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とある王国の エピソード
とあるえピソード 兵站拠点(上)
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東西を山で挟まれた平地の南側にある陣幕に向かって、一人の伝令兵が走り寄る。
「本隊より伝令です」
その声に対し将が頷いたのを確認すると、側近であるルジャールが「通せ」と護衛の兵に答える。
「失礼します。ファトスト様より、伝令をお持ちしました」
将は蜜蝋で固められた封筒を受け取ると、ルジャールに向かって顔を向ける。
「先ほど話されていた、策が変更されるというものですか?将は「そろそろ届く頃だ」と言われましたが、まさか本当に届くとは思いもしませんでした」
ルジャールは驚きの表情を浮かべた後、兵に火を用意させる。
将は首を少し傾けて楽しげに両肩を上げてから、蜜蝋の印を確認する。それから、「王の戦印で封がされている。そのまさかだろうな」と、蜜蝋を剣の柄にぶつけて割る。記されてある策に一通り目を通すと「狼煙を二本上げろ」と兵に指示してから、用意された焼却用の火鉢に封筒ごと投げ込む。
「狼煙ですか?その様なことをしたら、見す見す敵にこちらの位置を知らせることになるのでは」
ルジャールは将に問う。
「戦印だ、従うしかないだろう」将は笑う。「予定変更だ、この平野が戦地となる。作業中の各部隊長に伝えろ」
兜に鳥の羽を付けた兵が、部隊と同じ数だけ将の周りに集まる。
「防衛陣地建設は中止だ。後方にある拠点の砦化を最優先とする」
「はっ!」
威勢の良い声と共に、兵は各部隊長の元へ駆け出す。
ルジャールは再び将へと近付く。
「予定変更というのは、どれほどでしょうか。敵を打ち破りながら進軍し、敵本陣の背後を脅かすというは?」
「大筋は変わらない」
将は単刀直入に答える。
「この地に止まっての防衛ではなく、進軍は変わらずですか?」
「そうだ」
将は答える。
戦印で封をされたものは、軍の規則により将以外は見ることができない。側近であるルジャールは今後の戦略を将と共有しておかなければならないため、戦の展望を考えながら会話を進める。
「この平地を決戦の地とした理由は、我が軍の主力となる騎馬兵を投入しなければ敵を打ち破れないということですか?」
「違う。騎兵については予定通り敵本陣を叩くのに使用する」
「騎兵を使わないとなると、わざわざ平地を選んだ意味が分かりかねます。当初の予定通り押し通せるならそのまま押し切り、難しい場合は谷に誘い込んで罠に嵌め、十二分に敵の数を減らしてからの方が有効だと思いますが」
数の利を活かすため、敵軍は低地を選んで進軍している。そのため山を越えた方が早くとも、川の蛇行に沿っての行軍となっている。山越えの街道は、敵の背後を突くために是が非でも押さえておかねばならない。
それは敵にとっても同じことで、この地は本隊を守る最後の防衛線であると共に、今後の兵站拠点にしようとしている。そんな大事な場所で負けたりしたらと、考えただけでも恐ろしい。
「騎馬は使いたくても使えなくなるといった方が正解であるな」
将は話を続ける。
「平地には堰き止めていた水を引き入れることになる。依って兵は布陣しない」
この平地は元々湿地であった。厚い堆積物によるぬかるみが特にひどいため、川の上流で堰き止めて水を抜いた。やっと、踏み込んでも沈まないくらいになったのに、水を入れたら湿地に戻ってしまう。
「そんなことをしたらぬかるみに足を取られてしまい、肝心の馬は俊敏性を失います。せっかく騎馬兵のために湿地を干上がらせたというのに、それを元に戻すというのですか?」
「そうだ。だがしかし湿地に戻ったら、水攻めのために再び川を堰き止める。乾いた地に水を流すより効果が上がるからな」
ルジャールは少し間を置き、頭の中を整理する。
堰き止めた川は平地に小川を作る程度には流されている。その流れの一部を変え拠点まで水を引いているいるが、そこに大量の水を流し込むと、途中に設置された先を尖らせた木を巻き込んで道へと流れていき、敵の進軍を遅らせるという仕掛けが工兵により作られている。
特に難しいものではない。水路の上に、大きな水の通り道を作っておき、木材を並べて置くだけのものだ。置いてあった木が流されたら、そこへ同じものを投げ込めば良い。水と木がある限り敵の進軍を妨害できる。
拠点となる場所は平地に接する丘の上となっており、目の前に沼地ができれば天然の要塞に守られる。他にも対策は為されている。
しかし、である。
「ファトスト様は、拠点で籠城戦をするおつもりですか?」
「籠城というよりは、この地で戦った方が都合が良いのだろう。拠点については死守する必要はないと書かれていた。敵側からなら攻めあぐねるが、こちら側からだと奪還しやすくなっているのがその理由だろう」
丘の平野側は崖や急坂となっているが、反対側は高低差を緩和する様になだらかな裾野が広がっている。退却するには都合が良い。
それとは逆に、着々と籠城するとしか思えないほどの防御網が作られている。
罠も仕掛けられるが、その殆どが「一回しか使えないが、効果は絶大なもの」ばかりだ。水源となる山を取られるとすぐに拠点は乾いてしまい籠城は困難になるため、その一度に力を注ぐのだろう。
しかし、籠城ではなく兵糧を運び出すまでの時間を稼げれば良いと考えると、途端に過剰な防衛設備に思えてくる。何とも歪な拠点になりそうだ。
「それではこの先にある谷での作戦は、どうなるのでしょう。予定通りということでよろしいですか?」
「あの場所で何もしないというのは実にもったい。しかし、やるとしても規模は大分縮小して妨害を主な目的にするものに変更するがな。それに伴い、敵の偵察はことごとく殲滅から、深追いするなに変更となる」
敵にこちらの動きを知らせて何になるのだ?だが、仕方ない。
「巡回する兵に伝えます。しかし、あそこを本格的に使わないのは浅はかなれど、少々勿体無い気がしますが。いかがお考えですか?」
「分断するよりは平地の中に多くを引き入れるためではないか。あそこには罠も仕掛ける予定だ」
罠と聞いて安心した。しかし、一つ気になるところがある。
「誘い込みなどせずに罠を仕掛けるのですか?」
「そうだ。慎重に進軍されたらあっさりと見破られてしまうものだがな」
ルジャールは眉根が寄るのを必死で堪える。
「それより覚えておけ、ばればれの策ほど、上手くいった時は信じられんくらいの効果が得られる」
「それは分かる気がします。ですが、谷での策はどれぐらいの確率で成功しそうなのですか?」
「ほとんどない。こんなものをで大打撃を受ける様なやつは、ファトストにとことん弄ばれることになる」
「確かに、相性が悪そうですね」
「あいつは、あからさまな時はこれでもかとやるのが趣味でな。狼煙を上げさせたのは、少しでも相手を惑わすためだ。誰も引っ掛かりもしないのに二本も上げたのだぞ。大衆演劇でもそこまで大袈裟にはしない」
将は何かを思い出した様で、クスクスと笑う。その隙間を縫ってルジャールは考える。
あからさまが続き、敵の警戒心も薄まったところに別の策を混ぜれば効果は上がる。ここまで考えられているか分からないが、これは納得しよう。しかし、分かりきっていたとしても敵は進軍してくる。時間は稼げるとしても、こちらが仕掛けない限り戦況が好転していくとは思えない。それに、拠点化にはそこまでの時間は必要ない。
やはり、進軍を中止してまで行うことではない。得られる効果が薄い。
「本隊より伝令です」
その声に対し将が頷いたのを確認すると、側近であるルジャールが「通せ」と護衛の兵に答える。
「失礼します。ファトスト様より、伝令をお持ちしました」
将は蜜蝋で固められた封筒を受け取ると、ルジャールに向かって顔を向ける。
「先ほど話されていた、策が変更されるというものですか?将は「そろそろ届く頃だ」と言われましたが、まさか本当に届くとは思いもしませんでした」
ルジャールは驚きの表情を浮かべた後、兵に火を用意させる。
将は首を少し傾けて楽しげに両肩を上げてから、蜜蝋の印を確認する。それから、「王の戦印で封がされている。そのまさかだろうな」と、蜜蝋を剣の柄にぶつけて割る。記されてある策に一通り目を通すと「狼煙を二本上げろ」と兵に指示してから、用意された焼却用の火鉢に封筒ごと投げ込む。
「狼煙ですか?その様なことをしたら、見す見す敵にこちらの位置を知らせることになるのでは」
ルジャールは将に問う。
「戦印だ、従うしかないだろう」将は笑う。「予定変更だ、この平野が戦地となる。作業中の各部隊長に伝えろ」
兜に鳥の羽を付けた兵が、部隊と同じ数だけ将の周りに集まる。
「防衛陣地建設は中止だ。後方にある拠点の砦化を最優先とする」
「はっ!」
威勢の良い声と共に、兵は各部隊長の元へ駆け出す。
ルジャールは再び将へと近付く。
「予定変更というのは、どれほどでしょうか。敵を打ち破りながら進軍し、敵本陣の背後を脅かすというは?」
「大筋は変わらない」
将は単刀直入に答える。
「この地に止まっての防衛ではなく、進軍は変わらずですか?」
「そうだ」
将は答える。
戦印で封をされたものは、軍の規則により将以外は見ることができない。側近であるルジャールは今後の戦略を将と共有しておかなければならないため、戦の展望を考えながら会話を進める。
「この平地を決戦の地とした理由は、我が軍の主力となる騎馬兵を投入しなければ敵を打ち破れないということですか?」
「違う。騎兵については予定通り敵本陣を叩くのに使用する」
「騎兵を使わないとなると、わざわざ平地を選んだ意味が分かりかねます。当初の予定通り押し通せるならそのまま押し切り、難しい場合は谷に誘い込んで罠に嵌め、十二分に敵の数を減らしてからの方が有効だと思いますが」
数の利を活かすため、敵軍は低地を選んで進軍している。そのため山を越えた方が早くとも、川の蛇行に沿っての行軍となっている。山越えの街道は、敵の背後を突くために是が非でも押さえておかねばならない。
それは敵にとっても同じことで、この地は本隊を守る最後の防衛線であると共に、今後の兵站拠点にしようとしている。そんな大事な場所で負けたりしたらと、考えただけでも恐ろしい。
「騎馬は使いたくても使えなくなるといった方が正解であるな」
将は話を続ける。
「平地には堰き止めていた水を引き入れることになる。依って兵は布陣しない」
この平地は元々湿地であった。厚い堆積物によるぬかるみが特にひどいため、川の上流で堰き止めて水を抜いた。やっと、踏み込んでも沈まないくらいになったのに、水を入れたら湿地に戻ってしまう。
「そんなことをしたらぬかるみに足を取られてしまい、肝心の馬は俊敏性を失います。せっかく騎馬兵のために湿地を干上がらせたというのに、それを元に戻すというのですか?」
「そうだ。だがしかし湿地に戻ったら、水攻めのために再び川を堰き止める。乾いた地に水を流すより効果が上がるからな」
ルジャールは少し間を置き、頭の中を整理する。
堰き止めた川は平地に小川を作る程度には流されている。その流れの一部を変え拠点まで水を引いているいるが、そこに大量の水を流し込むと、途中に設置された先を尖らせた木を巻き込んで道へと流れていき、敵の進軍を遅らせるという仕掛けが工兵により作られている。
特に難しいものではない。水路の上に、大きな水の通り道を作っておき、木材を並べて置くだけのものだ。置いてあった木が流されたら、そこへ同じものを投げ込めば良い。水と木がある限り敵の進軍を妨害できる。
拠点となる場所は平地に接する丘の上となっており、目の前に沼地ができれば天然の要塞に守られる。他にも対策は為されている。
しかし、である。
「ファトスト様は、拠点で籠城戦をするおつもりですか?」
「籠城というよりは、この地で戦った方が都合が良いのだろう。拠点については死守する必要はないと書かれていた。敵側からなら攻めあぐねるが、こちら側からだと奪還しやすくなっているのがその理由だろう」
丘の平野側は崖や急坂となっているが、反対側は高低差を緩和する様になだらかな裾野が広がっている。退却するには都合が良い。
それとは逆に、着々と籠城するとしか思えないほどの防御網が作られている。
罠も仕掛けられるが、その殆どが「一回しか使えないが、効果は絶大なもの」ばかりだ。水源となる山を取られるとすぐに拠点は乾いてしまい籠城は困難になるため、その一度に力を注ぐのだろう。
しかし、籠城ではなく兵糧を運び出すまでの時間を稼げれば良いと考えると、途端に過剰な防衛設備に思えてくる。何とも歪な拠点になりそうだ。
「それではこの先にある谷での作戦は、どうなるのでしょう。予定通りということでよろしいですか?」
「あの場所で何もしないというのは実にもったい。しかし、やるとしても規模は大分縮小して妨害を主な目的にするものに変更するがな。それに伴い、敵の偵察はことごとく殲滅から、深追いするなに変更となる」
敵にこちらの動きを知らせて何になるのだ?だが、仕方ない。
「巡回する兵に伝えます。しかし、あそこを本格的に使わないのは浅はかなれど、少々勿体無い気がしますが。いかがお考えですか?」
「分断するよりは平地の中に多くを引き入れるためではないか。あそこには罠も仕掛ける予定だ」
罠と聞いて安心した。しかし、一つ気になるところがある。
「誘い込みなどせずに罠を仕掛けるのですか?」
「そうだ。慎重に進軍されたらあっさりと見破られてしまうものだがな」
ルジャールは眉根が寄るのを必死で堪える。
「それより覚えておけ、ばればれの策ほど、上手くいった時は信じられんくらいの効果が得られる」
「それは分かる気がします。ですが、谷での策はどれぐらいの確率で成功しそうなのですか?」
「ほとんどない。こんなものをで大打撃を受ける様なやつは、ファトストにとことん弄ばれることになる」
「確かに、相性が悪そうですね」
「あいつは、あからさまな時はこれでもかとやるのが趣味でな。狼煙を上げさせたのは、少しでも相手を惑わすためだ。誰も引っ掛かりもしないのに二本も上げたのだぞ。大衆演劇でもそこまで大袈裟にはしない」
将は何かを思い出した様で、クスクスと笑う。その隙間を縫ってルジャールは考える。
あからさまが続き、敵の警戒心も薄まったところに別の策を混ぜれば効果は上がる。ここまで考えられているか分からないが、これは納得しよう。しかし、分かりきっていたとしても敵は進軍してくる。時間は稼げるとしても、こちらが仕掛けない限り戦況が好転していくとは思えない。それに、拠点化にはそこまでの時間は必要ない。
やはり、進軍を中止してまで行うことではない。得られる効果が薄い。
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