夏の思い出

遠野 時松

文字の大きさ
上 下
2 / 35

楽しいランチは気力を支える

しおりを挟む
 狩場の桜並木から駐車場への道を、空の虫籠を首からぶら下げて二人で歩いていた。

 どうせ籠は使わないから置いてけ。と言われていたけれど、蝉以外に何か捕まえるかもしれないからと思って首に引っかけて行った。
 空のままだと少し寂しいので、捕まえた初めの一匹は籠に入れた。二匹以上一緒に入れると中で暴れて羽を怪我するからと、それ以降は一匹もガゴの中には入れなかった。その蝉も蝉捕りが終わったと同時に逃した。

「何で捕った蝉、すぐ逃がすの?」
「別に食うわけじゃねぇからな」

 以前やったバスフィッシングと同じ考え方なのだと理解した。

「さっき見せたけど、あのストローみたいな口で樹液を吸うって教えたろ?人工の餌がねぇからカブトムシとかと違って飼うのが難しいってのもあるな」

 そう言うと、敦仁は駐車場の方に向かって手を振った。木陰にいた二人組が、こちらに手を振り返している。

「それによ、いい女と出会うために何年も土の中で自分磨きしてよ、危険に身をさらしてやっとの思いで大人になったのに、ヤツら一週間しか生きられないんだぜ。そんな純粋なバカを虫籠の中に閉じ込めておくってのは、俺には出来ねえよ」

 待ち遠しかったのか妹の日和は、レジャーシートの端まできて手を振っている。敦仁の彼女の朱音は、近くのクーラーボックスに手を掛けていた。

「異性が恋愛対象なら、いい女に自分の子供産んでもらいたいって考えるのは蝉も人間も一緒だろ。そのためにあいつらは必死になって鳴いてんだよ。なんか健気だろ?」
「うん」

 健気がよく分からないけれど頷いておいた。

「でも、蝉は巣を作らねえからその点は楽だよな」

 高校の同級生だったあっちゃんと朱音ちゃんは、一緒に暮らすためにアパートを借りた。
 昨夜から僕ら兄妹はパジャマのままで二人の部屋に遊びに行った。小学校に上がったばかりの日和は、お弁当を作るお手伝いをする気満々でエプロンまで持ってきている。
 明日は早いから寝ようって朱音ちゃんが言っているのに、あっちゃんがみんなを笑わせてくるから寝るのが遅くなった。
 それでも日和と朱音ちゃんは、早く起きてお昼の用意をしてくれた。手伝うか聞いたら「大丈夫だよ、それよりも虫取りの準備してて」って言ってくれた。準備は昨日のうちに終わってるのを知っているはずなのに。やる事が何も無いから、僕は二人が仲良く料理している後ろ姿を眺めていた。なんかいいなと思った。

「ただいまー」
「おかえり」

 クーラーボックスから取り出されたお弁当箱を、日和が甲斐甲斐しく並べていく。

 いつものおままごとだと、それはダメ。そうじゃ無い。と僕に指示ばかり出して自分は動かないのに、今日は違うみたいだ。
 目の前にある美味しそうな料理に我慢できない僕達は、準備をしてくれている二人の目を盗んでウィンナーを口の中に放り込んだ。

「よし、それじゃあ手を拭いてお昼にしよ」
「イ゛ェーイ」

 僕たちはハイタッチを交わした。

「ん?」

 異変に気が付いた朱音は、二人の顔とお弁当箱を交互に見る。

「こらー」

 僕は急いで口の中のものを飲み込んで証拠隠滅を図る。あっちゃんは朱音ちゃんにほっぺをつねられたのに笑っている。

 日和の元気な「いただきまーす」の後にみんなも「いただきます」と手を合わせる。
 バスケットに入っているサンドイッチや、さっきこっそり食べたタコさんウィンナー。どれを食べようかと迷ってしまう。ブロッコリーの横には小さいハンバーグもある。

 朱音ちゃんが作るハンバーグはすごい。中にチーズか入っていたり、パインが乗ってたりする。この前はドミグラスソースで煮込んであって、お店にでてくるぐらい美味しかった。日和が「お姉ちゃんちの子供になる」って言ったら朱音ちゃんは嬉しそうに笑っていた。その顔を見たあっちゃんが「お前達が来ると飯が豪華になるからいいんだよな」と言ったら、朱音ちゃんに叩かれていた。

「美味しいね」

 日和は幾度となく、独り言とも思えるほどに同じ事を言っている。自分が作ったものをみんなでワイワイ食べるのは美味しいんだろうなと思う。車の中で大事そうに抱えていた自信作は、予想通りの会心の出来だったみたいでやけに嬉しそうだ。さっきからタマゴサンドをしつこいぐらいに勧めてくるのは何かしらの理由があるからだろう。

 ザリガニ釣りは日和でもできるみたいなので、昼飯を食べたらみんなで池に行く。片付けの最中にあっちゃんは、餌のスルメを口に咥えて「ビール飲みて」なんて言ってクーラーボックスを持ち上げていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

お漏らし・おしがま短編小説集 ~私立朝原女学園の日常~

赤髪命
大衆娯楽
小学校から高校までの一貫校、私立朝原女学園。この学校に集う女の子たちの中にはいろいろな個性を持った女の子がいます。そして、そんな中にはトイレの悩みを持った子たちも多いのです。そんな女の子たちの学校生活を覗いてみましょう。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

処理中です...