
「やっぱり私には無理だなぁ。勝ち目ないや。違う相手を探そう」
戦う前から諦める仁美。
そこへ、後ろのトラックが強烈なクラクションを鳴らす。
トラックの運転手は窓を開け、仁美の車に向かって怒鳴った。
「青になってるのになにをしているんだ! 早く行きやがれ!」
「あーもう、やだやだ! 地球、滅べ!」
仁美は吠えながら車を走らせる。
こうして彼女の片思いは、片思いのまま幕を閉じるのだった。
貸し切りの安い居酒屋で、スーツを着た男が指示を出す。
その声に従い、テーブル席に座っている男女は、それぞれ手持ちの紙に気に入った相手の番号を書く。番号の記入欄は第一から第三希望までの三つ。
そう、ここでは街コンが開催されていた。
(いい男がいなーい)
仁美は番号の記入欄にチェックマークを付けた。白紙だと誤解されかねないから、確認した上で希望の相手はいなかった、との意思を表している。
彼女は暇な時、こうして街コンに参加することが多かった。できれば恋人、そうでなくても気の合う異性の友達が欲しいと考えている。
しかし、これまでに一人たりとも彼女の気に入る相手はいなかった。
「それではマッチング結果を発表します」
司会の男が次の段階に進める。
それと同時に仁美は立ち上がり、「お先に失礼します」と頭を下げて店を出た。その様子を見て、男性の参加者が一様に悲しんだ。参加している全ての男が第一希望に彼女の番号を書いていたのだ。
「この調子じゃ結婚はおろか恋人もできないまま30になっちゃうなぁ」
駐車場に向かいながら独り言を呟く仁美。
仁美の恋人いない歴は年齢と同じだ。とはいえ、決してモテなかったわけではない。小学校から大学を出るまでの間に1000人近い男から告白されていた。ずば抜けたルックスに加えて、分け隔て無く誰とでも話す社交性の高さから圧倒的な人気を得ていたのだ。
だが、彼女のほうがそれを拒んでいた。相手のことを恋愛対象として認識できなかったからだ。かつて「孫の顔が見たい」とせっついていた両親も、今では「孫じゃなくて彼氏でもいいから顔を見せてほしい」と言うようになっていた。
「アーリーリタイアしても独身なのはよろしくないよねぇ」
あてもなく車を走らせながら、仁美は今後の人生について考える。
すると龍斗の顔が脳裏によぎった。
初めて「いいかも」と思えた異性だ。だから積極的にアプローチしているものの、結果は芳しくなかった。
「9歳上じゃ恋愛対象にならないよなぁ、やっぱり」
仁美が24歳なのに対して、龍斗は15歳。龍斗から見た自分は「お姉さん」というより「おばさん」だよなぁ、と仁美は思う。
『年の差がなんやと言いますの』
カーナビに映っているテレビ番組で、関西出身の女優が恋愛観について語っていた。子供の頃からドラマに出ている大御所で、去年、14歳下のイケメン俳優と結婚した。
『気になったらこっちから迫らんとあきません。プロポーズや告白は男からするもんなんて考え方は古いんです。ええ男には女が群がる。そないな時にね、お淑やかに決めてても勝たれへん。ええなと思ったら何も考えずに攻めるべきなんです。年の差? そんなん関係ありませんよ』
鼻息を荒くして語る女優。
「そっか、そうだよね」
女優の言葉が仁美を勇気づけた。
「よし、龍斗にアタックしよう。年の差なんか関係ない。自信を持て、仁美!」
仁美は強く頷き、信号の前で車を停める。くたびれた顔で目の前の横断歩道を歩く人たちを眺めながら、龍斗のことを考えた。
「龍斗には全くといって女の気がない。それにモテモテってタイプでもないし……これはまたとないチャンスのはず。大丈夫、お前ならやれる、やれるぞ仁美。年の差なんて気にしたら負けだ」
――と、その時だった。
「龍斗君、口にクリームがついてるよ」
「おっ、ありがとう、愛果」
「ちょっとー、陣川、私のほうも見てよ」
「あぁ、ごめんごめん」
仁美の車の前を龍斗が歩いていく。彼の左右には愛果と麻衣がいて、二人は自らの腕を龍斗の腕に絡めていた。
「あがっ……ががががががっ……」
愕然とする仁美。
見間違いかと思った。
だが、見間違いではなかった。
龍斗はハーレム物の主人公のように、両サイドに女子を連れて歩いていたのだ。しかもその女子は学校でもトップクラスに入るであろう可愛さである。
「龍斗、モテモテじゃん……」
ガックシと項垂れる仁美。額がクラクションにあたり、彼女の車が野獣のように吠えた。
龍斗たちが足を止めて車を見るが、視界に仁美は映らない。彼女は咄嗟に身を伏せていた。
「なにあの車、急にクラクション鳴らしちゃってさ」
「じっと見ているけどどうかしたの? 龍斗君」
「いや、なんでもない。知り合いの車に似ているなと思って」
龍斗たちが去っていく。
そーっと顔を覗かせ、後ろ姿を見つめる仁美。
「やっぱり私には無理だなぁ。勝ち目ないや。違う相手を探そう」
戦う前から諦める仁美。
そこへ、後ろのトラックが強烈なクラクションを鳴らす。
トラックの運転手は窓を開け、仁美の車に向かって怒鳴った。
「青になってるのになにをしているんだ! 早く行きやがれ!」
「あーもう、やだやだ! 地球、滅べ!」
仁美は吠えながら車を走らせる。
こうして彼女の片思いは、片思いのまま幕を閉じるのだった。
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