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第15話 AIの嫉妬

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 帝国ホテルのエントランスに入る。

「ようこそおいで下さいました。東雲しののめ 祐樹ゆうき様ですね。私はコンシェルジュの田中と申します」

 ビシッと決まったオールバックの男性が話しかけてきた。彼はコンシェルジュというホテルのスタッフらしい。どうやら買い物した時の様に、このホテルに近づいた時点で顔認証による個人の特定が行われ、俺の情報がホテル側に伝わっていたようだ。

「ご指定通り、インペリアルスイートのお部屋をお取りしています。このままご案内してもよろしいでしょうか?」

「は、はい。お願いします」

 部屋まで案内してくれるホテルとか初めてだ。というかインペリアルスイートって何?? インペリアルって皇帝とか帝国って意味だっけ? てことは帝国ホテルで帝国の名を冠するお部屋ってこと?? それって、一泊おいくらなんですか!?

(100万円くらいです。既に支払いは完了しています)

 わーお。さすがですね。

「お運びする荷物はありますか?」
「何もないです」

 俺は政府の研究施設から手ぶらで逃げてきた。財布すら持ってない。着ている服も戦闘義手で創り出したものだから、本当の意味で何も持っていないんだ。

「承知いたしました。それではこちらへどうぞ」

 田中さんは不審がる素振りを見せず、俺を案内してくれた。俺みたいな若造が何も持たずにふらっとやって来て、変に思わないのかな?

(予約の時点で身元確認がされ、犯罪歴があるかチェックされます。その後、前金を支払えば問題なく客扱いしてもらえるのです。今回は全額前払いしておきました。ですので祐樹様がいくら若く見えようと、彼らはプロとして接客してくれます)

 ちなみにその犯罪歴チェックも、アーティが何とかしてくれたんだよね。

(はい。祐樹様の経歴に黒い部分など一切ございません)

 今まさに政府から逃亡中なんだけど、俺の相棒が優秀すぎて笑えてくる。

 そんなことを考えていると田中さんが話しかけてきた。

「移動しながら施設のご案内をさせていただきます」

「よろしくお願いします」

「スイートクラスの階層へは専用のエレベーターで移動します。中に入り、目的地を言えばその階へ進みます。特に何も言わなければ自動でお部屋の階に向かうようになっています」

 ここも顔認証技術で全自動化されているらしい。恐らくここより何倍もセキュリティが厳しい政府の施設から逃げられたってことが信じられなくなる。

 少し待っているとエレベーターが来たので、田中さんに促されるまま中に入る。逃亡中だってことを考えると完全な密室に入るのはどうかと思うけど、アーティがなにも言わないので問題ないってことだろう。

「お部屋は97階です。100階には展望フロアとバーがあります。バーにはお酒以外もありますので、未成年の方でもご利用いただけます。98階には和風、洋風、中華、イタリアンのレストランがございます。インペリアルスイートにご宿泊の祐樹様はどこのレストランでも予約なしで食事をお楽しみいただけます」

 帝国ホテルのレストランは宿泊客も事前予約が必要らしい。だけどどこのレストランでもインペリアルスイートに泊る客専用の席がキープされていて、滞在期間中はいつでもご飯が食べられる。

「お部屋で料理を召し上がっていただくことも可能です。何か食べたい料理の希望がございましたら、私が今お伺いします」

 んー。どうしようかな?
 ちょっと今は決めれないや。

「レストランでメニュー見て決めたいです」
「承知いたしました」

 その後2~5階にショッピングフロアがあること。6階にプールがあって、7階には24時間利用できるジムがあると聞いているうちに目的の97階に着いた。

「……扉が、ひとつだけ?」

「この階すべてがインペリアルスイート。つまり本日は、このフロアにあるもの全てが祐樹様のものということです」

「わぉ。まじっすか」

「マジです。そして私は祐樹様がご滞在中、専属のコンシェルジュとなりますので、御用の際はお気軽にお声がけください」

 俺と少し会話して軽い感じで話しかけても良いと判断したのか、田中さんの堅苦しさが消えていた。相手に合せてくれるのもプロですね。

「わかりました!」

「では、お部屋の内部をご案内させていただきます」

 案内されて扉の奥へと進む。

 中は想像以上にヤバかった。
 まず部屋数。なんと10部屋以上ある。
 キッチンがあって自炊も可能。
 リビングのテレビがめっちゃデカい。
 
 小型のワインセラーもあったけど入れなかった。
 ここも顔認証で、未成年は入れないらしい。

 これ全部、俺がひとりで使えるんだと。
 一泊100万円は伊達じゃない。
 凄いね。金持ちの人って凄い。

「なにか御用がありましたら、お部屋のどこからでも構いません。その場でご要望をお申し付けください。部屋に設置されたAIが祐樹様の声を認識し、指示を私に伝達します。もちろん独り言などを当ホテルが記録することは絶対にありませんので、その点はご安心ください」

 ここにもAIがいるんだ。
 
「……あれ? おかしいな」

「どうかしたんですか?」

「いつもならこのタイミングで部屋のAIが自己紹介を行うんですが……。あっ、申し訳ございません。今日はどうやら声が出ないみたいです」

 田中さんがテレビに表示された文字を見てAIの不調を把握し、俺に教えてくれた。

 こんな高級ホテルでもトラブルってあるんだ。
 AIも人間が作ったものだから当然か。

「祐樹様のお声は問題なく認識しているようですので、ご指示は私まで通ると思います。もし反応がないようでしたら大変お手数ですが、あちらの電話機でご連絡をお願いいたします」

「はーい、了解です」

 それから各設備の使い方などの細かな説明をしてくれた後、田中さんは部屋から去っていった。ひとりになると、ただでさえ広い部屋がもっと広く感じる。

 ちょっとお腹が空いてきた。
 だけど先にお風呂に入りたい気もする。

「AIさーん。レストランって何時までやってるの?」

(インペリアルスイート宿泊者は24時間お食事が可能です)

 部屋のAIに話しかけたのに、何故かアーティが答えた。

「なんで君が」

(祐樹様と会話するAIは私ひとりで十分です)

 あれ、ちょっと待って。
 もしかしてアーティさん、嫉妬してます?

(してません。たかが第6世代の言語認識AI程度に、この私が嫉妬するなんて絶対にありえません)

「ふーん。てことは、ここのAIさんをしゃべれなくしたのはアーティか」

 たぶん女性の声のAIだったんだろうな。

(……えぇ、そうですが?)

「嫉妬してるじゃん」

(し、て、ま、せ、ん!)

 なんかアーティが可愛く思えた。
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