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攻略作戦
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戦勝報告のために海路でローマに向かうラエリウスは、タラゴナでのヒスパニア攻略作戦会議のことを思い出していた。会議はスキピオとラエリウス、そしてニーケーの三人によるもので、様々な案を繰り出す二人に対して、ラエリウスは聞き手に回ることが多かった。
会議を続ける度に彼は自分の無能さを思い知らされた。スキピオとニーケーの才覚は自分とは比べようもないものであり、とても自分が立ち入る隙などなかったからだ。二人は情報を分析し、そこから何通りもの奇抜な作戦を創造していく。彼らはまるで空想と現実が同化しているようだった。まだ起こっていないことについて、まるで既成事実かのように断定することもあった。
敵の本拠地であるカルト・ハダシュトを初めに攻略するべきだと主張したのはスキピオだった。
「カルタゴ軍と正面から戦っても勝つのは難しい。兵力差が大きいからだ。数の上でもそうだし、敵は地理にも明るい。騎兵戦力における差も歴然だ。しかも、軍の増強は絶対に必要だが、それは現地でしなければならない。ヒスパニアの原住民は父のときでもわかるように信用できない。だが、わたしたちは彼らを戦力に加える必要に迫られている。だから、まずは彼らの信用を得なければならない。カルト・ハダシュトには原住民らの家族が捕らわれている。彼らを助けることで、ヒスパニアでの勢力図をひっくり返すことができるはずだ」
最初の標的をカルト・ハダシュトに定めることが決まってからは、どうやってあの地形を利用した強固な城塞都市を攻められるかが話し合われた。そこで、北の潟を渡って攻められないかと言い出したのはニーケーだった。
「潟を満たす海水は水深が時折変わると現地の人々が言っているようです。浅いときなら膝程度の深さになるようで、その時期がいつなのかが正確にわかれば、そこから奇襲が成功するかもしれません」
ニーケーはそう言って、さらに情報を集めてきた。それにより、潟の水深が風の向きによることがわかり、最終的には奇襲可能な日時が正確に割り出されていった。ラエリウスはニーケーの手腕にただ驚くしかなかった。
二千の精鋭が潟を渡って奇襲するのに、スキピオ自らが彼らを率いるというところで、ラエリウスは初めて二人に異を唱えた。
「プブリウス様が率いるなどいくら何でも危険です。奇襲は命がけです。そんな死を覚悟した部隊を指揮官自らが率いるなど聞いたことがありません。やるならば私がやります」
「ラエリウスには船団を率いて海上封鎖をしてもらわなければならないと言ったじゃないか。私たちは潟からの奇襲作戦にかけるしかない。この奇襲が失敗すればもう私たちは勝利を掴めない。機会は一度だけ、失敗すれば守りを固められ、救援にかけつけたカルタゴ軍によって挟まれて終わりだ。絶対に成功させなくてはならないんだ。私が率いるしかない」
スキピオの物言いはいたって冷静で、表情には余裕すらあった。
「大丈夫。ラエリウスは私を信じられないのかい。私が絶対に成功させて見せる。いや、私以外に成功させられる者はいない。それに、私には秘策があるんだよ。大丈夫、必ず勝利に導いて見せる」
スキピオはそう言って、ラエリウスの目を真っすぐに見た。その目は自信に満ち溢れていた。そうまで言われてはラエリウスも引くしかなかった。
ラエリウスは船上から、スキピオが作戦を実行するところを見ていた。スキピオに率いられた精鋭二千の雄たけびと、総崩れする敵の姿、城壁を次々と越えていくローマ軍。彼はそれらの光景を前に、主をこの手で守ることができない悔しさに歯をくいしばって耐えた。
彼は神に祈った。主が生きていることを。そして、これからはスキピオが戦うときには、必ず共に戦う、と心に深く刻み込んだ。
今回限りだ。だからもし、プブリウス様に何かあってみろ。そのときは神を殺しに行く。従順な従僕は祈るだけでは飽き足らず、神を脅迫するまでになっていた。
彼はスキピオの勝利により、神を相手に復讐しなくて済んだと言える。
会議を続ける度に彼は自分の無能さを思い知らされた。スキピオとニーケーの才覚は自分とは比べようもないものであり、とても自分が立ち入る隙などなかったからだ。二人は情報を分析し、そこから何通りもの奇抜な作戦を創造していく。彼らはまるで空想と現実が同化しているようだった。まだ起こっていないことについて、まるで既成事実かのように断定することもあった。
敵の本拠地であるカルト・ハダシュトを初めに攻略するべきだと主張したのはスキピオだった。
「カルタゴ軍と正面から戦っても勝つのは難しい。兵力差が大きいからだ。数の上でもそうだし、敵は地理にも明るい。騎兵戦力における差も歴然だ。しかも、軍の増強は絶対に必要だが、それは現地でしなければならない。ヒスパニアの原住民は父のときでもわかるように信用できない。だが、わたしたちは彼らを戦力に加える必要に迫られている。だから、まずは彼らの信用を得なければならない。カルト・ハダシュトには原住民らの家族が捕らわれている。彼らを助けることで、ヒスパニアでの勢力図をひっくり返すことができるはずだ」
最初の標的をカルト・ハダシュトに定めることが決まってからは、どうやってあの地形を利用した強固な城塞都市を攻められるかが話し合われた。そこで、北の潟を渡って攻められないかと言い出したのはニーケーだった。
「潟を満たす海水は水深が時折変わると現地の人々が言っているようです。浅いときなら膝程度の深さになるようで、その時期がいつなのかが正確にわかれば、そこから奇襲が成功するかもしれません」
ニーケーはそう言って、さらに情報を集めてきた。それにより、潟の水深が風の向きによることがわかり、最終的には奇襲可能な日時が正確に割り出されていった。ラエリウスはニーケーの手腕にただ驚くしかなかった。
二千の精鋭が潟を渡って奇襲するのに、スキピオ自らが彼らを率いるというところで、ラエリウスは初めて二人に異を唱えた。
「プブリウス様が率いるなどいくら何でも危険です。奇襲は命がけです。そんな死を覚悟した部隊を指揮官自らが率いるなど聞いたことがありません。やるならば私がやります」
「ラエリウスには船団を率いて海上封鎖をしてもらわなければならないと言ったじゃないか。私たちは潟からの奇襲作戦にかけるしかない。この奇襲が失敗すればもう私たちは勝利を掴めない。機会は一度だけ、失敗すれば守りを固められ、救援にかけつけたカルタゴ軍によって挟まれて終わりだ。絶対に成功させなくてはならないんだ。私が率いるしかない」
スキピオの物言いはいたって冷静で、表情には余裕すらあった。
「大丈夫。ラエリウスは私を信じられないのかい。私が絶対に成功させて見せる。いや、私以外に成功させられる者はいない。それに、私には秘策があるんだよ。大丈夫、必ず勝利に導いて見せる」
スキピオはそう言って、ラエリウスの目を真っすぐに見た。その目は自信に満ち溢れていた。そうまで言われてはラエリウスも引くしかなかった。
ラエリウスは船上から、スキピオが作戦を実行するところを見ていた。スキピオに率いられた精鋭二千の雄たけびと、総崩れする敵の姿、城壁を次々と越えていくローマ軍。彼はそれらの光景を前に、主をこの手で守ることができない悔しさに歯をくいしばって耐えた。
彼は神に祈った。主が生きていることを。そして、これからはスキピオが戦うときには、必ず共に戦う、と心に深く刻み込んだ。
今回限りだ。だからもし、プブリウス様に何かあってみろ。そのときは神を殺しに行く。従順な従僕は祈るだけでは飽き足らず、神を脅迫するまでになっていた。
彼はスキピオの勝利により、神を相手に復讐しなくて済んだと言える。
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