上 下
8 / 63
一章;NEW BEGINNINGS

7話;動きはじめた日常(7)

しおりを挟む


 「……おやじ?」
 先程まで酔いどれていたラバードが神妙な顔でこちらを見ていた。

 ジルファリアは不服そうに顔を顰める。
「なんでだよ、おっちゃん」
「貴族街はあかん。俺らみたいな身なりのモンがうろついてみ?下手したら捕まるで」
「ま、そらそーやわな」
 うんうんとサツキが頷くと、ジルファリアは一層不貞腐れたような顔で頬を膨らませた。
「んじゃあ、そこ以外で」
「王宮もあかん」
「えぇ?!」
 ピシャリと飛んでくるラバードの言葉に、ジルファリアの短い眉が下がる。

 「当たり前や。貴族街より王宮の方がもっと捕まるやろ」
「捕まんなかったらいいじゃん……。オレとサツキなら楽勝だぞ?」
 膨れっ面のジルファリアの胸をラバードが指で突いた。
「ええか?あんまりパドとアドレに心配かけんな、ジル」
「……むー、分かったよ」
 渋々といった表情で、ジルファリアは椅子から飛び降りた。
「おっちゃんの心配するようなことはしねぇから安心しろよ」
「お前のそれが一番信用出来へん」
 ぷはっと吹き出したサツキがジルファリアを戸外へと押しやった。
「ほなおやじ。夜までには戻るわ」
「おう、行ってこい」
 
 振り返るといつもの陽気な表情に戻り、大きな腕をぶんぶんと振るラバードの姿が映った。



 「なぁサツキ、おっちゃんにああは言ったけどさ、ちょっと行ってみたくねぇか?貴族街」

 職人通りに出るなり、ジルファリアがその猫のような瞳を悪戯っぽく光らせた。
 誰かに聞かれやしないかとサツキは思わず周りを見回す。
 先程までの喧騒は落ち着き、人通りはまばらになっている。
「おまえ……、ほんま懲りんなぁ」
「だってさ、確かにあんまり行ったことねぇもん。捕まるかもしれないなんて、逆にワクワクすんじゃん」

 くるりと踵を返し、王都の中心地を通る大通りに向けてジルファリアは駆け出した。

 「おい、ちょ、待て待て待て!」
 跳ねていく外套のフードをサツキはむんずと掴む。
「おまえはほんまに短絡的というか、衝動で動くというか」
「は?タンラクテキ?……サツキはたまに難しい言葉を使うから、分かりにくいぞ」
 ジルファリアが首を傾げて眉間に皺を寄せた。
「えーから、とりあえず今日のところはアカデミー見に行かへん?ほら、おまえ興味あるんやろ?」
「アカデミーかぁ、……いいな!よし、そうと決まったら早速行こう!」

 言うが早いか、ジルファリアがまたしても駆け出そうとしたその時、

 「……おっ?」

 側の細い路地から彼目掛けて飛んできたそれを既のところで避けた。
 近くの外壁でパチンと弾けたそれは小さな砂利だった。

 「……あぶね。誰だ?」

 先程までの陽気な表情から一転し、鋭い目つきで路地裏を睨み付ける。
 その影から二人の少年がこちらへ姿を現した。
 ジルファリア達よりも少し歳が上だろうか、大柄な少年と小柄な少年だった。


 「カラスの野郎どもか」
「今日もいつもみてーに馬鹿ヅラだな、黒猫ジル」
 背の高い方の少年がこちらを見下ろしながら笑った。
「変なあだ名つけんな。そういうおまえも鈍そうな身体してんな、ダン」
 負けじとジルファリアが返す。
 グッと悔しそうな表情を見せたダンに、さらに畳み掛けた。
「こないだオレらに負けたからって、仕返しに来たのかよ。大勢でかかってきたくせに、たった二人に負けてダサかったよな」
「何をぉ?!」

 「おい、ジル。火に油注ぐような言い方はやめとき」
 サツキは思わずジルファリアの肩を掴んだ。

 「ハーン?洗濯屋はいつも冷静だな、嫌味なくらい」
「ひとつ聞きたいんやけど、おまえらは何でいつもおれらに構うん?別にこっちは何もしてへんで」
 そんなサツキの問いかけに、今度はひょろりとした小柄な少年がこちらを指差し甲高い声を出した。
「お前達をカラス団に誘ってやったのに入らないのが悪いんだろ」

 カラス団とは、この職人街を縄張りとしている子供達の集まりのことだ。
 その中でも孤児が多く、日々街中のゴミ漁りを生業としており、職人街の中でも更に治安の不安定な裏路地通りに住んでいる子供が多かった。

 それだけならまだ支障はなかったのだが、家計のために道端での靴磨きや煙突掃除など懸命に仕事をしているほかの少年達に対して、理不尽な喧嘩を吹っ掛ける迷惑な集団と化していたので、街中ではすこぶる評判が悪かった。
 それに時折、職人街の商店から食料や物品がなくなったりすることが起こっていたのだが、専らカラス団の仕業ではないかと囁く者も少なくなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの

つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。 隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました

瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。 レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。 そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。 そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。 王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。 「隊長~勉強頑張っているか~?」 「ひひひ……差し入れのお菓子です」 「あ、クッキー!!」 「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」 第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。 そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。 ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。 *小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。

処理中です...