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第29話 仲直り
しおりを挟むレジスタンスに参加して二日目。俺は拠点にある大食堂で、華凜《かりん》と一緒に昼ご飯を食べていた。
(うーん。またですかぁ)
「……祐樹様。また朱里さんが覗いていますの」
アーティと華凜が報告してくれた。遠くの壁の角から朱里がこちらの様子を伺っているのは俺も気づいてる。だって彼女、隠れるのが滅茶苦茶下手だから。気配を読む力とかなくても簡単に分かる。
「なにが目的なのでしょうか。もしや彼女、祐樹様のお命を?」
(それはないと思います)
「うん、それはないかな。だから華凜、殺気を抑えて」
回復系の能力保持者なのだけど、黄龍会にいる間に仕込まれたらしく華凜は近接戦闘も強かった。そんな彼女がフォークで勢いよく皿の上の肉を突き刺したものだから、たまたま近くを通りかかった男たちが身体をビクッとさせて驚いていた。
ちなみに華凜にはまだアーティの存在を伝えていない。
(祐樹様に朱里さんの存在を伝えたのは私の方が早かった。やはり祐樹様には私が必要なのですね。そうですよね?)
うん。俺にはアーティが必要だよ。
「私、危険を察知して祐樹様にご報告できました! もし何かあっても一瞬で回復して差し上げますの。私、偉いです?」
「偉い偉い。いざという時はよろしくね」
「は、はいですの!!」
そう言いながら華凜が俺に身を寄せてきた。胸はそんなに大きくないが、かなり美人な彼女が俺にベッタリだから、レジスタンスの拠点内では男たちから冷ややかな視線を送られることがある。
華凜はたった2日で何人かの男から告白されたらしい。でもそれを全部『無理です』のひとことで断っているようだ。
(華凜嬢はここの男性たちに人気なのですから、さっさと誰かと付き合うべきです。彼女の能力は便利ですが、祐樹様の隣にいるのは相応しくありません)
アーティはずっとこんな感じ。ちなみに彼女はこの拠点のコンピューターへの侵入を成功させたらしい。朱里にバレて怒られなきゃいいが……。
てか朱里が俺を監視してるのって、コンピューターに侵入したのが俺だって疑ってるからなんじゃないかな? 彼女は最後まで俺を政府の手先のヒューマロイドだって言い張ってたから。
「祐樹様、どうかしましたか? なにか不安があれば、遠慮なく言ってくださいね」
(心配する必要はありません。私の潜入は完璧でした。いくら朱里様と言えど、私の痕跡に気付くことはないでしょう)
頭の中と普通の会話で同時に話しかけられると少し混乱する。昨日に比べたらだいぶ慣れてきた方だと思うけどな。初日はアーティの言葉に声を出して反応してしまったりして大変だった。
食事を終え、席を立つ。
廊下に出たところに小津朱里がいた。
「あ、あんた。今から時間ある?」
「えっと、清水さんに出るよう言われた会議が確か……」
(14時からですので、あと1時間ほどなら余裕があります)
「あと1時間なら大丈夫です」
朱里はまだ10歳だけどこの拠点の情報セキュリティを一手に受け持つ天才だ。そしてレジスタンスをまとめる幹部のひとりでもある。だから年下でも敬語で話す。
「わかった。ついてきて」
「華凜も一緒で良いですか?」
「……構わない」
一緒で良いとのことなので、ふたりで朱里の後ろをついていく。
そういえば朱里がひとりで歩いているのは珍しいな。彼女はいつも清水さんと何か相談しているか、それ以外の時はアリスがそばにいる。
しばらくついていくと、一般メンバーは立ち入りを禁止されたラボに到達した。
「あの、小津さん」
「朱里でいい。アリスを助けてくれたアンタには、名前で呼ぶのを許してあげる。あと気持ち悪いから敬語も使わなくて良い」
「オッケー、朱里」
「……順応するの早いね」
褒めの言葉と受け取っておこう。
「俺たちって、ここには近づくなって言われてるんだけど」
「私が許可するから構わない。清水にも言ってある。さぁ、中に入って」
案内されてラボの中に入る。そこは色んなものが乱雑に散らかった部屋だった。ただそこに落ちているのは、どれも高度な技術が詰まっていそうなものばかりだった。
政府研究施設のラボとはだいぶ違うな。
(あそこには清掃ロボがいて、いつでも部屋を綺麗に保ってくれますからね。一般的に天才と呼ばれる人間の多くは片付けられない方が多いようです)
「汚いですねー。なんなのです、ここは」
華凜は恐れ知らずで思ったことをハッキリ言うから、たまにドキッとする。
「政府に抵抗するための最先端技術を開発するラボ」
朱里は床に落ちた工具などを器用に避けて奥に進んでいった。なるべく彼女が通ったルートを辿って、俺たちもついていく。
ラボの奥の方には手術台のようなものがあった。そこまで進んだ朱里は俺たちの方を向きなおすと、口早にしゃべりだした。
「祐樹って、ヴァリビヤナ粒子を収束できるのよね?」
「え、えぇ。まぁ」
「ってことは、やっぱり脳にチップとか埋め込んだの!? それとも脳全部を入れ替えた? いや、でも大脳の3割が損傷すると能力の発動ができなくなるって研究結果に矛盾するか」
朱里が近づいてきて、俺の首に手を回そうとする。
でも彼女は背が小さくて手が届かない。
「ちょっと。しゃがみなさいよ」
「良いけど……。前みたいにキスはしないでね」
キスされちゃうと嫉妬する人がいるんだ。俺の脳内ひとりと、真横にひとり。
「だ、誰がするかっ!」
顔を赤くして照れてる朱里は、年相応に見えて可愛かった。
施設のセキュリティを任されてしまうほどの天才じゃなければ。アーティを生み出すような博士の孫じゃなければ、彼女は今頃どこか別の場所で友達と遊んだり学校に通ったりしていたんだろう。
「なに、してるのよ」
思わず朱里の頭を撫でていた。
俺に妹がいたら、こんな感じだったのかな。
「朱里は凄いなーって思って。つい褒めたくなったの」
すぐに手を振り払われるかと思ったけど、予想に反して彼女は抵抗しなかった。
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