夏の思い出

遠野 時松

文字の大きさ
上 下
3 / 35

なんでそんなこと言うんだよ

しおりを挟む
 敦仁は首の後ろが気になるのか、ハンドル片手にそっと自分の首をさすっている。寛明も真似をするように首の後ろに手を回す。チクチク、ヒリヒリとする痛みは、二人の真っ赤になった首を心配した朱音が塗ってくれたハンドクリームのおかげで少しはマシになっている。

 今、僕たちは、妹も大好きな橋の近くのファミリーレストランで夕御飯を食べた後に、狩りに行くにはまだ時間があるからとみんなでドライブをしている。
 日が落ちて辺りが暗くなる前に、親戚が椎茸栽培のために育てているくぬぎ林に行ってカブトムシ捕りの蜜を仕掛けたから準備は万端だ。

 虫籠の中には「ついでだからコクワでも捕るか」と、使い終わって積まれている木の隙間を探している時に「ラッキー。ヒロ、ちょっとこい」そう言われて捕まえたノコギリクワガタが入っている。
 昆虫採集はちょっと寄ってみるが大事らしい。探す場所が増えればその分確率も上がる。そして、大物を捕るにはみんなが見るところ以外も見る事が大事。みんなが見るって事はその場所にいたやつはもう捕られている。誰も探してないって事は獲物が取られてないって事。表紙に『秘伝の書』と手書きで書かれたノートにそう書かれていた。
 カブトムシのページには新しい紙が貼り付けられている。朱音ちゃんが秘伝の蜜の作り方をパソコンで作ってくれた。「料理のレシピみたいだね」なんて言ったら笑っていた。

「お前好きな人いねえの?」

 後ろの席で日和が好きな人の話をしているからか、あっちゃんが聞いてきた。

「いない」
「いるよ、同じクラスの草下さん」

 後ろの席から余計な一言が聞こえてくる。僕の眉根に皺が寄る。

「はぁ?お前何言ってんだよ。ちげーよ」
「何だよいるんじゃねーかよ」
「だから好きじゃねーし」

 敦仁は疑いの目を寛明に向ける。寛明が顔を逸らしたので敦仁はルームミラーで日向と目を合わせる。

「ひーちゃんその子どんな子なの?」
「可愛くてみんなの人気者。渋沢くんも草下さんの事好きなんだって」
「渋沢君てのは?」
「イケメン」
「イケメンかぁ。それなら相手にとって不足はねぇな」
「だから違うって言ってんの」

 あっちゃんのニヤケた顔に僕は語気を荒くする。

「そんな怒んなよ。そんなに怒ると認めた事になんぞ」
「あっちゃんがしつこいからだよ」
「あーそうかよ。ごめん、ごめん」

 後ろの席で朱音がクスクスと笑う。

「でもよ、みんなが好きだから好きじゃなくなるってのも違うからな。みんなが好きって事はそれだけいい女だって事だからな」
「だから…」
「分かってるよ、違うんだろ?これからの話だよ」

 よく聞けよ。と敦仁の顔が言っている。

「人から色々言われたら迷っちまうかもしれねえけど、人それぞれ好みが違うんだから自分がいい女だと思った女を口説くんだぞ」
「うん、好きな人できたらね」

 あっちゃんは朱音ちゃんと一緒に住むことが決まってからこういった話をよくする。
 それより日和のやつ余計な事を言いやがって。夕御飯を食べたら朱音ちゃんと日和はアパートに帰るはずだった。それなのに私も行きたいって無理矢理ついてきたんだから変な事言うな。
 ノコギリクワガタが捕れてついていると思ったのに、こんな事になるなんて全然ついていなかった。

「そろそろいい時間だしカブトムシ捕りにいくか」

 何も喋らなくなった寛明を微笑ましく感じた敦仁は、コンビニの駐車場に車を乗り入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...