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緑と赤
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新幹線のドアが開いてホームに降りる。
空調の効いた車内から一転して、夏の暑さが身を包む。
暑いには暑いけれど、僕の住む館山とは暑さが違う気がする。いつもの肌にくっつくような暑さじゃ無くて、軽い感じがする。近所の駅には浮き輪とか水中眼鏡とかを持っている人が必ずいるけれど、ここには一人もいない。
一番の違いは吹いている風だ。潮の香りが全然しない。
非日常を感じて、旅をしているんだと改めて実感する。
降りた人と同じように改札へは向かわずに、僕達はホームの椅子に腰掛ける。
乗り換えの時間が一時間ぐらいあって暇つぶしをどうしようかと話していたら、二番目のおじちゃんが提案してくれた。東京のおじちゃんは頭が良い。東京の大学を出て、みんなの知っている有名な会社に就職したらしい。
流石、秘伝の書を書いただけのことはある。
東京のおじちゃん達は、あっちゃんと遊んだ次のその次の日に僕ん家に帰省してきた。一緒に来た従兄弟の陽平も頭が良い。それに、弟みたいでかわいい。
普段、公園とか友達の家でしか遊ばないから、岩場とかごろた場に慣れてない。それでも一生懸命になって「ヒロ君、ヒロ君」とついてくる。カニや小魚、磯物を見つけるたびにめちゃくちゃ喜んでくれる。毎年、唇が紫になるまで、海の中に顔を突っ込んでいる。
去年、僕があげた宝貝やシーグラスを宝物にしてくれて、宝箱にしまってくれているらしい。もう少し早く来れば一緒にカブトムシとりが出来た事を知ると、自分も行きたかったと悔しがっていた。
僕のカブトは陽平が責任を持って育ててくれている。帰ったらカブトムシを一緒に捕りに行く約束をしている。
弟が欲しかった僕は陽平が遊びに来ると嬉しい。その事を車の中であっちゃんに言ったら「毎日一緒にいたら、陽平もたいして変わんねえと思うぞ。兄貴達も妹が欲しかったってよく言ってたしな」と言っていた。
僕は、横にいる日和を見る。
電車に乗っていた時間よりだいぶ短い時間なのに日和は飽きてしまったらしく、座ったり立ち上がったり、麦わら帽子の顎紐を伸ばしてみたりと落ち着かない。
あっちゃんが「女はわがままだ」って言うけれど、日和を見ていると僕もそう思う。
僕も待ち時間を持て余していたからか、変なことを考えてしまった。
いかん、いかん。と緩み切った気持ちに喝を入れ、来るべき相手に意識を集中する。頭の中で、紐を口に咥える事をせずにたすき掛けを行い、自慢の名刀を手にとり気持ちを集中させる。
決戦に挑む剣豪のような佇まいを意識する。これで雑音に心は乱されない。
構内アナウンスが流れる。
時は来た。
僕はゆっくりと目を開けて、安全柵の近くまで歩み寄る。
線路の向こうから、何やらとんでもないものが近づいてくる雰囲気がある。
これは強敵だ。僕は鍔を親指で押して、鯉口を切る。
キッキッ、と金属が擦れる音と共にゴォオオォーーーと音を立てて緑色の車体が近づいてくる。
「来たーーー!」
僕は興奮のあまり、思わず声を上げてしまう。
一瞬。まさに一瞬の出来事だった。
あんなにも長い新幹線があっという間に僕の目の前を通過していった。
僕の胸は高鳴り、熱くなった血が体を駆け巡る。思わず、安全柵にしがみついていた手を離して、片腕を上げてジャンプをした。こんな事で心を乱していたら、剣豪には成れそうにもない。でも、そんなことはどうでもいいくらいにかっこよかった。
新幹線が来る前は余裕綽々とばかりに笑顔を見せて、僕の真似をして柵の近くまで来ていた日和は、あまりの迫力とスピードに「きゃーー」と言って顔を伏せた。そして、飛ばされそうになった麦わら帽子を慌てて抑える。
柵で隔てられているだけなので、風も新幹線が通り過ぎたことを教えてくれる。
駅の外に出た赤色の車体は太陽の光をキラリと反射させて、「またね」と挨拶をしてくれる。
僕は手を大きく振って見送った。
きっと新幹線の中から僕を見た人は、さっきまでの僕と同じ事を考えているのかもしれないと考えたらドキドキしてきた。
新幹線はやっぱり魔法の乗り物だ。
「凄かったわね」
「見てよかったでしょ?」
「新幹線があんなに早いって知らなかった。人の言うことを信じて、一度は見てみるものね」
僕と東京のおじちゃんの提案を渋々ながら承諾したお母さんだったけれど、満足そうに感想を述べていた。
「お兄ちゃんの電車のお弁当と私の赤いのが、一緒になって走って行った」
「はやぶさ号とこまち号は、途中まで一緒に走るんだよ」
「すごーーーい」
日和も興奮しているみたいで、楽しそうに驚いていた。
「お昼に出したクイズの答えは、この事だったのね」
「正解」
「それなら、日和があれを選んで良かったわね」
「確かにね。ラッキーだった」
「いつもなら、量とか好き嫌いなものを日和に聞くあなたが、今日は大人しかったから変だなと思ってたのよ」
「へへへ、バレてた?日和がエビフライと赤い車体が可愛いって言った時は心の中でガッツポーズしてた」
「あらあら、現金なこと」
「ねえねえ、お二人さん」
日和が僕達の会話に割って入る。
「みんな勘違いしているけど、日和は全てを知っててお兄ちゃんのために選んだんだけどね」
日和は腕を組んで両肩を上げ、片眉を上げながら僕の方を見る。
「何言ってんだよ。さっきまで知らなかったくせに」
「知らないふりをしてあげたの。それの方が盛り上がるでしょ?」
僕とお母さんは目を合わせた。そして、みんなでワハハと笑い合った。
「それじゃあ、行きましょ」
「うん」
「はーい」
僕達は足取り軽く改札へ向かった。
「無い物強請りしたって始まんねえよ。日和にだってかわいいところは沢山あるじゃねえか」
あっちゃんの言葉を思い出す。
確かにな。
僕に戯れるように体をぶつけながら歩いている日和を見ながら、心の中で頷いた。
空調の効いた車内から一転して、夏の暑さが身を包む。
暑いには暑いけれど、僕の住む館山とは暑さが違う気がする。いつもの肌にくっつくような暑さじゃ無くて、軽い感じがする。近所の駅には浮き輪とか水中眼鏡とかを持っている人が必ずいるけれど、ここには一人もいない。
一番の違いは吹いている風だ。潮の香りが全然しない。
非日常を感じて、旅をしているんだと改めて実感する。
降りた人と同じように改札へは向かわずに、僕達はホームの椅子に腰掛ける。
乗り換えの時間が一時間ぐらいあって暇つぶしをどうしようかと話していたら、二番目のおじちゃんが提案してくれた。東京のおじちゃんは頭が良い。東京の大学を出て、みんなの知っている有名な会社に就職したらしい。
流石、秘伝の書を書いただけのことはある。
東京のおじちゃん達は、あっちゃんと遊んだ次のその次の日に僕ん家に帰省してきた。一緒に来た従兄弟の陽平も頭が良い。それに、弟みたいでかわいい。
普段、公園とか友達の家でしか遊ばないから、岩場とかごろた場に慣れてない。それでも一生懸命になって「ヒロ君、ヒロ君」とついてくる。カニや小魚、磯物を見つけるたびにめちゃくちゃ喜んでくれる。毎年、唇が紫になるまで、海の中に顔を突っ込んでいる。
去年、僕があげた宝貝やシーグラスを宝物にしてくれて、宝箱にしまってくれているらしい。もう少し早く来れば一緒にカブトムシとりが出来た事を知ると、自分も行きたかったと悔しがっていた。
僕のカブトは陽平が責任を持って育ててくれている。帰ったらカブトムシを一緒に捕りに行く約束をしている。
弟が欲しかった僕は陽平が遊びに来ると嬉しい。その事を車の中であっちゃんに言ったら「毎日一緒にいたら、陽平もたいして変わんねえと思うぞ。兄貴達も妹が欲しかったってよく言ってたしな」と言っていた。
僕は、横にいる日和を見る。
電車に乗っていた時間よりだいぶ短い時間なのに日和は飽きてしまったらしく、座ったり立ち上がったり、麦わら帽子の顎紐を伸ばしてみたりと落ち着かない。
あっちゃんが「女はわがままだ」って言うけれど、日和を見ていると僕もそう思う。
僕も待ち時間を持て余していたからか、変なことを考えてしまった。
いかん、いかん。と緩み切った気持ちに喝を入れ、来るべき相手に意識を集中する。頭の中で、紐を口に咥える事をせずにたすき掛けを行い、自慢の名刀を手にとり気持ちを集中させる。
決戦に挑む剣豪のような佇まいを意識する。これで雑音に心は乱されない。
構内アナウンスが流れる。
時は来た。
僕はゆっくりと目を開けて、安全柵の近くまで歩み寄る。
線路の向こうから、何やらとんでもないものが近づいてくる雰囲気がある。
これは強敵だ。僕は鍔を親指で押して、鯉口を切る。
キッキッ、と金属が擦れる音と共にゴォオオォーーーと音を立てて緑色の車体が近づいてくる。
「来たーーー!」
僕は興奮のあまり、思わず声を上げてしまう。
一瞬。まさに一瞬の出来事だった。
あんなにも長い新幹線があっという間に僕の目の前を通過していった。
僕の胸は高鳴り、熱くなった血が体を駆け巡る。思わず、安全柵にしがみついていた手を離して、片腕を上げてジャンプをした。こんな事で心を乱していたら、剣豪には成れそうにもない。でも、そんなことはどうでもいいくらいにかっこよかった。
新幹線が来る前は余裕綽々とばかりに笑顔を見せて、僕の真似をして柵の近くまで来ていた日和は、あまりの迫力とスピードに「きゃーー」と言って顔を伏せた。そして、飛ばされそうになった麦わら帽子を慌てて抑える。
柵で隔てられているだけなので、風も新幹線が通り過ぎたことを教えてくれる。
駅の外に出た赤色の車体は太陽の光をキラリと反射させて、「またね」と挨拶をしてくれる。
僕は手を大きく振って見送った。
きっと新幹線の中から僕を見た人は、さっきまでの僕と同じ事を考えているのかもしれないと考えたらドキドキしてきた。
新幹線はやっぱり魔法の乗り物だ。
「凄かったわね」
「見てよかったでしょ?」
「新幹線があんなに早いって知らなかった。人の言うことを信じて、一度は見てみるものね」
僕と東京のおじちゃんの提案を渋々ながら承諾したお母さんだったけれど、満足そうに感想を述べていた。
「お兄ちゃんの電車のお弁当と私の赤いのが、一緒になって走って行った」
「はやぶさ号とこまち号は、途中まで一緒に走るんだよ」
「すごーーーい」
日和も興奮しているみたいで、楽しそうに驚いていた。
「お昼に出したクイズの答えは、この事だったのね」
「正解」
「それなら、日和があれを選んで良かったわね」
「確かにね。ラッキーだった」
「いつもなら、量とか好き嫌いなものを日和に聞くあなたが、今日は大人しかったから変だなと思ってたのよ」
「へへへ、バレてた?日和がエビフライと赤い車体が可愛いって言った時は心の中でガッツポーズしてた」
「あらあら、現金なこと」
「ねえねえ、お二人さん」
日和が僕達の会話に割って入る。
「みんな勘違いしているけど、日和は全てを知っててお兄ちゃんのために選んだんだけどね」
日和は腕を組んで両肩を上げ、片眉を上げながら僕の方を見る。
「何言ってんだよ。さっきまで知らなかったくせに」
「知らないふりをしてあげたの。それの方が盛り上がるでしょ?」
僕とお母さんは目を合わせた。そして、みんなでワハハと笑い合った。
「それじゃあ、行きましょ」
「うん」
「はーい」
僕達は足取り軽く改札へ向かった。
「無い物強請りしたって始まんねえよ。日和にだってかわいいところは沢山あるじゃねえか」
あっちゃんの言葉を思い出す。
確かにな。
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