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015 知ったか営業
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奥多摩を出て、遠路はるばる八王子市のバイク屋にやってきた。
どうして奥多摩を出たかと言うと、車を停められなかったからだ。
奥多摩のバイク屋は規模の小さいところばかりだった。
立派なサイズの我が車を停めるスペースがなかったのだ。
これだからキャンピングカーってやつは困る。
そんなわけでやってきた八王子市のバイク屋は実に優秀だ。
広大な駐車場、豊富な品数、充満するメカの香り。
どのバイクを買おうか悩むだけでも楽しめそうだ。
――というのはバイク好きの考えだろう。
俺は違う。
バイクどころか乗り物に興味がない。
乗れたらそれでいいのだ。
「よし、決めた。これにしよう」
「「決めるの早っ」」
入店してすぐに決めた。
カスミだけでなく店員まで驚いている。
俺が選んだのは日本製の新車だ。
諸々込みで17万円。これといって特徴はない。
スペックを見て思ったのは燃費がいいなってこと。
キャンピングカーの1000000倍は優れている。
「支払いはコレで」
俺は冒険者カードを提示する。
このカードはクレジットカードのように使えるのだ。
正しくはデビットカードらしいが、違いが分からない。
とにかくこいつで支払い可能だ。
遅ればせながら人生初のキャッシュレス決済である。
「もー、ユウト君、買うの早すぎですよ」
カスミがぷくっと頬を膨らませている。
「なんだっていいんだよ、原付なんて」
「そんなことないですよ!」
「ならカスミはこんなの見て分かるのかよ?」
俺が「こんなの」と言ったのはスペック表だ。
燃費やら何やらが細かく記載されている。
「それは……分からないですけど」
「だろー? だったら直感で決めるに限る」
「でもでも! 色々と見て悩みたいじゃないですか!」
「悩む意味がわからん」
「ユウト君は女心が分かってないなぁ!」
「分かってるさ。色々と見て悩みたいんだろ?」
「それは私が今言ったセリフですよ!」
俺は「ははは」と笑って流す。
「ま、俺は車で待ってるからサクッと済ませてくれよ」
「りょーかいです!」
カスミをその場に残し、駐車場に向かう。
車まであと少しというところで、スーツ姿のお姉さんに話しかけられた。
「近くでモデルハウスの展示を行っているのですが観ていきませんかー?」
お姉さんは俺と車の間に立ちはだかり、営業スマイルを浮かべている。
白いシャツの胸元のボタンが開いていて、胸の谷間が見えそうだ。
俺は「おほほ」と鼻の下を伸ばした。
とはいえ、モデルハウスなどに興味はない。
「ふっ、話しかける相手を間違っているぜ」
「えー、そうですかー?」
「よく見なよ、俺の格好。全身ユニグロコーデだぜ?」
「いいじゃないですか、ユニグロ。似合ってますよ!」
「しかも21歳だ。マイホームを買いますってタイプじゃないだろ」
「それは分かりませんよー」
お姉さんがニヤリと笑い、上目遣いで俺を見る。
「だって金好様は有名な冒険者じゃないですか」
「えっ」
心臓が高鳴るのを感じた。
「俺のことを知っているの?」
「もちろん! ヨーチューブ、観てますよ!」
「うそーん」
「本当です! 私、大大大ファンなんです!」
「本当かい?」
「はい! 本当です! それに、金好様ほどの御方なら、家をポンと買えるくらいの稼ぎはあるんじゃないでしょうか!?」
「へ、へへっ、まぁな」
ない。
本当はそんな稼ぎなどない。
先ほど原付を買ったので、全財産は約45万円だ。
家を買うなんてとんでもない。
「是非是非、観るだけでもどうですか!? 観るだけでも!」
「ま、まぁ、観るだけならいいよな」
「そうです! 観るだけなら!」
「ちょうど暇だし、ちょっとだけ観ていくよ」
「ご案内しまーす!」
お姉さんに案内されて、モデルハウスの展示場に向かう。
我ながらちょろい男だと思った。
「ところでお姉さん、昨日の配信は観ました? ガーゴイルのやつ」
「えっ? あ、いえ、昨日のはまだ観ていません」
「なら一昨日のは? カスミとボス狩りをしたやつ」
「それもまだ……」
「なら先週の――」
「そ、そんなことより、どんなお家が好きですか!? 色々ありますよー!」
「家はなんだっていい」
「いや、いやいや、家の話をしましょう!」
「えー」
道中の話はまるで盛り上がらなかった。
◇
モデルハウスの展示場に到着した。
たしかにバイク屋からは遠くなくて、徒歩数分の距離にある。
たったそれだけの移動で、俺は分かってしまった。
(このお姉さん、俺のファンじゃねぇ)
お姉さんは俺の動画をまるで知らなかったのだ。
おそらく『変態』か『潤滑油野郎』だけ観たのだろう。
それもバズったからたまたま観たといったあんばいだ。
で、バズる程の動画をUPしたのだから金持ちに違いないと誤解した。
あれらの動画だけで数千万を稼いだとでも思っているのだろう。
それに冒険者だから金もたんまりあるに違いない、と。
ヨウツベや冒険者のことを知らない者がよくする勘違いだ。
純真無垢な童貞野郎を騙すとは許しがたい行為である。
俺は神に誓って仕返しをすることにした。
「この家はなんとエレベーターがついていまして! 広い面積の土地を確保しづらい都心に家を建てるならこのタイプがオススメです!」
「おー、それは魅力的だ。六本木とかに家を建てるのも面白そう」
「それは実に、誠に、非常に、とんでもなく素晴らしい考えです! 絶対に最高ですよ! 流石は金好様、着眼点が完璧です! 盲点でした! 私、脱帽いたしました!」
お姉さんがペラペラと営業トークを披露する。
俺はさも興味ありげな様子で相槌を打ちながら話を聞いた。
いかにもうっかり買ってしまいそうな客を演じる。
とはいえ、目線は正直だ。
俺の目はお姉さんの胸元を凝視しており、相手もそれを分かっていた。
だからお姉さんは途中でボタンを一つ外し、さらにアピールしてくる。
で、そこまでくると、最後は予定調和のゴリ押しが待っていた。
「私、契約をあと一件とると昇給なんです! ボーナスも増えるんです! こういうご時世だから両親に少しでもお金を送りたくて! だから金好様、どうか、どうかご契約を!」
観るだけだったはずの展示場で契約を迫られる。
どこそこでこんな感じの家を建ててくださいってな頼みだ。
もちろん、首を縦に振ることはできない。
そんな金がないのだから。
「いやぁ、悪いがそれはちょっと」
「そこをどうにか! お願いします! なんでしたらお礼にディナーをご馳走しますので! 契約してくださるなら私、なんだってします!」
「なんでも?」
「はい! なんでもです! なんだっていたします! ですから何卒!」
「そっかぁ、なんでもかぁ」
俺は目を瞑って悪い妄想をする。
大富豪の俺に命令されて『なんでも』を実行するお姉さんの姿を。
口から涎が垂れそうな程に楽しんだあと、最終段階に入った。
「いやぁ、実はさぁ」
俺はヘラヘラ笑いながら言った。
「俺、クソ貧乏なんだよね」
「またまたご冗談を」
「マジだよ」
「へっ?」
困惑するお姉さん。
だから詳しく教えてあげた。
ヨウツベの仕様や俺の資産状況を。
「そんなわけだから50万ぐらいで大丈夫な家なら買うけど?」
「本日はお越し下さりありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。それでは」
お姉さんはあっさり解放してくれた。
その際、般若のような顔になっていた。
あんな顔もできるんだなぁ、と思った。
(俺を騙すから騙し返されるんだぜ)
心の中で毒づきながらバイク屋に向かう。
「マイホームはともかく……」
住居は欲しいところだ。
寝床は『潤滑油野郎』で済むが、そこには住所がない。
つまり、今の俺は住所不定の人間なのだ。
日本で生きる以上、住所不定はよろしくない。
このままでは免許証の更新にも支障を来しかねないだろう。
どうにかして住所を獲得する必要がある。
「カスミは……まだ悩んでいるのか」
バイク屋の入口付近で、カスミが頭を抱えていた。
目の前にはピンク色の原付が何十台も並んでいる。
どうやらその中から一台を選ぶつもりのようだ。
しかし、どの原付にするかは決まらない様子。
店員も「早く決めろよ」と言いたげな顔だ。
「あの様子だとしばらくかかるな」
そう判断した俺は、バイク屋から進路を変える。
賃貸物件の紹介をしている不動産屋へ向かった。
お金に余裕ができたことだし、住所を獲得して一般人になるぞ!
どうして奥多摩を出たかと言うと、車を停められなかったからだ。
奥多摩のバイク屋は規模の小さいところばかりだった。
立派なサイズの我が車を停めるスペースがなかったのだ。
これだからキャンピングカーってやつは困る。
そんなわけでやってきた八王子市のバイク屋は実に優秀だ。
広大な駐車場、豊富な品数、充満するメカの香り。
どのバイクを買おうか悩むだけでも楽しめそうだ。
――というのはバイク好きの考えだろう。
俺は違う。
バイクどころか乗り物に興味がない。
乗れたらそれでいいのだ。
「よし、決めた。これにしよう」
「「決めるの早っ」」
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カスミだけでなく店員まで驚いている。
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キャンピングカーの1000000倍は優れている。
「支払いはコレで」
俺は冒険者カードを提示する。
このカードはクレジットカードのように使えるのだ。
正しくはデビットカードらしいが、違いが分からない。
とにかくこいつで支払い可能だ。
遅ればせながら人生初のキャッシュレス決済である。
「もー、ユウト君、買うの早すぎですよ」
カスミがぷくっと頬を膨らませている。
「なんだっていいんだよ、原付なんて」
「そんなことないですよ!」
「ならカスミはこんなの見て分かるのかよ?」
俺が「こんなの」と言ったのはスペック表だ。
燃費やら何やらが細かく記載されている。
「それは……分からないですけど」
「だろー? だったら直感で決めるに限る」
「でもでも! 色々と見て悩みたいじゃないですか!」
「悩む意味がわからん」
「ユウト君は女心が分かってないなぁ!」
「分かってるさ。色々と見て悩みたいんだろ?」
「それは私が今言ったセリフですよ!」
俺は「ははは」と笑って流す。
「ま、俺は車で待ってるからサクッと済ませてくれよ」
「りょーかいです!」
カスミをその場に残し、駐車場に向かう。
車まであと少しというところで、スーツ姿のお姉さんに話しかけられた。
「近くでモデルハウスの展示を行っているのですが観ていきませんかー?」
お姉さんは俺と車の間に立ちはだかり、営業スマイルを浮かべている。
白いシャツの胸元のボタンが開いていて、胸の谷間が見えそうだ。
俺は「おほほ」と鼻の下を伸ばした。
とはいえ、モデルハウスなどに興味はない。
「ふっ、話しかける相手を間違っているぜ」
「えー、そうですかー?」
「よく見なよ、俺の格好。全身ユニグロコーデだぜ?」
「いいじゃないですか、ユニグロ。似合ってますよ!」
「しかも21歳だ。マイホームを買いますってタイプじゃないだろ」
「それは分かりませんよー」
お姉さんがニヤリと笑い、上目遣いで俺を見る。
「だって金好様は有名な冒険者じゃないですか」
「えっ」
心臓が高鳴るのを感じた。
「俺のことを知っているの?」
「もちろん! ヨーチューブ、観てますよ!」
「うそーん」
「本当です! 私、大大大ファンなんです!」
「本当かい?」
「はい! 本当です! それに、金好様ほどの御方なら、家をポンと買えるくらいの稼ぎはあるんじゃないでしょうか!?」
「へ、へへっ、まぁな」
ない。
本当はそんな稼ぎなどない。
先ほど原付を買ったので、全財産は約45万円だ。
家を買うなんてとんでもない。
「是非是非、観るだけでもどうですか!? 観るだけでも!」
「ま、まぁ、観るだけならいいよな」
「そうです! 観るだけなら!」
「ちょうど暇だし、ちょっとだけ観ていくよ」
「ご案内しまーす!」
お姉さんに案内されて、モデルハウスの展示場に向かう。
我ながらちょろい男だと思った。
「ところでお姉さん、昨日の配信は観ました? ガーゴイルのやつ」
「えっ? あ、いえ、昨日のはまだ観ていません」
「なら一昨日のは? カスミとボス狩りをしたやつ」
「それもまだ……」
「なら先週の――」
「そ、そんなことより、どんなお家が好きですか!? 色々ありますよー!」
「家はなんだっていい」
「いや、いやいや、家の話をしましょう!」
「えー」
道中の話はまるで盛り上がらなかった。
◇
モデルハウスの展示場に到着した。
たしかにバイク屋からは遠くなくて、徒歩数分の距離にある。
たったそれだけの移動で、俺は分かってしまった。
(このお姉さん、俺のファンじゃねぇ)
お姉さんは俺の動画をまるで知らなかったのだ。
おそらく『変態』か『潤滑油野郎』だけ観たのだろう。
それもバズったからたまたま観たといったあんばいだ。
で、バズる程の動画をUPしたのだから金持ちに違いないと誤解した。
あれらの動画だけで数千万を稼いだとでも思っているのだろう。
それに冒険者だから金もたんまりあるに違いない、と。
ヨウツベや冒険者のことを知らない者がよくする勘違いだ。
純真無垢な童貞野郎を騙すとは許しがたい行為である。
俺は神に誓って仕返しをすることにした。
「この家はなんとエレベーターがついていまして! 広い面積の土地を確保しづらい都心に家を建てるならこのタイプがオススメです!」
「おー、それは魅力的だ。六本木とかに家を建てるのも面白そう」
「それは実に、誠に、非常に、とんでもなく素晴らしい考えです! 絶対に最高ですよ! 流石は金好様、着眼点が完璧です! 盲点でした! 私、脱帽いたしました!」
お姉さんがペラペラと営業トークを披露する。
俺はさも興味ありげな様子で相槌を打ちながら話を聞いた。
いかにもうっかり買ってしまいそうな客を演じる。
とはいえ、目線は正直だ。
俺の目はお姉さんの胸元を凝視しており、相手もそれを分かっていた。
だからお姉さんは途中でボタンを一つ外し、さらにアピールしてくる。
で、そこまでくると、最後は予定調和のゴリ押しが待っていた。
「私、契約をあと一件とると昇給なんです! ボーナスも増えるんです! こういうご時世だから両親に少しでもお金を送りたくて! だから金好様、どうか、どうかご契約を!」
観るだけだったはずの展示場で契約を迫られる。
どこそこでこんな感じの家を建ててくださいってな頼みだ。
もちろん、首を縦に振ることはできない。
そんな金がないのだから。
「いやぁ、悪いがそれはちょっと」
「そこをどうにか! お願いします! なんでしたらお礼にディナーをご馳走しますので! 契約してくださるなら私、なんだってします!」
「なんでも?」
「はい! なんでもです! なんだっていたします! ですから何卒!」
「そっかぁ、なんでもかぁ」
俺は目を瞑って悪い妄想をする。
大富豪の俺に命令されて『なんでも』を実行するお姉さんの姿を。
口から涎が垂れそうな程に楽しんだあと、最終段階に入った。
「いやぁ、実はさぁ」
俺はヘラヘラ笑いながら言った。
「俺、クソ貧乏なんだよね」
「またまたご冗談を」
「マジだよ」
「へっ?」
困惑するお姉さん。
だから詳しく教えてあげた。
ヨウツベの仕様や俺の資産状況を。
「そんなわけだから50万ぐらいで大丈夫な家なら買うけど?」
「本日はお越し下さりありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。それでは」
お姉さんはあっさり解放してくれた。
その際、般若のような顔になっていた。
あんな顔もできるんだなぁ、と思った。
(俺を騙すから騙し返されるんだぜ)
心の中で毒づきながらバイク屋に向かう。
「マイホームはともかく……」
住居は欲しいところだ。
寝床は『潤滑油野郎』で済むが、そこには住所がない。
つまり、今の俺は住所不定の人間なのだ。
日本で生きる以上、住所不定はよろしくない。
このままでは免許証の更新にも支障を来しかねないだろう。
どうにかして住所を獲得する必要がある。
「カスミは……まだ悩んでいるのか」
バイク屋の入口付近で、カスミが頭を抱えていた。
目の前にはピンク色の原付が何十台も並んでいる。
どうやらその中から一台を選ぶつもりのようだ。
しかし、どの原付にするかは決まらない様子。
店員も「早く決めろよ」と言いたげな顔だ。
「あの様子だとしばらくかかるな」
そう判断した俺は、バイク屋から進路を変える。
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