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一章;NEW BEGINNINGS

48話;鈍色空と忘れ草(7)

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 「なっ……!」
 驚いたジルファリアが口をあんぐりと開けていると、ウルファスがくすりと笑いその髪を撫でた。
「ヒオも口ではあんな事を言っているけど、とても頼りになる男だよ」
 ジルファリアは複雑な思いであったが、それよりも今の思いを伝えなければとウルファスを見上げた。
「ウルファスさま……、オレのこと信じてくれて、ありがとう」
「うん。ではジルファリア、私を連れて行って欲しい。その嫌な気配を感じるところへ」


 ジルファリアは迷うことなく足を進めていた。
 不穏な気配を感じるのは、前に来たことがある場所だったからだ。

 そして時折ウルファスを振り返っては、彼の様子を確認していた。
 足早に着いてきてはいるが、彼の体調はやはり芳しくないようだった。

 「ウルファスさま、大丈夫?」
 そう訊ねれば、息は上がってはいたが彼はにこりと微笑み頷いた。

 「進んでいる方向から考えられるに、気配がするのは中庭なのかい?」
 続けて今度はウルファスがこちらに訊ねる。
 ジルファリアは大きく首を縦に振り、前方に視線を戻した。
「ウルファスさま、マリアは?」
「いつもはもう寝ている時間だから寝室のはずだけど……」

 そんな言葉にジルファリアの足も自然と早くなった。

 首筋にまとわりつくような重い感覚と、焼けつくような痛み、また内臓が迫り上がってくるような気持ち悪さが益々強くなっている。


 「もし黒頭巾がここに来ているとして」
 黙ったままだと不安で辛抱できなくなったのか、ジルファリアは口を開いた。
「なんでマリアに用があるんだろう」
「それは……」
 ウルファスは答えに詰まると、口を閉じた。
「前にマリアが誘拐された時だってそうだった。力ずくであいつのこと連れてこうとして……」


 単純に彼女が聖王の娘だからだろうか。

 ジルファリアは走りながら思考を巡らせた。
「それに……」

 その時だった。
 鈍い音が背後で聞こえたのである。

 「ウルファスさまっ?!」
 ジルファリアは弾かれたように駆け寄った。
 廊下の窓際にウルファスが蹲っていたのだ。
 ジルファリアが覗き込むと、その額には脂汗が滲み息がとても荒くなっている。
「どうしたんだ?大丈夫か?」
 明らかに無事ではないのだが、ウルファスは頷くばかりだ。
 胸のあたりで拳を握りしめているその様子に、ジルファリアは先ほどから気になっていたことを訊くことにした。

 「ウルファスさま、胸を悪くしている?」

 それほど深い意味ではなかった。
 だが彼の顔色がさっと変わるのを見て、ジルファリアは聞いてはいけないことだったのかと後悔する。

 「何故、そう思うの?」
 息も切れ切れにウルファスが聞いたので、ジルファリアは観念して話すことにした。
「その……、ウルファスさまのここに黒い靄みたいなものが見えるから」
 そう言いながらジルファリアは自分の胸元に手を当てて見せると、ウルファスは驚いた様子で目を見開いた。
「“これ”が見えるのかい?」

 その反応に、どうやらこの黒い靄のような塊は、普通では見えないものなのだと察した。
 ジルファリアは黙って頷く。

 「そうか、やはり君は……」
 そこまで呟くと、ウルファスは首を横に振る。

 「ウルファスさまは病気なのか?」
 ジルファリアが思わず訊ねると、違うよと小さく笑んだ。


 「これは、私の……そう、“奪った者の罰”なんだ」


 そんな不可解な言葉を口にし、ウルファスは立ちあがろうとする。
「ウルファスさま、無理しないで」
 ふらつく彼の身体を支えようとジルファリアは手を伸ばす。
「ありがとう、ジルファリア。本当に迂闊だった……」
 悔しそうに顔を歪めながらウルファスが呟く。
「私の力が弱くなっていることを知り、……尚且つその時機を待ってやって来たのだろう」
 そこまで呟くと、ウルファスは膝から崩れ落ちた。

 「ウルファスさまっ」
 思わず悲鳴のような声が飛び出してしまう。
 そんなジルファリアにウルファスは顔を上げた。
「お願いだ、ジル。……早く中庭へ。あの子を……マリアを守ってやってくれ」
「で、でも、ウルファスさまが」
「私のことはいいから。は、やく」
 息も絶え絶えに訴えるウルファスをどうして置いていけようか。

 恐怖で身体を震わせたジルファリアは「だれか……」と呟くと、次の瞬間声を張り上げた。

 「誰かっ……!助けて……!」


 「……呼んだかな?」


 よもや返答があるとは思わず、ジルファリアは驚いて振り返る。
 自分たちがやって来た方向から、大きな体躯の男がこちらへ歩いて来ていたのだ。
 ジルファリアがその見覚えのある蝙蝠傘に息を呑んだ。

 「宵闇っ!」

 彼は「おや?」と首を傾げ、ははーんと鼻を鳴らした。
「君は、先ほど出会ったジルファリア君か」
 宵闇と呼ばれた紳士は腰を折ると、微笑みながらこちらへ近づいてきた。
 が、床に横たわっているウルファスを見つけると、すぐさま顔を強張らせ傍らに跪いた。
「ウルファス!」
 そして素早く手を翳すと、瞬く間に手の平が光り出す。
 魔法なのかとジルファリアはその光を見守った。

 「……無茶しおって」
 苦しげに呻くと、宵闇はそのまま二言、三言呟き両手をウルファスに翳した。
「ジルファリア君が言っていたように黄昏星のことが気に掛かり駆けつけてみたが、正解だったようだな」
「宵闇、ウルファスさまは治るのか?」
 心配で堪らずジルファリアは彼を見上げた。
 彼はにっこりと頷き、ああと返事した。
「君と別れてからウルファスがこうなっている事を予測してな、自室で魔法薬を調合していたところだ」

 なんと頼もしいことだろう。
 きっと彼は凄腕の魔法使いに違いない。
 その力強く温かな声だけでジルファリアの不安は幾分か落ちついた。

 「ウルファスはいつも無理してはこうなってしまう。不調の時くらいは大人しく休んでいて欲しいものだよ」
 そしてそんな気安い言葉に、彼はウルファスとどういう間柄なのだろうと些か気になった。

 「それよりもジルファリア君、君は何故ここへ?」
「あ、それは……」
 王城へやって来た経緯を説明しなければと口を開いたその時、宵闇の光の力で意識が戻ってきたウルファスが呻く。
「ジル……、頼む。マリアを」
「うむ?」
 宵闇が首を傾げると同時に、ジルファリアは立ち上がった。
「わかった。行ってくるぞ、ウルファスさま」

 ジルファリアの険しい表情に状況を察した宵闇が、こちらに向かって頷いた。
「ウルファスには私が付いているから、君は安心して行ってきなさい」
「宵闇、ありがとう!」

 ぱっと顔を輝かせると、ジルファリアは踵を返し駆け出した。


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