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026 馬鹿vs馬鹿

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 実は半信半疑だった。
 どこの世界に攻める時間まで事前通告する馬鹿がいるのか、と。
 しかし、この世界では本当にそんな摩訶不思議なことが起きたのだ。

「勇者様、ゴブリン軍です! ゴブリン軍が攻めてきました!」

 正午になるとゴブリンの軍勢が攻めてきた。
 数は事前予想通りの約1000体で、方角も通告通りの東からだ。
 一丁前に軍旗を掲げながら行軍している。

 俺たちは町を囲む柵から打って出て、ゴブリンの進行方向で待ち構える。

「これは勝ったも同然ですね! 勇者様!」

「勇者様がいる上に、最高の知恵を授けてくださったんだ。負けるはずがない!」

 町民たちは希望に満ちた目で戯言をぬかしている。
 一方、俺は「あのさぁ……」と呆れながら言った。

「落とし穴を見えたままにする馬鹿がどこにいるんだ?」

「えっ」

「穴の上を薄い木の板かなにかを敷いてさ、その上に土を被せるべきだろ」

 驚いたことに、落とし穴はカモフラージュがされていなかった。
 つまり、穴が剥き出しになっているのだ。
 これだとトラップではなく堀である。
 ただの空堀だ。

「落とし穴に土を被せてカモフラージュ……」

「天才だ……我々とは頭の出来が違う……」

「流石は勇者様……」

 俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
 彼らは俺を天才と崇めるが、いやいや、そんなことはない。

 カスミはしきりに「大丈夫ですかね」と尋ねてくる。
 その顔は不安に染まりきっていた。
 当然だろう、ここの町民はあまりにも馬鹿過ぎる。

 だが、馬鹿なのは町民だけではなかった。

「ゴヴォオオオオ」

 相手もまた馬鹿だったのだ。
 ゴブリンが次々と落とし穴に嵌まっていく。
 脳死で突っ込んできて、そのまま穴に落下するのだ。

「勇者様の奇策がゴブリンを苦しめているぞ!」

 口々に歓声を上げる町民たち。

「馬鹿ばっかりかよ! まぁいい、全軍突撃だ! 罠に嵌まったゴブリンを駆逐するぞ!」

「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」

 俺たちは武器を掲げながら突っ込んだ。

「唸れ雷霆ィ!」

 シュッ! シュッ! シュッ!

 念の為、多少の距離を確保して剣を振るう。
 相手は馬鹿だが、だからといってF級とは限らない。
 まずは雷を打ち込んで様子見だ。

「ゴッヴォオオオオオ」

 降り注ぐ雷を食らって即死するゴブリンの群れ。
 その手応えで分かった――こいつらはF級の雑魚だ。

「いっけー!」

 カスミもアローワンドで応戦する。
 光の矢は一発で10体近いゴブリンを貫いた。

「流石です勇者様!」

「やっぱり勇者様はお強いです!」

「雷と光の矢……これが勇者様のお力!」

 町民たちは感動しながら戦っている。
 その戦いぶりを見て思った。

(お前たちの方が遙かにつえーじゃねぇかよ)

 町民たちの動きは想像以上に良かったのだ。
 武器は一様に鍬だが、文句ない戦いぶりで敵を圧倒している。
 畑を耕すかの如く、穴に嵌まったゴブリンの脳天に鍬を叩き込んでいく。
 どうやらこの世界の鍬は魔物に通用するようだ。

「これ、俺たちがいなくても楽勝だったろ」

「ですね……」

 俺とカスミはまたしても苦笑い。
 まさか見え見えの落とし穴が一番の貢献になるとはな。
 そんなこんなで、戦いは何の危なげもなく終了した。

「信じられん……まさか1人の被害も出さずに勝つとは……」

 町に戻った俺たちを見て、町長は心底驚いていた。

「実に楽勝だったよ」

「やはり勇者様のお力は神にも通じますな……!」

「まぁな」

 もう面倒臭いので否定しないでおいた。

「とりあえず俺たちの仕事はこれで終わりだよな?」

「はい! ですが、もう少し滞在してもらえないでしょうか?」

「どうした?」

「町民一同、お二人の勇者様に感謝の気持ちを伝える為、この勝利を祝した宴を開きたいと考えております」

「日が暮れる前に終わるなら構わないよ」

「ありがとうございます! では、直ちに用意させていただきます!」

 町長が指示を出すと、町民たちは宴の準備を始めるべく動き出した。
 こんな楽な戦いで感謝もお祝いも必要ない気がするが、まぁいい。
 せっかくの好意を無下にするのは野暮というものだ。

「ところで町長」

「どうされましたか?」

「魔石はもらっても構わないのか?」

 俺は落とし穴を指した。
 そこにはゴブリンの魔石が大量に転がっている。
 分からないので回収せずに放置していた。

「それは別に構いませんが、結構な数ですぞ?」

「だから持てる分だけいただこうかと」

「そういうことでしたら加工いたしましょうか?」

「「加工!?」」

 俺とカスミは同時に驚いた。

「複数の魔石を合わせることで別の魔石を作ることができます。それを加工と言ったのですが、勇者様の世界では使われない言葉でしたか?」

「いや、加工が何かは分かる。だが、魔石を加工すると言うと別のニュアンスで使われることが多い。俺の世界では魔石は別の物を作るのに利用されるんだ。例えば俺が使っている剣も魔石を加工したものだ。魔石を加工した武器でないと、俺たちは魔物を倒せない」

 町長は「なんと!」と驚いた様子で俺の剣を眺める。

「それで、別の魔石って何が作れるんだ?」

「あれだけの数ですから、おそらく大半の物は可能かと。勇者様の世界で価値があるかは分かりませんが、この世界だとドラゴンの魔石が嵩張らなくて価値が高いです」

「ドラゴンだと!?」

 ドラゴンの魔石は非常に高いことで有名だ。
 ランクの低いザコのドラゴンから得た魔石ですら数十万は下らない。

 一方、F級ゴブリンの魔石の単価は1000円前後だ。
 仮に1000個全てを持ち帰って換金したとしても100万にしかならない。
 現実には100個も持って帰れないだろうから、ドラゴンの魔石にできるなら御の字だ。

「よし、ドラゴンの魔石を頼む」

「かしこまりました――おい、ゴブリンの魔石を回収してドラゴンの魔石に加工しろ。勇者様がそれを望んでおられる」

「ははーっ!」

 町長の命令を受けて若い連中が落とし穴に直行する。

「それでは勇者様、宴までしばしお待ちくださいませ。大したものがない町で恐縮ではございますが」

「いや、気にしなくていいよ。なんだかんだで疲れたし宿屋で休ませてもらうよ」

 ということで、俺たちは宿屋へ戻ることにした。

 ◇

 その後、町を挙げての宴が行われた。
 俺たちはゴブリンを狩っただけなのに英雄扱いだ。
 町の外に仮設されたテーブル席で、ご馳走を食い散らかした。

「じゃあ俺たちは元の世界に帰るよ」

「ご馳走ありがとうございましたーっ!」

 町の入口で町民たちと話す。

「ありがとうございました、勇者様!」

「絶対にまた来て下さい!」

「とびっきりの娼婦を揃えておきますので!」

「勇者様、お達者でー!」

 皆が温かい声を送ってくれる。
 カスミは妙な感動から目をウルウルさせていた。

「勇者様、こちらがドラゴンの魔石です」

 最後に町長が魔石をくれた。
 驚いたことに、魔石の数は1個ではなかった。

「3個もあるじゃないか」

「あれだけの数のゴブリンでしたので」

「てっきり1個だと思っていたから驚いたよ」

「お喜びいただけたようでなによりです」

 町長から受け取った魔石をバックパックにしまう。

「短い間だったけどありがとう」

「絶対にまた来ましょうね、ユウト君!」

「おうよ」

 俺はPEGを取り出し、スイッチを押した。
 今回は使う必要性を感じなかったが、それでもあえて使う。
 実は使ってみたかったのだ。1000万円のおもちゃを。

「皆、これが見えるか?」

 PEGで生み出したゲートを指して尋ねる。
 どうやら見えないらしく、町民たちは首を傾げた。

「カスミは見えるよな?」

「はい!」

「やっぱり同じギルドの人間じゃないと見えないんだな」

「そのようですね」

 もう少し話していたかったが、これ以上は話す余裕がなさそうだ。
 PEGで生成したゲートが震えていて、なんだか今にも消えそうである。

「それでは、またな」

「さようならですー!」

 俺たちはゲートをくぐった。
 そして、昨日ぶりの日本へ帰ってきたわけだが――。

「金好ユウト様と吉見カスミ様ですね」

 ギルドには夏用の制服を着た自衛官が待ち構えていた。
 それも6人。

(あー、これ、絶対にヤベーやつだ)

 俺とカスミは瞬時にそう感じた。
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