夏の思い出

遠野 時松

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楽しいランチは気力を支える

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 狩場の桜並木から駐車場への道を、空の虫籠を首からぶら下げて二人で歩いていた。

 どうせ籠は使わないから置いてけ。と言われていたけれど、蝉以外に何か捕まえるかもしれないからと思って首に引っかけて行った。
 空のままだと少し寂しいので、捕まえた初めの一匹は籠に入れた。二匹以上一緒に入れると中で暴れて羽を怪我するからと、それ以降は一匹もガゴの中には入れなかった。その蝉も蝉捕りが終わったと同時に逃した。

「何で捕った蝉、すぐ逃がすの?」
「別に食うわけじゃねぇからな」

 以前やったバスフィッシングと同じ考え方なのだと理解した。

「さっき見せたけど、あのストローみたいな口で樹液を吸うって教えたろ?人工の餌がねぇからカブトムシとかと違って飼うのが難しいってのもあるな」

 そう言うと、敦仁は駐車場の方に向かって手を振った。木陰にいた二人組が、こちらに手を振り返している。

「それによ、いい女と出会うために何年も土の中で自分磨きしてよ、危険に身をさらしてやっとの思いで大人になったのに、ヤツら一週間しか生きられないんだぜ。そんな純粋なバカを虫籠の中に閉じ込めておくってのは、俺には出来ねえよ」

 待ち遠しかったのか妹の日和は、レジャーシートの端まできて手を振っている。敦仁の彼女の朱音は、近くのクーラーボックスに手を掛けていた。

「異性が恋愛対象なら、いい女に自分の子供産んでもらいたいって考えるのは蝉も人間も一緒だろ。そのためにあいつらは必死になって鳴いてんだよ。なんか健気だろ?」
「うん」

 健気がよく分からないけれど頷いておいた。

「でも、蝉は巣を作らねえからその点は楽だよな」

 高校の同級生だったあっちゃんと朱音ちゃんは、一緒に暮らすためにアパートを借りた。
 昨夜から僕ら兄妹はパジャマのままで二人の部屋に遊びに行った。小学校に上がったばかりの日和は、お弁当を作るお手伝いをする気満々でエプロンまで持ってきている。
 明日は早いから寝ようって朱音ちゃんが言っているのに、あっちゃんがみんなを笑わせてくるから寝るのが遅くなった。
 それでも日和と朱音ちゃんは、早く起きてお昼の用意をしてくれた。手伝うか聞いたら「大丈夫だよ、それよりも虫取りの準備してて」って言ってくれた。準備は昨日のうちに終わってるのを知っているはずなのに。やる事が何も無いから、僕は二人が仲良く料理している後ろ姿を眺めていた。なんかいいなと思った。

「ただいまー」
「おかえり」

 クーラーボックスから取り出されたお弁当箱を、日和が甲斐甲斐しく並べていく。

 いつものおままごとだと、それはダメ。そうじゃ無い。と僕に指示ばかり出して自分は動かないのに、今日は違うみたいだ。
 目の前にある美味しそうな料理に我慢できない僕達は、準備をしてくれている二人の目を盗んでウィンナーを口の中に放り込んだ。

「よし、それじゃあ手を拭いてお昼にしよ」
「イ゛ェーイ」

 僕たちはハイタッチを交わした。

「ん?」

 異変に気が付いた朱音は、二人の顔とお弁当箱を交互に見る。

「こらー」

 僕は急いで口の中のものを飲み込んで証拠隠滅を図る。あっちゃんは朱音ちゃんにほっぺをつねられたのに笑っている。

 日和の元気な「いただきまーす」の後にみんなも「いただきます」と手を合わせる。
 バスケットに入っているサンドイッチや、さっきこっそり食べたタコさんウィンナー。どれを食べようかと迷ってしまう。ブロッコリーの横には小さいハンバーグもある。

 朱音ちゃんが作るハンバーグはすごい。中にチーズか入っていたり、パインが乗ってたりする。この前はドミグラスソースで煮込んであって、お店にでてくるぐらい美味しかった。日和が「お姉ちゃんちの子供になる」って言ったら朱音ちゃんは嬉しそうに笑っていた。その顔を見たあっちゃんが「お前達が来ると飯が豪華になるからいいんだよな」と言ったら、朱音ちゃんに叩かれていた。

「美味しいね」

 日和は幾度となく、独り言とも思えるほどに同じ事を言っている。自分が作ったものをみんなでワイワイ食べるのは美味しいんだろうなと思う。車の中で大事そうに抱えていた自信作は、予想通りの会心の出来だったみたいでやけに嬉しそうだ。さっきからタマゴサンドをしつこいぐらいに勧めてくるのは何かしらの理由があるからだろう。

 ザリガニ釣りは日和でもできるみたいなので、昼飯を食べたらみんなで池に行く。片付けの最中にあっちゃんは、餌のスルメを口に咥えて「ビール飲みて」なんて言ってクーラーボックスを持ち上げていた。
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