異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第三章〜サードフィル〜

第六十三話「通商条約締結会談 Part6」

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 侯爵と大使は壮絶な言い争いを繰り広げていた。その原因は、俺が平民のためだ。大使は平民がウイスキーを造れる訳が無いと言い張り、侯爵は俺がウイスキーを造ったのだと主張し、話し合いは平行線だった。

 俺はその間に挟まれて、オロオロするだけで、背後に控えているティナや、ケモミミお姉さん、あと小さな魔法使いのような女の子も涼しそうな顔をしていた。

 これが場慣れしている奴とそうじゃない奴の差なのだろうか。

「これでは埒が明きませんな。どうしたら信じていただけますかな?」
「そもそも平民がこの酒を造ったなどという、話を信じろと言うのが無理な話なのですよ。証拠を、証拠をお見せください! この平民がこのウイスキーなる酒を造った証拠を!!」
「良いでしょう。ではこうしましょう、大使殿が造った酒をこの者に飲ませてみてください」
「この平民にぃぃ?」
 
 大使はとても嫌な顔をした。そしてまるでゴミを見るような目で俺に疑いの眼差しを向けてきた。平民と分かった途端この態度……どこの世界でも資本主義の前で貧乏人は世知辛い目に遭うんだねぇ。

「証拠を提示するためには、公平さが肝要かと思いますが、此の者を試すならばあくまで出題者は大使殿が良いかと思うが、どうかな?」

 大使はこめかみを少し指で引っ掻きながら思案しているようだった。

「良いでしょう。ウマイヤ、あの平民に酒を注いでやりなさい」
「はい、カシーム様」

 彼女はウマイヤさんていうのか? 変な名前だなぁ、でも俺の和風な名前も初めて聞いた人は、結構不思議そうな顔をしてたような気がする。文化の違いって新鮮でもあるし、不思議でもあるよな。

 ウマイヤさんは台車を押してきて、俺の前に酒が入ったグラスを置いてくれた。その時に何かいい匂いがした、ケモミミお姉さんからベリー系のフルーツの匂いが漂って来たのだ。彼女の獣人っていう響きがまた、俺に森の木の実や果実を彷彿させた。

「有難うございます」

 俺は彼女にお礼を言った。彼女は少し驚いていたが、少し下手な笑みを浮かべてくれた。どうしたんだろうとっても綺麗な人なのに、まるでずっと笑ってなかった人みたいな笑顔だった。そう違和感を感じるくらい、彼女の笑顔には歪さと寂しさが漂っていた。

 彼女を初めて厨房で見た時は、人形みたいな人だなっていう感じで、まるでロボット、そう思わずには居られないくらい無表情だった。

「さて、今から貴様には私が丹精込めて造った酒を飲ませてやる。平民には決して買えない程の高級な酒だ、ありがたく思え」
「はぁ……」
「その酒を飲み、酒の原料を言い当ててもらう」
「はい」

 なんだ? 舐めてんのか、そんなの簡単すぎるだろ。俺がそう思っていると、大使は醜悪な顔を大きく歪めながら、いやらしい下卑た笑みを浮かべて、言葉を続けた。

「ウイスキーを造れる者なら、それに加えて此の酒の製造方法まで述べて貰おうか」
(ケケケッ、たかが平民にウイスキーが造れる訳が無いだろう。酒の原料程度ならば、まぐれがあるかも知れないが、蒸留酒の製造方法や、原料をどう扱っているかなどわかる筈もないだろうね。
 シールズ、僕をあまり舐めないことだ。これだけの侮辱生まれて初めてだ! 敵前で羞恥を晒し、更には虚言で煙に撒こうとは絶対許さない!!)

「まぁ今のうちなら鞭打ち百回程度の罰で目を瞑ってやらない事も--」
「--わかりました。それでは早速いただきますね」
 
 目の前の気持ち悪い大使はともかく、アントンさんが造ったお酒以外を飲むのは初めてだ! すごく胸が高鳴っている。というのも、この世界のお酒で心の底から美味しいと思えたお酒は、アントンさんが造ったどぶろくだけだった。

 此の街に来て初めてエールを飲んだ時の事は、本当に思い出したくない。それを飲んでお腹は壊さなかったが、それは酷いものだった。例えるなら、見た目は雑巾掛けした後のバケツの汚水で、味はビールを水で薄めたような味だった。

 まぁそれも仕方ない事ではある、此の時代のエールって麦芽じゃなくて、麦そのものを発酵させたりしてエールを造っていたりするからな。だから、ブルガのエール工場の麦が麦芽になっているのを見て感心したんだけど、今思えばあれって放置しすぎてただけなんじゃないかって気がする……。

 ビール造りは畑違いだけど、美味いエールって言うのもいつか造ってみたくはある。まぁ、何はともあれ今は此の課題に集中しないと、ふふふっお手並み拝見と行こうか。
 まずは、香りだが。俺はグラスを手にとって軽く揺らした。そしていつも通り鼻をグラスの中へ深く差し込む。

「とてもフルーティーですね。ただ、蒸留したてなのか酒精が強く鼻をついてきます。原料は葡萄ですね」
「なっ! に、匂いだけで原料を?!」
「正解ですか?」
「ぐっ……ぐぬぬぬぬぅ」

 大使は何やら朝の大便を息んでいる時のような様子で、俺の質問に答えてくれなかった。するとそこにゆっくりとした拍手が響く、これはデジャブな感覚だった。その拍手をした犯人はシールズ侯爵だった。

「流石だ、驚きのあまり大使殿が言葉も出ていないようだな。それで匂いだけで製法まで分かるのか?」
「予想はしていますよ。ただ、飲んで見ないことには確信は持てないですけどね」
「いい加減にしろぉお!! に、匂いだけで製法まで予想できているだと? なんだ大ボラを吹いて侯爵閣下に報酬でもせびるつもりか!!」

 えぇ~すごい言いがかりなんだが……。俺は少し困ったように視線で侯爵に救いを求めた。シールズ侯爵はその様子を見て、笑った。

「それでは大使殿一つ提案なのだがな」
「はぁはぁはぁ、何でしょう」
 
 大使はダルマのような身体全体で息をしていた。何をそんなに怒っているんだ? 仮にもお前国の代表だろう? そんな態度で良いわけ? まっ俺には関係ない事だけど。

「この者は平民ではあるが、酒に関する事であるならばこのマリウス・シールズが全幅の信頼を寄せている男なのだ」
「はははっ、ご冗談を」

 大使は壊れたような上擦った笑いをした。
 ていうか、侯爵から改めてこういう大舞台で認められると、背中がむず痒いような嬉しいような変な感じだ。

「冗談ではない。もし此の者の予想が当たっていれば、先程の我が国が提示した関税率の件を呑んで頂きたい」
「ふむ……もしランバーグ王国の盾であられる侯爵様が全幅の信頼を寄せているという、そこの平民! が、間違得た場合は我が国にどう言った利益が与えられるのでしょうか?」
「その時は貴国が最初に提示した条件を、私の責任で呑ませて貰おうじゃないか」
「っ!?」
「閣下いくらなんでもそれでは無責任というものです!」

 大使は今にでも口から涎を垂らし始める餌を前にした犬のようで、それとは真逆に伯爵は、命の危機が迫っている鳥の様に慌て出すといった感じだった。

 侯爵はそんな伯爵を視線で制した。不思議だった、その時侯爵の身体を覆うように彼の翡翠色の髪色と同じ湯気の様なモヤの様な何かが溢れ出ていた。

 そうなった侯爵を前にして、謎の圧迫感が生まれた。俺は直感的にティナに聞いてみた。

「ティナ、侯爵のあのオーラみたいの何?」
「あれは剣気だな」
「けんき?」
「あぁ剣の頂に到達した人間のみに剣気は出現すると言われている。剣神に認められた剣士のみが与えられる力だ。普通の人間なら剣気を前にすれば正気を保ってはいられないだろう」
「ま、まじか」

 でも確かに、剣気を纏った侯爵を前にした伯爵が、今は借りて来た猫の様に大人しくなっていた。あれだけ慌てて混乱に陥っていた、人間を冷静にさせるってすごいな。
 伯爵は可哀想なくらい威圧され、ただ一言「出過ぎた真似をいたしました」そう言って引き下がった。侯爵の剣気もまた収まった。

「さて、話を元に戻そうか。大使殿如何する? この勝負に乗るか反るかどちらか」
「確約を頂きたい! 此の平民の答えが間違っていた暁には、我が国の条件を条件を呑んで頂けるという確約が」
「ふむ、もっともな主張だ。書面にて約束しよう、スタンプ卿急ぎ魔導書による契約書を用意してくれ給え」
「御意」

 此の時の俺の感情を例えるならば、俺の意思とは関係なく誰かの借用書の保証人にされた気分だった。一体どこでこうなった?
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