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海の幸、山の幸
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背中に突き刺さる日和の視線に押されるように居間に戻ってみたけれど、少し考えてしまう。
どこか適当に座ってもいいんだけれど、みんなにとっていつもの場所っていうのがあるんじゃないかと思う。それが分からない内に座るのは気が進まない。
前に来た時はどうだったか考えたけれど思い出せない。今日は誰の横がいいって座った気もするし、人が増えたり減ったりしたから決まっていなかった気もする。
フラフラと立っているのも行儀が悪い気がしたので、「手でも洗ってこよっと」と独り言を呟いて居間を出る。
そして、洗面台ではなく僕達の荷物が置いてある部屋に向かう。
周りを見回して誰も来ないことを確認するとリュックを手に取る。そしてそっと秘伝の書を取り出し、挟んである仙人攻略法と書かれた紙を取り出す。
そこに書いてあることを読みながら、あっちゃんと話したことを思い出す。
「おい、ヒロ。必殺技ってのは簡単に使えるようになると思うか?」
「ううん。無理だと思う」
「そうだよな。血の滲むような努力をして初めて手に入れるもんだ。分かるよな?」
「うん」
「ところが、お前は岩手に数日しか居られねえ。そんな中で必殺技を教えてもらおうなんて、どだい無理な話だ。でもよ、不可能を可能にすることが真のヒーローだとは思わねえか?」
「うん!」
「おっ、いい返事だ。その返事ができるんだったら安心して教えられるな」
「うん!!ぼ…。俺、頑張る。だから教えて!」
「よし、まずはキーワードから教えるぞ」
「うん」
「そのキーワードってのは『相手の懐に入れ』だ。言ってみろ」
「相手の懐に入れ」
「声が小せえな。もう一度」
「相手の懐に入れ!」
「よし、上出来だ。懐に入るってのは、気に入られるって意味だ。晴喜さんに気に入られるために今から特訓だ。できるようになるまで何度でも繰り返すからな」
「うん」
『相手の懐に入れ』
心の中でもう一度キーワードを唱えながら、そっとリュックの中に仕舞う。
それにあっちゃんが言った「真のヒーロー」って言葉。思い出しただけでめちゃくちゃカッコいい言葉だ。
「真のヒーロー」
誰にも聞かれないように、小さな小さな声で呟く。
「真のヒーロー」
もう一度だけ呟く。
上手くできるか少し不安で緊張もするけれど、その言葉を胸の中に置くと不思議と勇気が湧いてくる。
居間に戻ってみるとテーブルの上には料理が並べられていて、紗栄子おばちゃんがみんなにご飯を手渡していた。
「お兄ちゃん何やってたの?」
「ごめん、ごめん」
日和はまだ怒っているみたいだ。
刺さるような視線を受け流しつつ亮兄ちゃんの横が空いていたから、僕はそこに座る。
お母さんが送ったんだろう見慣れた海の幸と、僕の家では見かけない山の幸に目を奪われる。
「みんな席に着きましたね?」
日和が元気よく立ち上がる。
僕はあの日のことを思い出して笑ってしまう。
「手を合わせて下さい」
みんなが一斉に手を合わせる。
おじちゃんは僕とは全然違う顔で笑っている。
「いたーだきます」
日和の後に続いてみんなの「いただきます」が居間にこだまする。
そして、ワイワイ、ガヤガヤと楽しい夕飯が始まった。
料理を噛んでいるかみんなに歯を見せているか、そのどちらかしかなかった夕飯は何を食べても美味しかった。困ったことといえば、口を閉じていないと吹き出してしまいそうになったことぐらいだ。
サザエを食べ慣れていない亮兄ちゃんが苦戦している横で、僕がクルクルと尻尾まで取り出す。僕が唇と顎を上げて亮兄ちゃんを見つめると、悔しそうな顔をして慎重にどうにかやっと尻尾まで取り出す。
そして、亮兄ちゃんはふんっと鼻を鳴らしてサザエを口に放り込む。
「にげぇ」
顔を顰める亮兄ちゃんの横で、僕は内臓と苦いヒラヒラを取って口に入れる。
「んー、美味しい」
笑顔を作る僕を亮兄ちゃんは気に入らなそうに見つめ返す。
「ヒロは子供だからな」
「さっき苦いって言ってたじゃん」
「苦いのがうめぇんだ」
「どうだか」
そのやりとりにみんなが笑う。
僕が四角く切られた赤みがかった茶色い少し透明な食べ物を口にした時に、トロトロでツルツルな食べたことのない食感に驚いていると、亮兄ちゃんはニヤニヤする。
「お前冬瓜食べたことねえのかよ。子供だな」
「今回は子供とか大人は関係ないじゃん」
再び巻き起こった小競り合いに、みんなが笑った。
僕の目の前では日和がおじちゃんにサラダを勧めている。
「なんだこのサラダ、うんめぇな」
おじちゃんの返答に日和は満足そうに「そうでしょー。日和が切ったんだよ」と鼻を高くする。
「日和ちゃんは料理のセンスがある」
バレバレのお世辞なのに、日和は「そうかなー」と照れている。
このやり取りに僕は、もちろん……何もしない。
これ以上日和を怒らせたくない。
「おんちゃんが釣ってきた鮎さ、け」
今度はおじちゃんが日和に勧める。
「美味しいー」
日和が驚いたように声を上げると、おじちゃんは満足そうにグラスに注がれたビールを飲み干す。
とうとうこの時がきた。
あっちゃんとの特訓の成果が試される場面。
僕はビンビールに手を伸ばす。
どこか適当に座ってもいいんだけれど、みんなにとっていつもの場所っていうのがあるんじゃないかと思う。それが分からない内に座るのは気が進まない。
前に来た時はどうだったか考えたけれど思い出せない。今日は誰の横がいいって座った気もするし、人が増えたり減ったりしたから決まっていなかった気もする。
フラフラと立っているのも行儀が悪い気がしたので、「手でも洗ってこよっと」と独り言を呟いて居間を出る。
そして、洗面台ではなく僕達の荷物が置いてある部屋に向かう。
周りを見回して誰も来ないことを確認するとリュックを手に取る。そしてそっと秘伝の書を取り出し、挟んである仙人攻略法と書かれた紙を取り出す。
そこに書いてあることを読みながら、あっちゃんと話したことを思い出す。
「おい、ヒロ。必殺技ってのは簡単に使えるようになると思うか?」
「ううん。無理だと思う」
「そうだよな。血の滲むような努力をして初めて手に入れるもんだ。分かるよな?」
「うん」
「ところが、お前は岩手に数日しか居られねえ。そんな中で必殺技を教えてもらおうなんて、どだい無理な話だ。でもよ、不可能を可能にすることが真のヒーローだとは思わねえか?」
「うん!」
「おっ、いい返事だ。その返事ができるんだったら安心して教えられるな」
「うん!!ぼ…。俺、頑張る。だから教えて!」
「よし、まずはキーワードから教えるぞ」
「うん」
「そのキーワードってのは『相手の懐に入れ』だ。言ってみろ」
「相手の懐に入れ」
「声が小せえな。もう一度」
「相手の懐に入れ!」
「よし、上出来だ。懐に入るってのは、気に入られるって意味だ。晴喜さんに気に入られるために今から特訓だ。できるようになるまで何度でも繰り返すからな」
「うん」
『相手の懐に入れ』
心の中でもう一度キーワードを唱えながら、そっとリュックの中に仕舞う。
それにあっちゃんが言った「真のヒーロー」って言葉。思い出しただけでめちゃくちゃカッコいい言葉だ。
「真のヒーロー」
誰にも聞かれないように、小さな小さな声で呟く。
「真のヒーロー」
もう一度だけ呟く。
上手くできるか少し不安で緊張もするけれど、その言葉を胸の中に置くと不思議と勇気が湧いてくる。
居間に戻ってみるとテーブルの上には料理が並べられていて、紗栄子おばちゃんがみんなにご飯を手渡していた。
「お兄ちゃん何やってたの?」
「ごめん、ごめん」
日和はまだ怒っているみたいだ。
刺さるような視線を受け流しつつ亮兄ちゃんの横が空いていたから、僕はそこに座る。
お母さんが送ったんだろう見慣れた海の幸と、僕の家では見かけない山の幸に目を奪われる。
「みんな席に着きましたね?」
日和が元気よく立ち上がる。
僕はあの日のことを思い出して笑ってしまう。
「手を合わせて下さい」
みんなが一斉に手を合わせる。
おじちゃんは僕とは全然違う顔で笑っている。
「いたーだきます」
日和の後に続いてみんなの「いただきます」が居間にこだまする。
そして、ワイワイ、ガヤガヤと楽しい夕飯が始まった。
料理を噛んでいるかみんなに歯を見せているか、そのどちらかしかなかった夕飯は何を食べても美味しかった。困ったことといえば、口を閉じていないと吹き出してしまいそうになったことぐらいだ。
サザエを食べ慣れていない亮兄ちゃんが苦戦している横で、僕がクルクルと尻尾まで取り出す。僕が唇と顎を上げて亮兄ちゃんを見つめると、悔しそうな顔をして慎重にどうにかやっと尻尾まで取り出す。
そして、亮兄ちゃんはふんっと鼻を鳴らしてサザエを口に放り込む。
「にげぇ」
顔を顰める亮兄ちゃんの横で、僕は内臓と苦いヒラヒラを取って口に入れる。
「んー、美味しい」
笑顔を作る僕を亮兄ちゃんは気に入らなそうに見つめ返す。
「ヒロは子供だからな」
「さっき苦いって言ってたじゃん」
「苦いのがうめぇんだ」
「どうだか」
そのやりとりにみんなが笑う。
僕が四角く切られた赤みがかった茶色い少し透明な食べ物を口にした時に、トロトロでツルツルな食べたことのない食感に驚いていると、亮兄ちゃんはニヤニヤする。
「お前冬瓜食べたことねえのかよ。子供だな」
「今回は子供とか大人は関係ないじゃん」
再び巻き起こった小競り合いに、みんなが笑った。
僕の目の前では日和がおじちゃんにサラダを勧めている。
「なんだこのサラダ、うんめぇな」
おじちゃんの返答に日和は満足そうに「そうでしょー。日和が切ったんだよ」と鼻を高くする。
「日和ちゃんは料理のセンスがある」
バレバレのお世辞なのに、日和は「そうかなー」と照れている。
このやり取りに僕は、もちろん……何もしない。
これ以上日和を怒らせたくない。
「おんちゃんが釣ってきた鮎さ、け」
今度はおじちゃんが日和に勧める。
「美味しいー」
日和が驚いたように声を上げると、おじちゃんは満足そうにグラスに注がれたビールを飲み干す。
とうとうこの時がきた。
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僕はビンビールに手を伸ばす。
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