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宣戦布告

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 紀元前二一九年三月、エブロ河の南方に位置するサグントゥムから、ローマに救援を要請する使節が到着した。ヒスパニアで勢力を拡大するカルタゴの将軍ハンニバル・バルカによって町を包囲され、攻撃されているというのだ。
 サグントゥムはグラエキ人が入植した小さな海港都市で、内海の派遣国家となったローマとは同盟関係にある。ローマは先の戦争で講和が成立しているカルタゴ政府に抗議の使節を派遣するとともに、サグントゥムを包囲中のハンニバルに対しても使者を立て、直ちに攻撃の中止を訴えた。しかし、カルタゴ政府とハンニバルはこの訴えを拒否するのである。
 サグントゥムは位置的に微妙な場所にある。ローマとカルタゴとの間で結ばれている協定では、ヒスパニアでの両国の境界線をエブロ河と定めている。つまり、カルタゴはエブロ河を越えて北に勢力を広げてはならないということだ。たが、サグントゥムはローマの同盟都市であっても、エブロ河の南方に位置するという曖昧な立場になっていた。ローマからすれば同盟都市への攻撃は協定違反だと主張できるが、カルタゴ側にしても自領での行動を監視される言われはないと主張できた。このときも、最初に攻撃を仕掛けたのはサグントゥムであり、もはや攻撃を中止することはできないというのがカルタゴ側の言い分だった。結局、サグントゥムはローマからの援軍もないままに落城し、生き残った住民は全員奴隷にされてしまう。
 同盟都市への攻撃に怒ったローマは、カルタゴに対してすぐに宣戦布告する。そして、翌年の執政官にプブリウスの父が当選したのだった。
 執政官とは、ローマの最高位の官職のことである。毎年冬に二名が選出され、任期は春から一年で続投は認められていない。共和制ローマの立法府とも呼べる市民集会を召集したり、政策を実行したりと内政面はもちろん、戦争となれば司令官として軍を統率して戦場に馳せ参じることになる。平和な時代であれば執政官はローマで職務を遂行することになるのだが、覇権国家であるローマには常に戦争がつきまとうため、春の開戦時期には執政官は軍団を率いて戦地に赴くのが通例であった。
 ところで、宣戦布告したからといって、ローマではカルタゴと再び激しい戦火を交えるとは考えられていなかった。カルタゴはエブロ河を渡河して勢力を北上させてはいけないというローマとの協定を破ったわけではなく、ローマと戦争を構える姿勢をはっきりとは見せなかったからだ。それに、先の両国の戦争が二十三年間もの長きに渡って繰り広げられ、その間の犠牲がどれほど大きいものであったのか、その記憶が忘れられるにはまだ時間が短過ぎた。
 ローマの最高諮問機関である元老院は執政官をハンニバルが勢力を広げるヒスパニアやカルタゴ本国ではなく、イタリア半島北部で苦戦しているガリア戦線に派遣することを決定する。プブリウスの初めての出征先も、父についてガリア戦線であるパドゥス川流域とされたのだった。
 しかし、ここでローマの予想を裏切る事態が起こった。紀元前二一八年五月、ヒスパニアの拠点カルト・ハダシュトを出発したハンニバル率いるカルタゴ軍が、エブロ河を渡って北上しているとの報せがローマに届いたのだ。この明確な協定違反に、もはやカルタゴとの再戦を回避することができないと判断したローマの元老院は、執政官のうち一人をカルタゴとの国境にあたるシキリア島に、残る一人をハンニバルに対応するためにヒスパニアに派遣することを急遽決定したのである。こうしてプブリウスは父に従って慌ただしくヒスパニアに出征したのだった。
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